第四話 現状整理 ~ロイ村の生活慕情~
僕、川崎健人は、簡易式のベッドに横たわっていた。
視界に映るのは、いつもと異なる、見知らぬ天井。
本来、日本は夏真っ盛り。
寝苦しい夜を過ごしていたはずなのに……
冷たい夜風が頬にあたる。
この部屋には、クーラーや扇風機なんてものは置いていない。
なら、なぜ?
答えは単純。ここが日本ではなく、異世界だからだ。
――転生ねぇ……
それも只の転生じゃない。いや、転生してること自体が只事じゃないんだけど。
僕が転生したと思われるこの異世界。
何故だかわからないが、僕が現世で綴っていた妄言録『暗黒の聖典』の設定のいくつかと共通点があったのだ。
一つ目、『暗黒の聖典』に書いていた、詠唱魔術が使えたこと。
二つ目、またしても『暗黒の聖典』に書いていた僕自身の設定。
『赤銅の魔術師』ケントは一度死んだ存在。
僕はおそらく現世で学校の屋上から転落して一度死んでいる。そのため、ここに転生されたのかもしれない。
三つ目、さらにさらに『暗黒の聖典』に書いていた、妄想世界地図。
僕が中二病の延長線で描いていた、自分で作った大陸、ヒューロス大陸というのは、現在僕が足にしているこの土地だ。
現在の時点でわかっていることはこれくらい。
だが、『暗黒の聖典』とこの異世界との齟齬も見つかっている。
もしこの異世界が『暗黒の聖典』の通りにことが進んでいるならば、僕はこの世界に転生されたその日、夢の中で神の啓示を受け、未来を見通す力を譲り受けている。『暗黒の聖典』にはそう書かれている。
だが、残念ながら僕は神の啓示なんか受けていないし、預言者にもなっていない。
よく覚えてはいないが、僕は夢の中でプラスチックに囲まれてうなされる夢を見ていた気がする。
だから、この時点で『暗黒の聖典』を信用しすぎるのはやめておこう。
この異世界は『暗黒の聖典』の中での妄想設定と、少しばかりの共通点のある別の世界と考え、あくまで『暗黒の聖典』は参考程度に受け止めよう。
もしかしたら他にも共通点はあるのかもしれないが、それはまたゆくゆく、調べてみよう。
僕は数時間前の出来事。エレックの説明を思い返す。
僕が今現在、滞在している場所はロイ村というらしい。
人口は三百人強。農業と林業と狩猟でほとんどの人が生計を立てている、のどかな農村だ。
周囲を森で囲まれており、それが自然の防護柵の役割を果たすとともに、外部との交流を遮る原因となってしまっている。
そのため、村民たちの外部との交流手段は二つのみ。
十日に一度の馬車便と、二十日に一度の定期出張市だけだ。
馬車便は、ロイ村から最も近い都市、といっても馬車で片道半日ほどは揺られないといけないだが。
ともかく、最も近い都市。ローゼミースとの往復便だ。
ローゼミースは通称、万の街と呼ばれており、一通りのものは何でもそろっている。
そのため、これから事業を立ち上げようとする者。道具を揃えて冒険の旅を始めようとする者、場を整えて成り上がろうとする者などなど……
生まれ育った土地を出て、何かを始めようとする者は、大抵一度はローゼミースへと集まるらしい。
そのため、人口はいつでも飽和状態。
そんな場所を商人たちが放っておくわけがない。
彼らにとっては格好の市場と成りうるのだ。
そうして、また市場は拡大していき、人が集まってくる。
うまいこと考えられたWINWINの関係だ。
一方、二十日に一度の定期出張市。
こちらも馬車便に乗って、ローゼミースからやってくる。
商人はローゼミースを拠点としているラズ商会という商売グループが派遣してくるらしく、村民のみんながお金を出し合って、ラズ商会と契約しているらしい。
商人は衣食住に必要不可欠なものから、アクセサリー等の装飾品、玩具、はては書物や情報なども売りに来るらしい。
それらのものを村民たちは、硬貨や物々交換をして、次に商人がくるまでの間に消費するものを買い込むのだそうだ。
また、商人は村民たちから、村の名産物をミーゼロースでの転売を請け負い、売れて出た利益を次回村に来た時に、村民たちに還元もする。
ちなみにこれは、契約の内に含まれるそうで、利息は取られないらしい。
なかなかに考えられたサイクルだ。
これらのことを踏まえた上で、僕が今後やるべきことを考えていこう。
現状を把握するために、ひとまずやるべきことは――
一。
とりあえず、現世に戻れるか試してみる。
だが、これは既に試したが、失敗に終わっていた。
僕がこの世界に転生してきた理由を『暗黒の聖典』によるものだと仮説立てた。
それならば、新しく『暗黒の聖典』に書き込めば何かが変わるのでは? と、考える。
僕はエレックから、筆と墨を借り受け、新しいページに、「川崎健人、日本に戻る」と書き込んでみた。
しかし何も起こらない。
今度は、「エレナ、川崎健人の前でストリップ」と書いてみる。
しかし何も起こらない。チクショウ。
つまり、『暗黒の聖典』も万能ではないということ。
まぁ、こんな簡単に解決してたら拍子抜けだが……
二。
魔術について。
実際、これが一番気になる。
ていうか、これ以外は正直どうでもいいかもしれない。
僕は目を閉じ、瞼の裏に転生したばかりの時のことを思い浮かべる。
警備中の自警団に襲い掛かった賊。
自警団は不意を突かれたため、賊に成すすべもなく蹂躙されていた。
そこに颯爽と現れたヒーロー、僕。
僕は賊に向けて魔術を放ち、見事に自警団を救ったのであった。
めでたし、めでたし。
いや、全然めでたくないな。その過程で僕は幾人か危めてしまっている。
だが、僕は賊を手にかけた当初ほど、憂愁に浸ってはいなかった。
もちろん、あの時から時間がたったということもあった。
感覚的には少し前のことなのだが、肉体的には三日前。
かなりの時間が過ぎている。
しかし、それ以上に、この世界への慣れというのもある。
賊は絶対的に悪だったし、彼らを屠った後には褒められた。
僕も少しづつこの世界に順応していってるということか。
だが、殺人を犯すということに慣れるのはあまりよろしくない。
大きなことも、元を辿れば小さな一歩から。塵も積もれば山となる。
僕はこの世界で大量虐殺者にはなりたくない。
ならば、万が一ということもない限り、人を安易には殺さないという自分ルールを作ろう。
これは絶対に守ろう。
……けれども。
僕は魔術を使えた。
あの時は夢だと思っていたし、無我夢中だった。
だけど、魔術を使った感覚は全身が覚えている。
何もないところから火を出した。
爪が甘いところもあったが、賊たちを屠るのには十分すぎるほどの力だった。
ひょっとすると、僕はこの世界ではかなり強い方なのかもしれない。
今すぐにでも、もう一度、あの魔術を使ってみたい。
幾度となく妄想した魔術の使える世界だ。
実際に使ってみて、嬉しくないはずがない。
……だが。
あれだけ強力な魔術だ。何か副作用があるかもしれない。
僕は魔術についての知識は皆無。
『暗黒の聖典』にも魔術の概念とか、魔術が使える理由とかは、「心の内に秘めし魔力を放出」程度しか書いていなかった。
当時の僕はこの文章で何を伝えたかったのだろうか? 書いた張本人でさえ理解に悩む。
何も知らない素人が手を出していいと思えるような代物ではない。理由はないが、そう感じる。
僕は現世で、自費で買った初めてのスマホに有頂天となり、あれこれといじっていたら、翌日にはウイルスに感染していろいろと詰んだことを思い出す。
魔術に関しては慎重に。慎重にいこう。
明日にでもエレックあたりに聞いてみようか。
そうして僕は深い眠りに落ちていった……
久しぶりにとる、安眠だった。