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第三話 もしかして異世界?



部屋の中に食事が運ばれてくる。


この部屋には机なんてものは存在せず、すべて床に置かれていく。


運んできたのはさっきの女の子。エレナと呼ばれていた。

エレックの話を聞く限り、どうやらエレナは彼の玉の一人娘らしい。


だが、その性分はとても人見知り。

初対面の相手とは顔を合わすことすら恥ずかしいらしい。

その証拠に、食事をすべて運び終えた彼女は、エレックの背中の裏に隠れてしまっている。チクショウ。


足元にある食事は全部で三種類。

何だがわからないが、米のようなものと、何の肉だかわからないが、とりあえず焼かれた肉と、何だかわからないが、変な丸い果物の盛り合わせだ。

本当にわからないこと尽くしである。


ここはどこで、僕は何でこんなところにいるのだろうか。

と、食事の支度が整ったところで、エレックが口を開いた。


「まずは、きっちりと礼をさせていただきたい。村民を代表して、私が言わせて貰おう。本当に、ありがとう」

「…………へ?」


エレックは急に足を整え、頭を床に擦りつける。

僕はその急すぎる出来事に、口を開いて周章していた。

だが、そんな僕を横目に、エレックは言葉を続ける。


「何といいますか……先日、あなたが付近の森で倒された者たちなのですが、彼らはここ最近、急に現れるようになった賊なのです」


…………賊。


森、賊、森。


賊…………



バラバラだったピースが繋がっていく。

心の中のモヤモヤとした霧が晴れていく。


思い出した。

すべてを思い出した。


そうだ。確かあの時。


僕は学校の校舎の屋上でヤンキーの陽一と取っ組み合いになって。

屋上から突き落とされたと思ったら、見知らぬ森の中にいて。

それを夢だと思い込み、如何にもな悪人面のやつと対峙して、魔術を使って戦った。

だが、最後の最後に起死回生の一発を食らって、何とか倒したはいいが、直後に気絶したんだ。


そこまで思い出し、僕はあることに気が付く。


左肩の痛みが消えていた。

着ていた制服は散々と破けてはいるが、その下の左肩の痛手を負った部位は、何もない、他と変わらぬ、普通の肌だった。

矢がかすったとは到底思えない。流血沙汰があったとは考えられない肌だ。


「あぁ、左肩の傷ですか。それなら、この子が治癒魔術で治しましたぞ!」


左肩に触れて云々唸っている僕を見て、エレックは声をあげた。


手で押し出しているのは、先ほどまで背中で隠れていた女の子、エレナ。

彼女は不意に押し出されたことに驚いたようで、必死の形相だ。


おい、ちょっと、流石にそんな顔されたら傷つくよ……


「私もこの子の母も魔術はからきし駄目なのに……この子は一体誰に似たんでしょうかねぇ……?」


そう言うエレックの言葉を傍目に、僕は彼と、押し出されたエレナの顔を見比べる。


一言で言うと、似ても似つかぬ顔だった。

エレックは、よく子供の頃の夢に出てきたなまはげのような顔に対して、エレナは只の女神だった。


一目瞭然、千差万別。


これで母親とも似てないっていうのならば、彼女は本当に神の子かもしれない。


「さぁ、話を戻しますぞ」


エレックの髭がまた動く。


「賊の悪行は至るところまで及び、私どもも頭を捻らせていたのです」

「……はぁ」

「はい。そこで、村の青年たちから募集をかけて自警団を結成し、近隣の森を警衛していたところ、賊に襲われましてな」


なるほど。そこの場面に僕が出くわしたわけか。


「ですが、自警団は、やはり自警団。国の訓練を受けた兵士たちとは違いますので、賊に苦戦しておりました」


いや、あれは苦戦というよりも、蹂躙だったぞ。


「そう、そこであなたが現れたのです!」


エレックの鼻息が荒くなる。


「自警団の連中から話を聞いた限りですと、あなたは森の中から突如、現れ、並み居る敵をバッタバッタと、荒れ狂う炎で薙ぎ倒したらしいじゃあないですか!」


ふむ。

多少、脚色はされているものの、大まかな流れはその通り。

正確には、自警団が賊に襲われているのを物陰から指をくわえて見ていたところ、賊が近づいてきたので、しょうがなく。と、いった感じだ。


まぁ、自警団の連中からしたら、苦境に立たされた自分たちを突然現れた男が救ってくれた、くらいに思っているのかもしれない。


――しかし。


人を殺しておいて感謝されるとは……何だか腑に落ちない。

法治国家日本ならば許されざる所業だ。


だが、それがまたこの地が日本ではないと物語っている。

それがこの世界での通例なのだろう。


僕もこの世界に慣れていくしかないのか?


というか、そもそもここはどこなんだ?


「あの、つかぬ事を伺うが……」

「はい、なんでしょうか?」

「ここは……どこだ?」


エレックは鳩が豆鉄砲を食らったような顔を浮かべた。


「えっと……あなたは冒険者ではないのですかな?」

「あ、あぁ。そうだな」


冒険者……とは、職業だろうか。

思わず、その場の流れで肯定してしまったが、僕は冒険者といえるものなのだろうか?


僕は普通の高校生で、職業といえるものは持っていない。

言うならば、ラブライバー兼、プロデューサー兼、提督兼、彼氏(仮)である。


「いや、すまぬ。ここ最近の記憶を失っていてな」


相も変わらぬ、中二病的喋り方。

いや、これは只、横柄なだけか。


「そうですか、あなたも中々に凄惨な人生を送っているのですな……」


エレックの瞳に同情の色がこもる。

何か、勘違いされてしまったかもしれない。

だが、これでどうやら切り抜けられそうだ。しばらくは、記憶喪失キャラを突き通してみよう。


「ここは、ヒューロス大陸が最南端のカロンヌ帝国、ロイ村でございます」

「ヒュー……ロス?」


僕はエレックのその言葉に、困惑する。


とりあえずここが、ユーラシア大陸が最東端の日本国、神奈川県ではないことは理解した。

だが、今僕の頭を埋め尽くしている要点はそれじゃない。


ヒューロス大国、カロンヌ帝国、ロイ村。

後者二つは聞いたことがなかったが、最初の一つ。

ヒューロス大陸というワードはどこかで見覚えがあった。


そう思い、僕はあたりを見まわした。


「すまん、俺が倒れていたあたりに何か落ちてはいなかったか?」

「……あぁ、あの黒い書物ですな」


僕の言葉に、エレックはすぐに答えると、少しの間部屋を出ていき、あるものを持って戻ってきた。

手にしていたのは、『暗黒シークレット聖典ダーク・ブック』。


「気を失っているあなたを、自警団の連中がここに運んでくると同時に、持ってきたものです。これでよかったでしょうか?」

「あぁ、問題ない」


僕のことをここまで運んできてくれたのは、どうやら自警団の人たちらしい。

後でお礼をしに行くか。


僕はエレックから『暗黒の聖典』を受け取ると、一枚一枚、ページをめくっていく。

十ページほどめくっただろうか、僕はあるページで手を止める。


そこに描かれていたのは、大きく小汚く描かれた世界地図だった。だが、普段目にする、地球儀に描かれているようなものではない。


その世界地図の右側。大きく歪な形をして描かれている地形と思しき図形の中心には、これまた小汚い字で『ヒューロス大陸』と刻まれていた。

その脇には、小さな字で、人族が住む地。


「おぉ、これは見事な世界地図ですな」


エレックが『暗黒の聖典』を覗き込みつつ感嘆の声をあげた。

そうして、地図に描かれたヒューロス大陸の文字をなぞる。


「ヒューロス大陸。この世界の東側。世界の三分の一を占める超大陸でございます」


全身に電流が走ったかのような衝動を受ける。


ここが……ヒューロス大陸……?


僕の『暗黒の聖典』の中でのヒューロス大陸は、現世とは別の世界にある土地で、人族たちが住んでいる場所、という設定だ。

もちろん、実際にそんな土地は存在しないし、やはり僕の妄想。


だが、目の前の男、エレックは確実にこう言った。


ここはヒューロス大陸だ、と。



頭の中で、疑惑と疑念が渦巻いている。


そこに現れた、一つの仮説。

その仮説は徐々に大きくなって、疑惑と疑念を押しつぶし、いつしか確固たる結論に変わっていた。

そうして僕は、その結論を確信した。


いや、最初からその可能性は感じていた。だが、頭の中のどこかで、そんなことはない、ありえない、とうやむやにしていたのかもしれない。


この世界は僕の知らないことが多すぎる。


見知らぬ植物、見知らぬ食べ物。

見知らぬ人物に、見知らぬ天井。


極め付きに、魔術というものが平然と存在しているし、ヒューロス大陸なんていう架空の土地が既存している。


これらを踏まえて、もうこれはどうしようもない現実だと受け止めるしかない。


ここは――


僕は足元の、丸い果物を手に取り、自分の推論にピリオドを打つ。




――――異世界だ。


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