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第一話 これは明晰夢ですか? いいえ、未見の地です。



――あれ……?


僕こと、川崎健人は狼狽していた。

今現在、僕はフカフカに生い茂る草木の上に寝転がっている。


おかしい、何かがおかしい。

そう思い、僕は縦横無人に顔を振るった。

そこで、あることを思い出す。


そういえば僕は屋上から急転直下していたはず。

ヤンキーの陽一と取っ組み合いになって、突き飛ばされた拍子にだ。

さらにいえば、校舎の四辺はコンクリートだった。


僕は両手で地面を掴みとる。手のひらに感じるのは適度に湿った心地よい感触。

そうだ、こんな柔らかに生い茂る草木なんか一片もなかった。


ここまで熟考して、ようやくあることに気がついた。


もしかして、僕、生きてる?


本来、校舎の屋上から墜落して、地面に全身を叩きつけられたのなら、良くて四肢損壊。悪くて木っ端微塵だ。


――のはずが


僕は改めて、体全身をくまなく触ってみる。着ている服は学生服。

欠けている部位は何ひとつない。僕の御身は、もれなく健康体だ。



ふう……

少し落ち着いてきた。


そこで頭に浮かぶのは、地面衝突五秒前に考えていたこと。


何か冷静になって、我に帰ってみると、随分とこっぱずかしいことを自分語りしていた気がする。

恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。

僕は地面をゴロゴロと転がり、独りでに赤面する。


あ、あと、陽一だ。

こいつも冷静になってみると、なんだか腹が立ってきた。

あいつさえ、陽一さえいなければ僕は死なずに済んだのに。いや、何故だか実際、死んでないけどね。

 

――いや、それはないか。


僕はそこまで考えて、静かに首を横に振る。


僕は校舎屋上から落ちて、死んだはずだ。

確かに落下途中で気を失ってしまい、意識はなかった。

けれども。あのまま落ちていれば、すぐにも地面と激突したいたはずだ。

故に、僕は死んでいる。

見事な名推理。小五郎のおっちゃんも顔負けだ。


……なら、ここはどこだ?


僕はあたりを見まわしてみるべく、起立した。

なぜだろう、異様に体が軽やかだ。


僕はもう一度、足元にあった草の葉の一つを手にする。

見たこともない植物だった。

表面はとても肌触りのいい艶合いだが、裏面にはざらざらとした小さい突起物がいくつも付着していた。

残念ながら、僕は植物の生態系への造詣は全然深くないし、そのため、この植物がなんというのかはわからない。

だが、僕の人生十七年間の中で一度も目にしたことのない植物だった。

 

「…………」


そのとき僕の意中に浮かんできたのは、ある臆見だった。


人は死にゆく直前、自分の意識の中にある究極な思いを要所要所つまんでいき、最高な夢を構築する。というものである。

ついこの間、とある局のテレビ番組を見ていた際に、胡散臭さが半端ない四十のおっさんが語っていたことだ。

ちょうどその番組を見ていた際には、根拠も条理もない、ただの妄想話かと思い、聞き流していたものだ。


基本的に僕は哲学的な話は信用していない。なぜなら、誰も体験したことがないから。

当初、魔術や魔力の類の概念は信じて疑わなかったのに、だ。


そこまで死ぬ直前の夢を語るのなら、お前いっぺん死んでみろや、という話である。

錬金術や魔王の存在は信じて疑わなかったのに、だ。


だが、なるほど。

ここは夢の世界か。


見たこともないこの地で、見たこともない生態系。

夢の世界である。と結論付けるのが至極無難で最適だろう。


中二力満載の僕の脳内のことだ。

さぞかしあの日描いた妄想の内が広がっていることだろう。

ふむ、僕の脳も中々粋なことをするじゃないか。ビバ、マイブレイン。


さぁ、そうとわかれば、じっとしてなどいられない。

いつ何時、この夢が終わるのかも分からない状況で、なんの意味もなく時間を食い潰すなんて勿体ない。


そう思い、僕は鬱然と走りだした。不思議と足も軽かった。





しばらく周囲を探索していると、カンカンと、金属と金属とが、けたたましくぶつかり合う音が聞こえてきた。


なんだろうか?


僕は草木の合間をぬって進み、恐る恐るも音源の方へ近づいていく。

そうして、近くにあった小岩の影から顔を覗かせると、飛び込んできたのは一驚の光景。

人と人との斬り合いが行われていたのだ。


そうそう、僕の中二病ワールドはこうじゃなくっちゃ。


僕は期待に夢を膨らましながら、もう一度、その殺陣を傍目する。

戦っているのは総勢八人で三対五で向き合っている。だが、そのうちの一人は腕を抑えてうずくまっているため、現在、二対五で相対している。


人数が少ない劣勢の方は、皆それぞれ揃いの防具を着用していた。皮でできた服を着ており、所々、急所になる個所を金属の防具で覆い隠している。


一方、人数の多い優勢の方。こちらは各々バラバラな統一性のない服を着用しており、防具も装備していない。


それぞれ手にしているのは銅製と思われる、普通の剣だ。

ただ、普通といっても、ナイフだとか、刀だとか、そういう類のものではない。

ロールプレイングゲームをプレイすると、大抵の主人公が最初から所有している標準装備の古典的な剣だ。

あと、それだけでなく劣勢の方は盾も所持している。こちらも剣と同じく、ロープレ主人公の標準装備だ。


ふむ。


見た限り、劣勢側の方が優勢側の方に襲われているようだ。


と、その時、優勢側の一人に突き飛ばされた、劣勢側の一人が僕の隠れている岩陰の脇に舞い込んできた。

近くで見ると、顔の造詣が日本人の作りとは違っている。どこらへんの国かはわからないが、目堀が深く、顔立ちが整っている。


いや、今はそんなことは関係ない。

先ほどこいつを突き飛ばしたやつが、とどめを刺すべく一歩一歩と近づいてきている。

このままでは見つかってしまう。


どうする? 場を離れるか?


――いや。


こういう場面は幾度となく妄想した。


もし、授業中にテロリストが乱入してきたら……

もし、稀に乗るバスが乗車中にバスジャックにあったら……

もし、突如として家に強盗が押し入ってきたら……


今まで考えてきた妄想は時も場面もバラバラだ。

だが、ただ一つとしてその妄想には一貫性があった。


そう、それは、登場してきた悪役を倒すのは必ず僕だったのだ。

凶器を盾に人質を取り、そういう奴を僕は異能の力をもって排していた。

目の前の光景はまさにソレ。


何回も何回も、あったらいいな、と思いつつ結局一度も起こらなかったことだ。

だが、実際にその場面に出くわしてみると、不思議と体が動かない。

所詮僕はビビりなのか。


……違う。


僕はくすぶる足を殴りつけ、震える体を、手で制す。

大丈夫だ、僕ならできる。ここは僕の夢の世界だ。きっとできる。

そう自分に問いかける。


胸の鼓動が急速に駆け抜けていく。


行ける。何故だかわからないが、そう感じた。


僕は夢の中でも手にしていた『暗黒シークレット聖典ダーク・ブック』をぎゅっと握りしめ、大きく一つ深呼吸。ちなみに陽一に破かれた箇所も修復されていた。

さぁ……行くぞ!


僕は死角となっていた岩陰から飛び出し、突き飛ばされた盾持ちの人を背後にした。向かい合うは如何にもな悪人面の男。

何故だか陽一のことを思い出し、殺意が湧いてくる。


「てめぇ、ずっと隠れていやがったのか……あぁ、何だか珍しいもん着てんじゃねぇか? てめぇ、なにもんだ? 剥ぐぞ?」


剥ぐって何だよ、ナニをだよ。


おっと、落ち着け、落ち着け。平常心だ。

さっきのやりとりで、眼前の男が悪だということははっきりとした。

それならば、次のセリフは――


「――俺は――――『赤銅ブラック・レッド魔術師マジシャン』だっ!!」


クー!! 言っちゃったよ! やっっちゃたよ!

体に形容しがたい快感が走る。

そうして次は――


僕は手にした『暗黒の聖典』をサーっと開いていき、あるページで手を止める。

昔見たアニメの主人公・大智の詠唱魔術に憧れて、自分でもできるかなと思い立ち、考えてみたのを書き連ねてあるページだ。

僕はその中の一つを指差し、唱え始めた。


「業火を頤使する空虚の物よ、我が身を加護する盾と成れ――【烈火フレイムの防壁《フィ―ルド》】!!」


刹那、僕の足元、何もない空間から猛々しく火が舞い上がる。

火はグルグルととぐろを巻いて僕の近くを周回し、すぐ近くにいた悪人面の男にも飛び火した。


「あっつ! あっつ!  あっ……ぁぁ!!!」


火はすぐさま男を包み込む。

聞こえてくるのは男の悲痛な断末魔。


「なっ……こいつっ! 魔術師か!?」


燃え盛る男に反応するかのように、他の場所に散っていた優勢側の人たちもぞろぞろと集まり始めた。

優勢側の男たちは手にしていた剣を傍らに投げ捨て、今度は背中に背負っていた弓矢を番え始めた。


――まずい。


剣持ちの相手になら、炎の盾だけで近づかせずに何とかなるかもしれないが、飛び道具相手だと、手も足もでない。

焦った僕は再び『暗黒の聖典』を手にかけ、詠唱目録のページを開く。

今度は攻撃の魔術だ。


「我が名は火の下に有り、我が魂またこれにしせり、業火を我が手に――【エンペラー豪炎ブレイズ】!!」


今度はさっきとは段違いの炎量が飛び出していく。


それもそのはず、僕の思い描いていた【烈火の防壁】はあくまで防御するための魔術。身を守るための初級魔術だ。

それに対し【帝の豪炎】は攻撃特化の魔術。それも上級のだ。

まぁ、飽く迄も妄想の話だけど。


だが、ここは僕の夢の中。どんな魔術を用いて、どのような効果が出るかは僕の思いのままらしい。


【帝の豪炎】は槍状の形を模して飛んでいき、男たちのもとへとたどり着くと、大きな爆発を起こした。

周辺の草木を巻き上げ、木片等が飛び散っている。

凄い威力だ。流石上級魔術……まぁ、何をして上級なのかは考えてないんだけど。


それにしても……


僕はめくれ上がった地面を下目に、物思いにふけっていた。


この夢中の世界、こんなことも可能なのか……


魔術を使い、あたりを焼け野原にした人間が言う言葉ではないが、少しやりすぎたかもしれない。

まさかこれほどまでとは……

恐るべし、僕の妄想力、といったところか。


そういえば。

盾持ちの男たちは無事だろうか?

一応は彼らには被害が及ばないようにと気を付けたが、幾分想像の斜め上過ぎた。


ひょっとすると、少しばかり流れ弾を食らってしまっているかもしれない。

そう思い、僕は後ろへと踵を返した。



――その時。


ヒュンッ、と音を立てて何かが飛んできた。

瞬間、左肩の部分に激痛が走る。

すぐに矢が肩をかすめた、ということを理解する。


僕は急いでバッと振り向くと、息絶え絶えで横たわりながら弓を構えている男がいた。


爪が甘かった。


どうやら、致命傷は与えられたが、死には至らなかったらしい。

窮鼠猫を噛むというやつだ。


男は続けて二本目の矢を討とうとしている。


どうする? いまさら呪文詠唱をしている時間はない。


逃げるか? いや、逃げようにも、さっき自分があたりを蹴散らしたばかりだ。周囲は人っ子一人隠れる隙間すら見当たらない。


そんなことを考えているうちに、男は既に矢を番え、照準を合わせている。

こうなったら、一か八かだ。


僕は肺に大きく息を取り込み、傷口を抑えていた右腕を男に向ける。


「――【帝の豪炎】!!」

「なっ……っ! 無詠唱だと!」


無詠唱の【帝の豪炎】は、詠唱時と比べたら些か火力は劣るものの、確かに男へと飛んでいき、男の体を弓矢もろとも焼き尽くした。


「ハァ……ハァ……」


燃え盛る炎の前で、僕は膝を崩した。

息が荒立ち、呼吸をする都度、激痛を感じる。

左肩が痛い、滅茶苦茶痛い。


だが、それ以上に――


僕は目の前の光景を黙視しながら、一考する。


――人を殺した。


ついさっきまではそんなこと考えてもみなかった。

これは夢だから、明晰夢に過ぎないから、と。

けれども、わかったことがある。

これは夢なんかでは決してない。


僕は傷口を抑えていた右の手のひらを眼前に持ってきた。

付着しているのは、真っ赤でヌルっとしている液体――僕の血だ。

そうして、今度は左肩にそっと触れてみる。


「…………ッツ!!」


痛みで意識が遠のいた。

左肩の激痛がある一つの確定事項を証明していた。

ここは夢の中なんかではない。夢なんかでは済まされないぞ、と。


「うぉぇっ……」


喉のすぐ手前まで、嘔気がこみ上げてくるが、グッと堪える。


人を殺した。人を危めた。人を手にかけた。


その紛れもない事実のみが頭の中を埋め尽くす。


そうして――


バタッ。

僕は堪え切れなくなり、本日二度目、気を失った。

 

 

 


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