ゴッドエナジー
もう二度と見ないのに後生大事に保存されたコピー用紙やらバックナンバーが、狭い事務所をよりいっそう窮屈にしている。
「月刊リアル」の編集会議は、会議の体を成していない。編集長が考えた次号予告を記したA4用紙が配られるだけだ。補足的に、編集長が次号予告の内容を思いつきでしゃべり、編集部員は編集長の好みそうな内容を想像して記事に落としこんでいく。
今回、配られたA4の紙の上の方には、「2月号 特集『ギョエギョエギョエ! 一世を風靡したあの生物の今!』」と書かれている。ちなみに、ギョエギョエギョエ! というのは、半年くらい前にある若手芸人が言い出して少しの間流行った言葉だ。腐りかけたこのフレーズを、編集長はイタく気に入って未だに使っている。
編集長によると、今回の特集は50代、60代の読者にとっての懐かしい生き物のその後を記事にするとのことだった。ちなみに、ここでいう懐かしい生き物とはイエティーだとかツチノコだとか、ダンジョとかの類だ。
ライターの武田花園はイエティーに詳しかったはずだ(昔、イエティーと同棲していたこともあるらしい)し、ツチノコはB級よろず評論家のトレビアーノ紀子木咲がタイのペットショップで見たと言っていた。まあ、今号もなんとかなるだろう。
で、問題はダンジョだ。編集長がいうには今の50代60代にとっては、ダンジョが懐かしの生物らしいのだ。が、たった3人の編集部員には、全員どうもピンと来ない。
そこへ、タオルを首に巻いた狭山コンタクトがやってきた。「おめーら、ダンジョ知らないの? そっか、ダンジョ知らない世代がもうこんな歳になっちゃってるわけねー」
と企画書を覗き見しながら一気にまくし立て、
「っていうか、ダンジョって実はおれんちのかあちゃんのところに居るぜ。なんだったら取材協力してやってもいいぜ」
と続けた。およよ、楽勝じゃん。これで今号ももう半分できたようなもん。狭山にダンジョを見せてもらえるよう頼みつつ、ふとこの狭山と仕事をするのは初めてだったことに気付く。狭山は元々リアルの熱心な読者で、いきなり編集室に押しかけてきて、自分はカメラマンだとしきりにアピールした。だから一応カメラマンだということにはなっている。が、コイツが持っているカメラは「写ルンです」だし、仕事なんてしてなさそうだし、一体どうやって食っているのかよくわからない。でも、ときどき事務所に顔を出すから付き合ってきただけだ。
◆ ◆ ◆
狭山のかあちゃんは山の神なんだという。山の神とは一体何なのかという説明を聞きながら、うねうねとした山道をクルマで登って行くと、いきなり道がひらけてどんぐりを異常に巨大化させてゴールドのペンキを塗りたくったような建物が出てきた。でっかいどんぐりの端っこにボロアパートのドアみたいに粗末な入り口があって、狭山が右手でノックするとギーコと音がしてドアが開いた。中からは、かあちゃんが出てきた。巨大どんぐりでは100人以上の信者が共同生活をしているという。
かっぽう着を着たかあちゃんは、「あいあい、取材でダンジョを見に来たんでしょあいあい」といいながら、ベビーカーにダンジョを乗せて運んできた。ダンジョは棒状の肉に手足が各2本ずつ付いていて、顔が2つ縦に並んでいる。4つの目玉だけ活発に動いている。
かあちゃんは「ほら、珍しいでしょ。これがダンジョ」と言いながら、するりとダンジョのパンツを脱がし、股を無理やり開かせた。
「これがヴァギナ。そいで、このクリトリスに見えるものがペニスなのよ。ほら、これさすってご覧なさい。ねぇ、早く! 触ればゴッドエナジーがあなたにも流れるようになるんだから!」
かあちゃんが急かす。ダンジョの下半身は半開きの唇のような形状で、先っちょには何か奇妙な突起がある。狭山はニヤニヤしながら、信者たちは、優秀な子役のように潤んだ目をしてこちらの出方を観察している。
「ほら、これがダンジョよ。わかった? 昔はダンジョって有名だったのよ。ね、触ってみなさいって! ほら! ゴッドエナジーを信じなさい」
取材なのだ。ダンジョの存在さえ確認できたらそれでいい。触れることに躊躇しながら、でも触らなければかあちゃんの「触れ」攻撃が収まりそうにない。
思い切って、少しだけ下半身全体を手のひらでなでてみると、うつろな目で天井の模様を追っていたダンジョが、2つの口を同時に開き
「どうせ死ねばいいと思ってんだろ!」
と二重音声で叫んだ。
絶句すると、かあちゃんと狭山は目を合わせここぞとばかりの大きな声でハモリながら
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
と笑い始めた。