バー『EASY MONEY』の決闘
初めて短編を、そしてSFを書きました。かなり不慣れな出来ですが、よろしければ読んでください。
店の名前は『EASY MONEY』
会員制のバーで、かつてカルフォニア州があった場所を取り仕切るボス、『ガトリング・キャンサー』の根城になっている。
彼は、第6次世界大戦の英雄だった。独断でアジア諸国に攻め入り、3日で民族ジェノサイドを行った冷血非道な男。当時は悪鬼だのテロリストだのと悪く書かれていたが、今では歴史に名の残る英雄扱いを受けていた。
右腕に対装甲用電磁ガトリングガン『ミセス・ヒステリー』を装着し、右肩には4次元弾薬庫を積んでいた。左腕には量産型ソルジャーを豆腐の様に切り裂く、巨大な鋏が付いていた。更に、上半身から足の指先まで対艦電磁砲をも寄せ付けない電磁バリア装備の機械鎧で身を固め、最新鋭のコンピューターを詰め込んだヘルメットを被っていた。
そんな店の前にある者が降り立つ。ボロボロのトレンチコートを羽織り、帽子を目深に被ったその者は、バーに音も無く足を踏み入れた。
店内にはバーテンを始め、顔面が液晶画面になっているサイボーグウェイターや、半人半機械の客、バウンサーとして買われた3メートルを超える違法改造式ソルジャー・タイプGが2体いた。客たちは脳に高揚感を与える新種のドラッグ入りバーボンを飲み、顔を赤らめていた。ウェイター達は意思疎通するかのように、画面に旧時代に流行ったアスキー・アートを次々に映し出していた。
店の非常警報が鳴り響く。原因は、今店に入ってきたトレンチコートだった。客達やバーテンは何も反応せず、液晶画面ウェイター達の画面に『RED』という表示がされ、片腕が接客用多目的ハンドから対装甲用ライフルに変形し、警告なしにトレンチコートに向かって発砲した。
店内は乱闘様に補強されており、ライフルの立てる爆風ではビクともしなかった。
一瞬にしてトレンチコートと帽子は粉微塵になり、まるでマジック・ショーの様に姿を消した。アラート音が鳴りやみ、ウェイター達は接客用の腕に戻した。各々の画面に安堵のアスキー・アートを浮かべ、ドラッグを精製する作業に戻る。
すると、一体のウェイターの画面が飛び散り、火花を吹いた。回りのウェイターの画面がハテナマークに変わると、火花飛び散る画面の下に付いているボディが真っ赤に融解し、大爆発を起こした。
それを合図に次々とウェイター達のボディや画面に穴が空き、真っ赤に溶けて飛び散っていった。
騒動の数年前のとある田舎。もとは廃墟だったが、ここに住む者達の手によって少しずつ緑が蘇りつつあった。
野原に立つ2人。ジョンとカレンは互いの顔を眺め、頬を赤らめ、頬笑みあっていた。
ジョンは、元は軍人であり大戦で多くの人命を奪ってきた。故郷に帰り、彼の心をあらゆる負の念が覆いかぶさり、少しずつ浸食していった。彼が自分の喉に銃口を押し付け、引き金に指をかけた瞬間、止めに入ったのが幼馴染であり、恋人のカレンであった。
カレンはジョンの生きる希望となった。彼は戦争の思い出を、足元に纏わりつき、闇へ引き摺りこもうとする亡霊たちを振りほどき、彼女の胸に飛び込んで、すべてを忘れようとした。かつて彼らが育った廃墟に人を集め、緑を蘇らせる運動を起こし、灰色一色だった街の中心に野原を作り、少しずつはるか昔の姿へと戻そうとつとめた。
そんなある日、亡霊が現れた。
店内の中央にある大型の防弾使用のテーブルの上に、青い甲冑を身に纏った細身の者が姿を現す。その者の右腕には電磁加速式散弾銃『トール・レイン』が握られ、もう左腕には先程、ウェイターの画面をぶち抜いたニードル型金属爆弾発射用ランチャー『ディザスター』が銃口から青白い煙を上げていた。
回りの客達が一斉に各々の装備を取り出し、騒ぎの元に向かって構える。それの殆どが旧時代に使われていた骨董品の様な銃器だったが、それでも機械兵を紙クズ扱い出来る威力のモノばかりだった。それらが一斉に火を吹く。
青い甲冑は細身の体を翻しながらショットガンを回りに発砲した。稲妻の様な雷鳴が辺りに轟き、その度に真っ赤なソースが壁にこびり付き、残った義体がガラガラと崩れ落ちた。
この事態を見たこの店唯一の生身であるバーテンは、溜息を吐きながらカウンター裏から熱追尾式ミサイルランチャー『ナイト・ストーカー』を取り出し、無造作に店の中央に向かって引き金を引き、急いでカウンターの緊急用ハッチの中へ逃げ込んだ。
10メガトンの核爆発にも耐えられる緊急ハッチの中でも、金属爆弾を積んだミサイルの爆発音は聞こえた。
何も聞こえなくなったのを合図にハッチを開く。バーテンの目にはかつての店の面影はなくなり、出入り口の扉、隣の建物の壁、もちろん内装、客達に至るまですべてが真っ平らになっていた。残っているのは頑丈にできていたバウンサーの部品のみ。
バーテンは鼻で笑いながら懐からマリファナを取り出し、咥えて火を点ける。安堵の煙を吐くと、目の前に光化学迷彩を解除する青甲冑の姿が目に飛び込んだ。バーテンの体全身から温い汗が噴き出る。
その亡霊は、大統領から直々に勲章を授かり、過去の悪い噂をすべて拭い去った英雄のキャンサーだった。彼は、ジョンの上官だった。
キャンサーは彼と、カレンを見据えていた。キャンサーのカレンを見る目は、普通の目では無かった。彼女の栗色のロングヘアーを舐めるように眺め、口元から涎を垂らさんばかりに二タニタと笑う。
ジョンが彼女の前に立ち、自分はもう過去の自分では無い事、生まれ変わり今は満足に生活している事を告げた。
キャンサーは自分の元で働けと言い、この土地を自分のモノにしたいと口にした。そしてさらに、カレンを自分の情婦にしたいとまで口にした。
ジョンは英雄扱いされる悪魔に向かって駆け、拳を振った。その拳がキャンサーの顔面にめり込む前にキャンサーの鋏に寄って二つに分かれていた。切り離された上半身がボトリと野原に落ち、緑を赤く染める。
バーテンが壁の染みになる頃、店の奥から慌ただしく量産型ソルジャーが十数体現れる。皆があらゆる画像を映せる万能ゴーグルをかけ、オーバーキル指定を受けた銃器を装備していた。中央の紅色のソルジャーの掛け声と共に目の前が炎に包まれる。その炎は店の外の10ブロック先まで消し墨に変えた。
紅色が手を上げると、発砲が止む。皆が視線をあらゆる方向へ向け、自分の情報を他のソルジャーと同期化させる。
すると、紅色のフルフェイスヘルメットが赤く融解し、弾け飛んだ。体が崩れ落ち、まるで溶けた鉛を被ったようにドロドロと溶ける。回りが上下左右を見回すとさらに右のソルジャーから順に次々と弾け飛んで行く。
同様の声がちらりほらりと飛び交う頃、彼らの目の前に青甲冑が現れる。彼の甲冑に備わる光化学迷彩『ゴースト』は特別製で、対赤外線画像はもちろんの事、音や気配、臭いに至るまで全てをかき消す事ができた。
彼らが銃口を向ける頃、青甲冑は彼らの懐に潜り込み、両手首を対装甲用ハンドキャノン『クラッシャー』に変形させ、拳を放つかの如く、彼ら1人1人に向かってゼロ距離発射した。
彼ら、量産型ソルジャーとはいえ、脳と脊髄は生身の人間のモノを使われていた。そこを破壊されれば、誰でもひとたまりも無かった。
全て破壊し終えると、青甲冑は店の奥へと向かった。
下半身を失ったジョンは、キャンサーにワザと生かされた。生命維持装置や精神安定装置など、あらゆる延命措置をされ生き延びさせられた。
キャンサーは二タニタと笑いながら、ジョンの過去の命令不服従や違反、さらには彼自身の存在など全てが気に食わなかった、と話し、彼の頬をピタピタと叩いた。
裸に剥かれたカレンは、ジョンの目の前で5日間、キャンサーや他の部下に犯され続け、心神喪失になっていた。野原やその回りに立っていた住居、街の皆は彼らに蹂躙され、若老男女、平等に生きたまま焼き殺された。
それをジョンは、みている事しかできなかった。
満足そうにそれを眺めるキャンサー。彼は仕上げにと、部下達にカレンを生きたまま解体するように命じた。
キャンサーの部屋に通じる一本道には無数の警備装置が敷かれていた。無人機銃にレーザーネット、モーションセンサー式EMP発射装置、熱追尾ランチャーなど、ありとあらゆる装置が青甲冑の存在を認識し、一斉に作動する。
青甲冑はそれらの攻撃に身をさらし、ひとつひとつをハンドキャノンで破壊していった。数度EMPを浴び、体から火花を散らし、追い打ちのランチャーで後方へ後退りしたが、それでも怯まずに、腕を上げ、全ての警備装置を破壊していった。
キャンサーの部屋に着く頃には、何枚かの装甲が剥がれ落ち、不規則な機械音と共に火花を散らせ、あらゆる個所からチューブが飛び出ていた。
ドアを蹴破る。
中央にはキャンサーが座っていた。彼の目の前には、あった筈の大きな机や小物がひっくり返り、彼の相手をしていた情婦達がバラバラになっていた。監視映像を映すモニターは銃弾をぶち込まれ、バラバラになり、壁にも弾の痕があった。
「……カレンはどうした?」キャンサーが苛立ち混じりに口に出す。
「死んだ」青甲冑がノイズ交じりに答える。
「ジョンはどうなった?」
「死んだ」同じ発音で答える。
キャンサーは鼻で笑い、燻ぶっている片腕のガトリングガンを持ち上げた。「お前は何者だ」
「亡霊だ」その一言を合図にキャンサーから電磁加速弾が秒間数百発放たれた。青甲冑は防御態勢も取らず、ただその弾に撃たれていた。右腕が飛び、肩が飛び散り、脇腹に大きな風穴が空く。
ゆっくりと左腕を上げ、甲冑の奥の瞳を輝かせる。すると、上半身全てが爆発し、下半身だけが残る。ガチャリと音を立てて地面に沈む。
キャンサーはそれを見て大いに笑った。「ふ、ふふ、ふははははははははははは!何が亡霊だ!笑わせやがって!」ガトリングガンの発砲を止めて、一息つく。
すると、目の前に破壊した筈の青甲冑がうっすらと現れる。
「な、なんだってぇ!」彼の義眼は青甲冑によってハッキングされていたのだった。
「……消え失せろ、豚野郎」青甲冑は背中に収納されていた器具を取り出し、変形させた。それは、戦争中でも使用は許可されない代物だった。
反物質砲『ジェノサイド』大戦中、キャンサーが使っていた銃だった。それを彼の顔面に押し当て、引き金を引いた。
「ねぇ、ジョン」カレンは花の手入れをしながら訊いた。「幸せってなんだろ?」
「今までの俺なら、わからないって答えただろうな」ジョンは照れ笑いをした。「今なら答えられる気がする」
「じゃあ、答えてよ」
「……それは」と、彼女の胸に指を置いた。「これかな?」と、俯く。顔が真っ赤になっていた。「誰かの心の奥に必ずある、不確かなもの、かな」
「……ふふっ」カレンは微笑んだ。
バー『EASY MONEY』は英雄と共に消え去った。残ったのは灰色に染まった甲冑のみ。人の形をギリギリで留めていたそれは、フルフェイスヘルメットを外し、地面に投げ捨てた。中から、栗色のロングヘアーがふわりと風に乗って靡いた。
懐からタバコを取り出し、咥え、火を点ける。彼女の頭の中にはアラート音と共に、昔の思い出が走馬灯のように流れていた。
そして、彼女の目から光が消え失せ、体がガラガラと音を立てて崩れた。
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