【オープニング】
儚く哀しげな物語は、月夜から始まる。
「満月と三日月。セナはどっちが好き?」
ぼんやりと、月が出ている。
「……月は嫌い」
セナと呼ばれた少女は、それだけ言うと、雲に隠れた月を見て溜め息をつく。
月は輝く。太陽の力を借りて、輝き続けている。
それが嫌なのだ。自分の力で、実力で綺麗に輝く訳ではない。卑怯だと思う。なのに、いつも何故か、月に目がいく自分も大嫌いだ。
自分は、世界の全てが嫌いで、背を向けたくて、逃げたい。『自分からは逃げられない』それは知っているはずなのに、そんな考えが浮かんでくる。
「セナは……ホントは全部、大好きなんでしょ?」
「……はあ?」
薄い紅の髪の少女は立ち上がり、クスクスと笑った。
セナの背後に回り込み、座り込む。二人は背中合わせの状態になった。
「意地はってちゃ駄目だよ。月だって、ホントは好きなんでしょ? 全部嫌いなんて言ったら、自分の存在の意味が無くなっちゃうよ」
セナは驚いた様だったが、すぐにいつもの無表情に戻った。
少し考えてから、こう言った。
「……そう、かもね――」
静かな風が吹いて、時が止まった様に思えた。
セナは後ろを向いて微笑む。
「えっ――?」
少女の姿は無く、風はどこかへ行った様だった。
「もう、あの娘は大丈夫だね」
少女の姿は消え、声だけが闇から聞こえる。
「――私みたいにならなかったもん」
彼女の微笑みが、一瞬だけ月に照らされた。
少女の姿も、声も、直ぐに月夜に溶けて消えた。