龍の章3
龍の章終わりです
それから五日間、龍梅は肉体的な疲れとそれを上回る精神的なストレスから眠り続けていた。
致命傷にはなってはいないが、我を忘れて、敵陣に乗り込み周囲の敵を殺しまくった際に負ったと思われる脇腹に受けた刀傷も昏々と眠り続ける原因の1つになっていた。
その間に雷花と共に羅の国に帰還していた。
頬を触る温もりと優しい香りに包まれ、龍梅は薄く目を開いた。
「か、母様…?!」
長いこと寝ていたためにうまく声が出せず、自分のかすれ声に驚いた。
「龍梅。おはよう。」
娘の頬を撫で、日だまりのように、柔らかく微笑えんだのは、龍梅の母、李水蘭だった。
「目が覚めても、まだ寝ていなくては、ダメよ。何か欲しいものはある?あなたの好きな桃の果汁があるのよ。飲めるかな?」
「母様…。」
「どうしたの?どこか痛む?気持ち悪い?まだ熱があるから、果汁飲んでお薬飲んだら、もう一度寝なさいね。」
自分の事を心配しながら、龍梅を安心させる微笑みを浮かべ、世話を焼く母の姿に龍梅の瞳から関を切ったように涙が流れた。
「母様…母様、母様、母様ぁぁぁぁ!」
幼い子供のように声を上げて自分を求める娘を水蘭は、ギュッと抱きしめ、「全部…。全部吐き出しなさい!母様が全て引き受けるわ。」と言いながら、やさしく龍梅を揺らし、小さな子を落ちつかすように、の背中をポンポンと叩いた。
どのくらいそうしていただろうか。母の温もりに安心した龍梅は、再び眠りに落ちた。
水蘭は娘の頬に残る涙を拭い取ると優しく寝台に寝かせた。
「龍梅の様子はどうだ?」
水蘭が振り返るとそこには羅の国王、羅関雲がいた。
「先程、ようやく寝てくれました。」
「そうか…。 龍梅が再び目を覚ましたなら、私の元にくるように伝えよ。」
「関雲様!龍梅はまだ絶対安静の身です。それにこの子は雷花様の事で今精神的にも窮地に追い込まれてます。もう少し体と心の傷が癒えるまで待っていただけませんか?」
水蘭は、子を守る母親の本能からか今まで見せた事のない鋭い眼差しで夫である関雲を見た。
「私とて、人の子だ。娘が苦しんでいるのを黙ってみてはおれん。しかも、これは、私とよく似ている。自分の責で兄弟を失った経験までもな…。
その痛みがわかるからこそ、龍梅を早く固めないと、手遅れになる。」
「固めるとはどういう事でしょうか?」
水蘭は、怪訝な表情で王に聞く。
「今にわかる。」
そう言って、王は、部屋から出ていった。翌日、龍梅が目覚めると直ぐにに王宮に連れていかれた。
王宮に入ると、王の他に丞相や上将軍や官吏達が勢揃いしていた。
龍梅はその様子に少々たじろきながらも、父親の前に膝を付いた。
おそらく、雷姉様の事で罪を受けるのだろう。
そう考えると、どんな罰を受けるのかという恐さと、罰を与えられる事で後ろめたい気持ちから解放される気持ちが一緒になり体が震えた。
「父上、帰還のご挨拶が遅れまして誠に申し訳ございませんでした。」
「うむ、体はもう大丈夫か?」
「はい…ご心配をおかけし、誠に申し訳ございません。」
「今回の戦は、お前の働きが勝利に導いたと聞いておる。
そこで、丞相、上将軍と相談した結果、お前の能力を見込んで本日より王太子の地位を与える事とする。」
周りにいた者が騒然となる中、龍梅は分けがわからなくなった。
「父上、恐れながら申し上げます。次期王太子は雷花姉上です。ましてや、雷花姉上に傷を負わせた罪人の私が王太子には、なれません。」
国王は、冷たい目で龍梅を見ながら言った。
「私は、一度も雷花を王太子にと宣言した覚えはない。周りがただ囃し立てていただけの話だ。
それに、雷花はいつ目覚めるかわからない身となった。
そのような者に王太子の地位はやれん。」
「父上!!ならば、雷花姉上をそのようにした、私にどうか罰をお与え下さい。」
「お前への罰は生きる事だ。その気持ちと共にな。
そして、同じ過ちを犯さぬよう、王太子として国を思え。
これは王命である。逆らう事は許さん。」
龍梅の王太子任命の儀式がその日のうちに執り行われ、宴が始まり、今まで話た事のない者達は、少しでも龍梅に近づこうと次々と話し掛け、褒めたたえているのを、龍梅はどこか他人事のように思いながら差し障りのない相槌をうち続けていた。
そして、夜もふけ、宴も終盤となり、皆酔いもまわった事を見計らうと龍梅は、自室に帰ろうとし宴の席から離れた。後宮に繋がる廊下を渡ろうとした時に後ろから呼びとめられた。
振り向くとそこに劉将軍がいた。
「龍梅様、この度は誠におめでとうございます。」
劉将軍は、膝を付き最大級の礼の姿勢で龍梅に頭をさげる。
「劉将軍、貴方までやめてくれ。祝えるような気分ではない事ぐらい知っているだろう!頼むから頭を上げてくれ。」
龍梅はうんざりしながら劉将軍を見た。
「龍梅様のお気持ちは、よくわかっているつもりです。しかし、どうか王の気持ちもお分かり下さい。」
「父上の気持ち?」
劉将軍は立ち上がると龍梅の目をしっかり見つめながら口を開いた。
「少し昔話をいたしましょう。
私は現、国王の関雲様に幼い頃よりお仕えしており、昔の事をよく覚えています。
関雲様は、幼少の頃より俊敏で武術の才能に非常に長けておられ、戦に出るようになられると、元々の能力に経験が加わり、修羅のごとき力で敵国を破っていかれました。
しかし、ある日、関雲様の判断により、敵を追い込み、崖下まで追い詰めた所、崖上より矢の一斉攻撃にあいました。
後から判明した事ですが、それは罠だったのです。
我々は、命からがら逃げ出す事に成功致しました。
が、一斉攻撃の際、関雲様の兄上で当時、王太子だった関英様が矢を受けお亡くなりになりました。
関雲様と関英様は同腹であり、たった二人の男子だった為、非常に中の良いご兄弟で、関英様が国王になられた際、自分は、喜んで臣下に下ると関雲様は、常々申されていました。
その兄上を自分の責で死なせてしまった事に関雲様は堪えられず、何度も自殺を図られる程、自暴自棄になっておいででした。
その姿をみた家臣達はこの国の行く末を案じ、王家に縁のある貴族より次期王太子の選出をとの声まで上がる程でした。」
「そ、それで父上はどうやって?」
話を聞いているうちに龍梅の瞳の色が変わってきているのを見た劉将軍は、僅かに微笑みながら話を続けた。
「関英様が亡くなった戦から二ヶ月後、関雲様は当時の国王に王宮に呼ばれ、こう言われました。
関雲に王太子の地位を与える。
大切な者を無くした痛みを知っている、そなたこそ王太子に相応しいと…。」
龍梅は、言葉が出なかった。
自分と同じ経験をした父の言葉と優しさに視界が涙でぼやけた。
しばらくの沈黙の後、龍梅は口を開いた。
「…劉将軍、私について来てくれるか?」
「私は、今の龍梅様だからこそ、お側でいたいと存じます。龍梅様がこの国をどうしていくかをこの目で見届けるまで死ねません。」
「ありがとう…」
龍梅のありがとうの最後の言葉は、言葉にならなかった。
その時、龍梅は心の中で自分ができる精一杯の事をすると父と雷花に固く誓った。
お付き合い下さってありがとうございます。次の章より新章になります