霊感淑女の学園事件簿
私、ヘレナ・モーリスには霊感がある。
小さい頃から、人には見えないものが見えていた。
「ほんっと最悪! なぁんであんな娘が入学出来ちゃったのかしらねぇ〜。選定基準おかしいんじゃないの?」
最初にいわゆる幽霊を見たのは、5歳の時だ。
亡くなったばかりの祖父が、生きていた時のままの姿で家の中で呆然と立ち尽くしていた。
「あの子もあの子よ! 顔ぐらいしか取り柄のない女に夢中になっちゃって! 親はどんな教育したのかしら。あ、私の孫だったわ」
幽霊というのは、未練があってなるものらしい。
祖父は亡くなる直前、祖母に結婚記念日のプレゼントを用意していたが、自分が突然逝ってしまったから渡せずじまいになっていたらしい。
祖父にプレゼントの隠し場所を聞き、祖母へと彼の感謝の言葉と共にプレゼントを渡すと、未練が亡くなった祖父の幽霊は空気に溶けるようにして消えていった。
「可愛がり過ぎたからダメ親父に育っちゃったのかしら……いやいや、それとあの娘の問題については別よ! って、アナタちゃんと私の話聞いてる? ねぇ〜」
「うるさいです。私も課題をやってる途中なんで静かにしてください」
「えぇ~、一応私も王族なんだけど不敬じゃない? まあでも、アナタのこういう雑な態度も気心知れた感じで落ち着くわね〜」
深くため息をつく。
なぜこんな事になったのか。
先程から勝手に自分の部屋に入り込んできて、べらべらと喧しく喋り続けているドレスを身に着けたこの男も、幽霊だ。
自称、ボーデン王国の先代国王であるガイウス王。当時、周辺国に比べて遅れていた魔導技術の分野において、大国バラム帝国と巧みに交渉を行い我が国の豊富な鉱物資源の優先的な取引と引き換えに技術を導入。文化および国防軍のレベルを大きく底上げし、近代的な国家の基盤を作り上げた賢王と名高い人物である。
「(それが……コレ? この変態女装男が、私も尊敬しているガイウス王だなんて。いや、クオリティは高いけど……いやいやクオリティとか関係なく一国の王が恥も外聞もなく女装なんかするわけないでしょ)」
頭が痛くなるとはまさにこの事だ。
こんな変態に四六時中付きまとわれては、心が休まる暇もない。
こんな風貌だから最初こそ彼の身分を疑ったが、しかしご丁寧にも王家の紋章が施された装飾品も纏っているものだからコレがガイウス王であると信じる他に無かった。
出会ってしまったのはつい最近だ。
ボーデン王国の次代を担う者らを育てる学園。主に貴族の子女を対象としているそこに平民の枠から試験に合格して入学することに成功した私は、入学から1年ほどが経過し日々の勉学に熱中し過ぎるあまりに他のことに対して注意力が散漫になってしまっていた。
端的に換言すれば、“疲れ過ぎてぼーっとしていた”のだ。
そんな状態だったから、どう見たって違うのに教師の誰かだと勘違いして話しかけてしまったのだ、この変態女装男に。いつものように、授業内容で気になった部分を質問するノリで。
「(恨むぞ……あの時の私……!)」
幽霊共に見えるとバレたらロクなことにならない。それを、この男に初めて実感させられた。
幽霊というものはとにかく未練に対して執着があるらしい。祖父もそうだったが、穏やかな性格のおかげかあまり多くを私に求めようとはしなかった。
しかし、この自称ガイウス王は違った。
とにかく人使いが荒い。彼もまた天に召されたいからなのか、理由もはっきりしないが、私に霊感があると理解した彼は私にあれこれと求め始めたのだ。
その上、では彼が幽霊になるに至った未練とは何なのだと聞けば「思い出せない」とまで抜かしてくる。とりあえず目先の気になる事から潰していけば、そのうち自分の未練も思い出すのだろうという考えらしい。
「ね、アナタ、あのマリエルちゃんに何か言ってやりなさいよ。仮にも王太子のオニール坊やに、いつまでも婚約者でもない身分も釣り合わないお嬢さんがうろちょろまとわりついてたら問題でしょう?」
「そうは言ってもですねえ、自分のそばに居ることを許してるのもオニール殿下ですし。平民の私からじゃあ男爵家令嬢のマリエル様にあれこれ口出しなんてやれないですよ」
「あら? ボーデン王立学園の生徒は校則の元に元の身分に関係なく平等であるはずだけれど」
「そんなルールとっくに形骸化してますって。ガイウス様も、随分と長い間この学園に居たならお気づきなんじゃないですかぁ?」
「貴女ねぇ……それでも外交官目指してる身なワケぇ? ま、アタシもそれくらいは察してたけど……ルールは無くなってないんだから、上手く使いなさいな」
はぁ、と溜め息がこぼれる。
私が解決しなければならない目下の問題がこれだ。王太子であるオニール殿下が、婚約者のクリスティーナ公爵令嬢を差し置いてマリエル嬢をそばに置いてしまっていた。
他の女に目移りするにしても、人選はハッキリ言って最悪だ。
貴族には派閥というものが存在するが、クリスティーナ様のグランナート公爵家に対してマリエル嬢のハートルード男爵家は敵対派閥に属している。
見方によれば、これはグランナート公爵家に対するとんでもない侮辱だ。公爵家の御令嬢を相手に、敵対派閥のたかだか男爵家の娘が王太子の愛を勝ち得ただなんて。
実際どんな状態かは自分の目で確認したわけでもないから知らないが、クリスティーナ嬢は王太子妃たる器ではなかっただの、マリエル嬢はその年齢にそぐわぬ豊満な肢体でオニール殿下を籠絡しただの、学院内では噂好きの貴族子女の皆様の間で好き勝手に物語が繰り広げられている。
中でも特に馬鹿馬鹿しい噂は、クリスティーナ嬢がオニール殿下を奪われた嫉妬からマリエル嬢に心ない嫌がらせをしているという話だ。
「(全く……歴史と誇りある公爵家の令嬢であるクリスティーナ様がそんなみみっちい真似するわけ無いでしょうに。演劇の観過ぎじゃないの?)」
しかし、これを平民上がりの1生徒に解決しろとはとんだ無茶振りではなかろうか。
全くもってどこから手を付ければよいものか、見当もつかない。
「ま、手掛かりが掴め次第アタシも手伝ってあげるから」
「恩着せがましい事言って、あなたが無理難題を押し付けてきたんでしょうが」
「オホホホ」
何がオホホかとムカッ腹が立つが、高笑いするその姿が無駄に様になっていていちいち怒る気も失せる。
とりあえず、今はオニール殿下とマリエル嬢を引き剥がす為に、立場もコネも無いこの身一つで何とかする他に無かった。
「(ルールは無くなってないんだから上手く使え……か。よし)」
課題に手を付けながら、考えなしの私はそんな事をぼんやりと思っていた。
◆◆◆◆
そして、翌日――
「あのう、オニール殿下と別れてもらえませんか?」
真昼の教室。
いつも通り、穏やかな休憩時間になるはずだったそこは、冷え切った空気に包まれていた。
自分の席に腰掛けているマリエル嬢の前で、謎に仁王立ちしている私。
ざわつく生徒達の声に、混じって聞こえてくるのはまた紡がれ始める妙ちきりんな噂話。
「(あーヤベッ。初手からまずったかな)」
「あ、あの……貴女は、どちら様で? オニール殿下の、お知り合いの方……かしら?」
「いえ、全然関係ないですマリエル様。同じく2年のヘレナ・モーリスと言います。以後お見知りおきを」
まずい、テンパり過ぎて自分でも何を口走っているのかわからない。お見知りおきをも何も初手の印象が最悪過ぎるだろうと心の中で自分にツッコむ。
しかし……マリエル嬢。噂には聞いていたが本当に顔が良い。滑らかに整えられた長い栗色の髪は、毛先にゆくにつれてふわりと広がり、常にヴェールを纏っているかのよう。スタイルも、確かに男性のそういう情欲をかき立てるものがあるのだろう。
「(塩顔で寸胴体型の私とは正反対だな。男爵なんて貴族間じゃあいくらか軽んじられている雰囲気もあるけれど、それでも平民とは明らかに住んでる世界が違うと一目でわかる)」
噂通りならいくらか下品さも感じられるかと思ったが、そんなことも無い。むしろそこらの学生よりも気品が感じられる。
実際に面と向かってみると、本当にこれが殿下を籠絡した悪女なのかと疑問符が浮かぶ。
だからと言って、引く理由にもならないが。
「ええと……? そうなのですね。ですが、私と殿下は噂とは違い清いお付き合いを――」
「いや、清いとかそうじゃないとか関係ないですよね。殿下が少々だらしないのはともかく、王太子ともあろうものが婚約者を差し置いて別の女と懇ろになっている状況そのものが問題だと言っているのです」
教室が再び凍りつく。
自分でもいきなりずけずけと何を言っているのかという自覚はある。ある……が、自分には丁寧に殿下と彼女を引き剥がしてやる手段もないのでこうする他に無い。
静かに、マリエル嬢がため息をついた。
「……貴女は、殿下と何も関係のない方でしょう? これ以上勝手なことを言うのはやめて頂きたいのですが」
「ですが国の将来に直結しております。今、ご自分が何をなさっているのか今一度考え直して欲しいと、私は申し上げているのです。要らぬ問題で国内に不和をもたらす事も、近隣諸国から我が国が軽んじられる結果になる事も私は望んでおりません」
心を殺してそう言い切った途端、マリエル嬢の額にぴきりと青筋が一本浮かび上がるのが見えた。
表情は変えないが、やっと本性が垣間見えるかと内心でほくそ笑む。
「っ……! アナタ、平民ですよね。貴族の義務も知らない癖に、よくもぬけぬけと……!」
「『ボーデン王立学園校則第24条。学園の全生徒は学園に居る間、それぞれのもとの身分に関わらず校則の元に平等である』。もーしわけありません。お貴族方の婚姻なんてデリケートな問題に触れておいて今更ですけれど、そういう事なので」
「わたしが……っ! いったいどんな気持ちでクリスティーナ様の事も、殿下とのお付き合いも考えていると……!!」
耐えてはいる。耐えてはいるが、いよいよ激昂寸前といった様子の彼女が、目に涙を溜めながら机を叩いて立ち上がった。
おや、化けの皮が剥がれるのは察していたが、少々予想していたのと様子が違うぞと眉がわずかに吊り上がる。
生徒達の噂やガイウス王からの話を聞く限りでは『自分勝手でわがままなお嬢様』という本性が見えてくるかと予想していたのだが。
少し、方針転換が必要かもしれない。
「(何を焦ってる? この女)」
キッと彼女に睨まれるも、表情は変わらない。
自分が何をしようと考えているのか今はまだ察されてはならないから。ひとまずはこのまま、国益のために愛する男女を引き裂こうとする冷たい性悪女でも演じてやろう。
「マリエル!」
次はクリスティーナ様の事で探りでも入れてやろうかと考えていたその時、バッと教室の扉が開いて1人の男が飛び込んできた。
芯のある力強い声色。すらりとした体躯に、妖精のように美しい顔。
「(ここで白馬の王子様の登場……ってワケね)」
オニール殿下は普段の落ち着いた雰囲気もかなぐり捨て、大股でずんずんとこちらに歩いてくるとマリエル嬢と自分の間に割って入り彼女を守るように鋭い視線でこちらを見下ろしてきた。
敵意のこもった視線。しかしそれだけでは無いようにも感じる。一瞬だけ、こっそりと隠すように、せわしなく動いた瞳はどうも私が身に着けているものを確認しているように見えた。
「……平民?」
「『ボーデン王立学園校則第――』」
「ああもうそれは結構だ、わかっている。平等なんだろう。問題はキミに、どういう理屈があって、マリエルに食ってかかるような真似をしたのかと言うことだ。ボクはキミを知らないし、全くの無関係だろう。放っておいてくれないか」
「そうは言われてもですね、国の将来を思えば黙っていられるわけもないでしょう」
それについては王子自身も思う所があるのか、少しばかり苦々しげな表情になる。が、小さくため息をつくと手で払うような動作をして口を開いた。
「ともかく、しつこいようなら私もキミに対処しなければならなくなる。見たところ役人でも目指している口なのだろう? 愛国心は結構だが引き際は見極める必要があるぞ」
「ふむ……承知しました。では失礼させていただきます、殿下」
流石に殿下相手に問答を繰り返しても時間の無駄だし、自分の立場を考えたら何をされたものかわかったものでは無い。忠告の通り、大人しく引くことにする。
「ですが最後に、重ね重ね言うようですがご自分たちが何をしているのか今一度お考えを」
「……フン」
殿下はそれ以上なにも言わず、マリエル嬢も彼の後ろに隠れたままだ。
肩で風を切って颯爽と教室の外へと歩いていく私に、あちらこちらから奇妙なものを見るような視線が集まっているのを感じる。
ええい見るな見るな。こっちだって好き好んでこんなアホらしい仕事をしてるわけじゃない。
「(聞いていた話と違うぞ。ちょっとばかし壮大な痴情のもつれ程度に考えていたのに、なんかワケありそうな雰囲気だし)」
緊張から解き放たれてどっと疲れがやってきた。
くったりと両肩を落として、歩きながらため息をつく。
その時だった、不意に背後からトンと軽く肩を叩かれた。
「うおっ」
「ヘレナ女史、あなたはバカか?」
初っ端から暴言を吐いてきたその男には、よく見覚えがあった。
筋肉でパツパツになったブレザーに、似合わない勤勉そうな真面目顔と四角いくろぶち眼鏡の面倒くさいやつ。
「バカやってきた自覚はある」
「無鉄砲さも美徳になり得るが、役人向きではないな。やはりお前は騎士にこそ向いている!」
「またよくわからない勧誘を……」
先ほどよりまでも、更に深く、深く溜め息が出た。
クラウス・ミドガルド。
代打ボーデン王国の騎士団長を務める名家の跡継ぎであり、何を血迷ったのか事あるごとに私を騎士クラブなるものに勧誘してくる変人である。
「うむ、入学式のあの日、閉まりかけた門を相手に素晴らしい跳躍力を見せてくれたヘレナ女史には、是非とも我らが騎士クラブに入団して欲しいと常々考えてはいる……が、今日ばかりはそうではないな」
「珍しいですねえ」
「お前はあんな性格の悪い事をする人間ではないだろう。まあ、あの2人に言いたいことはわからんでもないがな」
「私にも色々あるんですよ」
本当に、どう解決してやればいいものかわからない。自称ガイウス王はいい加減だし、しかしいつまでもあんなのに付きまとわれるわけにも行かないし。
「クリスティーナ様との間で良くない噂があるというのも事実だ」
腕組みをしながら、自然に隣を歩き始めたクラウスがふとそんな事を言い始めた。
案外この男も学園内の噂は気になる年頃なのだなと少し驚く。
「事実は知らん。俺も部外者だからな。だが、オニール殿下がマリエル嬢に送ったという装飾品の類、あれをクリスティーナ様が取り巻きを使って取り上げて壊して捨てたなどという話もある」
「へえ……装飾品、なるほど。強引なことやりますね。でもまかり間違って王家の紋章付きのものなんて渡されたら、マリエル嬢は王家のお墨付きと言う事になっちゃいますし焦る気持ちもわかりますけど」
嫌がらせなんてみみっちい事やるものかと考えていたが、クリスティーナ様にもお立場というものがある。
王太子の婚約者として将来は国家の最前線に立つ自覚があるから、今の状況を良く思わないのだろう。
「でも今のウソよ〜〜」
「ギャッ!」
「うおっ。突然どうした」
突然こんどは視界の外から自称ガイウス王のアレが現れて、おどけた調子でそんな事を言ってきた。
思わず素っ頓狂な声が出てしまい、周囲の生徒達にぎょっとした視線を向けられてしまう。この女装男、本当に迷惑極まりない。
「マリエルちゃんたら自作自演で噂を流してるのよねぇ。人の心の動かし方ってのをわかってわね、彼女。権力に引き裂かれる悲劇のヒロインはいつだって人の心を揺さぶる存在なのよぉ」
「ちょっ、今、ちょっと」
「どうしたヘレナ女史。様子が変だぞ」
怪訝そうな顔を向けてくるクラウスに、若干の申し訳なさと気恥ずかしさを感じつつ、とりあえず会釈だけ済ませる。
「あーっ、と。すみません、用事出来たので失礼します」
「用事? 廊下の途中で急に変な声を出したかと思えばまた忙しない……」
彼を置いてその場をあとにし、すぐに一人になれる場所もパッと思いつかなかったので近くの女子便所の個室に飛び込んだ。
呼吸を整えて顔をあげれば、自称ガイウス王が腕組みをして宙に浮いていた。
「ちょっと、どういうつもりですか貴方。幽霊の自覚あるんですか! というか私に面倒事押し付ける癖にまともに事前情報もくれないんですか!」
「まあまあ落ち着きなさいな。話してみてどんな状況かだいたいわかったでしょ? それに、オニールの坊やはあれで本当にマリエルちゃんに本気になっちゃってるし。本当に見た目くらいしか取り柄の無い娘なんだけど……まあ良いわ、さっき言った自作自演の証拠もちゃあんとあるわよ」
「そういうの……っっ! 最初から、教えてくれませんか」
「それがねえ、証拠を出してはいおしまいと言えるほど単純でもなさそうだからアタシも困ってたのよねぇ。ま、だからアナタには体当たり気味に接触して来てもらったワケだけど」
「何でそんな難しい事を私なんかに……」
思わず愚痴がこぼれるが、まあ十中八九私が霊感持ちだから、頼める相手が私しか居なかったというそれだけの話なのだろうと言う事は容易に想像がつく。
が、そんな愚痴を聞いてか彼が言ったことは自分の想像とは違っていた。
「そうねえ……アナタなら誰にも気付かれずに学園を抜け出せそう、とか思ったからかしら。あの娘の実家、ハートルード男爵の屋敷があるところまでは往復で2日程度。私の予想が正しければ男爵が今どういう状況にあるのか、屋敷さえ確認出来れば問題の核心に近付けるはずよ」
「……私に2日も授業をサボれと?」
「そうする必要があるの。国の為にね。大丈夫よ安心なさい、役人志望なんでしょアナタ。今回の件でも今後のアナタの為にも、身の振り方とか丁度良いツテとか教えてあげるから、役人らしく国の為に身を粉にして2日間働いて来なさい」
有無を言わさないオーラ。
当然、こちらに拒否権などあるはずもなく。
ハートルード男爵邸偵察作戦の決行は、それから数日後の早朝となった。
「本当にやる事になるとは……」
日が昇る前の冷たい空気にぶるりと肌を震わせながら、学園の女子寮を抜け出してレンガ造りの高い塀も飛び越えて、私は最小限の荷物と共に待ち合わせ予定地の路地裏へと脚を進めていた。
学園の事務には数日程度の病欠とだけ伝えてある。そんなもので通るのかと思ったが、案外すんなり行くものだ。2日のサボりは辛いが致し方ない。
「(幽霊にツテなんか残ってるものかと思ったけど、賢王ガイウスともなると己の死後まで抜かりないってコト?)」
あんな格好をしているのに、本物のガイウス王その人であるという説得力が増してしまって本当に困る。
作戦を実行するにあたって事前にやっておくべきことがあると自称ガイウス王から指示を受け、学園の敷地内に隠されていた見たことのない装飾品を手に入れ、何を血迷ったか今度は学園敷地内に残されている地下牢へ。
元は古い王家の城が建っていた土地でありそういう場所が残っているとも聞いていたが、今は誰も使っていないそこへ行くことになるとは予想していなかった。
彼の指示の通りに地下牢の薄汚れた石壁を調べていると、今度は隠し扉と何処かへと続く土壁の通路が。数十分程度そこを歩き続けていると頑丈そうな鉄扉が突き当たりにぽつんとあって、扉を抜ければ急に全面絨毯張りの豪奢な部屋に。
そこにはいつも待機しているのか壮年の男が1人居て、彼に手に入れた装飾品を見せたらトントン拍子に話が進んで今に至る。
装飾品はガイウス王の秘密の協力者の目印として、彼が生前に秘密裏に残していたものだったらしい。
目的地の路地裏に着くと、建物の壁に寄りかかるように1人の男が立っていた。
以前も会ったことがある、黄金色の髪にスピネルのような赤い瞳を持った若い男。王家に直接仕えているらしいが、普段どういう仕事をしているのかと聞けば「内緒」とだけ返されてしまった。
「時間通りですね、ガイウスの友よ。ではすぐに出発しましょう」
「ええ。完璧に済ましてやりますよ」
空元気でそんな事を言ったら彼に苦笑いされた。なんだ、こちとら自分の置かれている状況が目まぐるしく変わって苦労していると言うのに。
ともかく、こうして私の2日間のサボり、もとい小旅行は始まった。
◆◆◆
「それで、私達を集めて何の用事でいらっしゃいますの? 人騒がせな事をした挙げ句、結局何も無かったは通りませんわよ」
「またキミか……これ以上首を突っ込むなと忠告したはずなんだがな。それに、何故今度は貴様がここに……」
「どうして私までぇ……」
あれから数日経った放課後。
空き教室を1つ借りて、私はオニール殿下とマリエル嬢そしてクリスティーナ様の3人を呼び出していた。
「(どうしたもこうもあるか。お前が1番の当事者だろうがマリエル・ハートルード)」
こちらの付き添いには件の金髪赤眼の男と、成り行きで途中から協力者として参加したクラウスが居る。
金髪赤眼の彼と殿下にはどうやら面識があったらしく、彼はにこやかに殿下を眺め、殿下の方はと言えばなんとも言えぬ表情でまた眉間にシワを作っていた。
「お集まり頂いた原因については既にみなさん察しているでしょうが、どうかオニール殿下とマリエル嬢にはここで穏便に関係を断ち切って頂きたいとお願いをする為にこのような形となりました」
「お願い? 人にものを頼む態度と言うものを知らないようだな。だいたい、以前も言ったが部外者であるキミにとやかく言われる筋合いは――」
「黙りなさいオニール。私も貴方の日頃の行いには不満を持っていました。王太子である自覚がまったく無いのかと」
「っ……ぐ」
眉間にシワを寄せながら文句を言おうとした殿下を、クリスティーナ様が一蹴する。
自分でも良くないことをしている自覚はあったのか、苦々しげな表情で引き下がる彼を見るのは少々愉快だ。
色々と知った今になると、「1人で突っ走って手間をかけさせやがってこの野郎」とでも言いたい気持ちにさせられる。
「で、でも、クリスティーナ様だって、私にひどい事を!」
「ああそんな話もありましたね。じゃあクラウスさん、よろしくお願いします」
「む、俺からか」
自分達もクリスティーナから嫌がらせを受けた被害者なのだ。クリスティーナは王太子の婚約者としてふさわしい存在ではないのだ。
そういう周囲からの評価を狙っていたのだろう。そういう魂胆であれば、手段として悪くない。まあやった事は悪いが。
クラウスが部屋に持ち込んでいた鞄の中から金属製の箱を1つ取り出した。ところどころ、まだ土の汚れが残っている。
それを見た瞬間に、はっとマリエル嬢の瞳が見開かれた。
「噂にもなっていたが。オニール殿下はマリエル嬢に装飾品の贈り物をしていたそうで」
「ああ、確かに贈った。だが全てクリスティーナに取り上げられ、壊されてしまったと」
「殿下をがっかりさせてしまう話ですが、どうか」
机の上にその箱を置き、ふたを開けると中にはいくつかの装飾品が入っていた。
どれも壊れてはいない。それに、どれも高価過ぎない。王家の紋章など入っているものは1つも無いし、王都にある店で買えるものばかりだ。
つまり、これらは間接的な金銭の援助だとか、マリエル嬢の立場を変えるために贈ったものという事ではない。
オニール殿下が、マリエル嬢を想って贈った心からのものであるとわかる。
「男子寮近くに生えている木の根元に埋めてありました。校則で男子寮に女子生徒は近付けない事になっていますが、なにかと噂好きで目ざといの同性の近くに埋めるよりもこちらの方が良いと考えたのですかね」
「え……な、何故……」
驚きと困惑の入り混じった表情になる殿下と、対象的に青ざめて表情がすうっと抜け落ちていくマリエル嬢。
今、この場でただ1人何の落ち度もないクリスティーナ様だけが軽く腕組みして目を細め、平静を保っていた。
「こんなもので良いか? ヘレナ女史」
「ええ、ありがとうございます。男子寮に入れないので仕方ないとは言え、土いじりのような真似をさせてすみませんでした」
「いやなに、武に携わる者とはつまり汚れる者。この程度、手間の内にも入らんよ」
クラウスは変人だがいい奴だ。急に妙な事に巻き込んでしまったのに、文句一つ言わないどころか「国の為ならばいくらでも力になろう」と快くあれこれ引き受けてくれた。
一応同年代のはずなのだが、若者らしからぬ高潔さというものを感じずにはいられなかった。これが騎士の誇りというやつなのだろうか。
それはさておき――
「さて、ここからが本題です。マリエル様、あらぬ噂を流してクリスティーナ様の評判を貶めようとしていた事。そうまでして殿下の隣をクリスティーナ様から奪い取りたかった理由。今回はあらかた調べがついています」
2日間の遠征だったが、優秀な協力者の存在もあって随分と上手くいった。
ハートルード男爵家が現在どういう状況か、一言で表現するとすれば詰んでいた。
弱小貴族であるハートルード男爵の持つ領地はさして広大ではないが、そこにおける影響力という点ですら大半を彼らに乗っ取られつつある状態だった。
マリエル嬢と視線を合わせる。
彼女は視線から逃れようとは、しなかった。
「自分にまだ利用価値がある事を示したかった。そうすれば、ハートルード男爵家はまだ首の皮一枚つながった状態でいられる。そうですね?」
返事は無い。
ただ小さく震えるように、「はい」と言うように彼女の唇が動いた。
「首の皮一枚……? どういう事ですの……?っ、オニール、あなたまさか知っていた上で!」
「ま、待て! 確かに知ってはいたが、それで危険な橋を渡ったり彼女に何か押し付けるような事はしていない! 父う……陛下にも相談したとも。だが、もう捨て置けとしか」
状況もよくわからないまま悶々とした日々を過ごしていたクリスティーナ様にとって、ハートルード男爵家の危機は寝耳に水だったのだろう。
きっと眉をつり上げてオニール殿下に詰め寄るも、しかし未だ困惑の色も見える。一方の殿下も全てがバレていると理解したからか、怒られた仔犬のように全身から力が抜けて来ているように見えた。
「それは殿下の身を案じた陛下からの忠告ですよ。以前、私がマリエル様に失礼を働いた際に貴方がそうしたのと同じように」
「そう、か……だが私は彼女を言われた通りに捨て置くことなど出来なかった。連中の間者が何処に潜んでいるかもわからない、放っておけばマリエルがいつこの学園から連れ戻されるかもわからない。だから、彼女を側におくことで少しでも状況が良くなればと――」
「それはハートルード男爵がクリスティーナ様のグランナート公爵家の派閥と、真っ向から対立している派閥に属していると理解した上で?」
「……わかっていた、上でだ。見過ごせなかった」
思わず深く溜め息が出た。
優しさは美徳だが、思慮が不足していれば毒にもなる。
「すみません、ヘレナさん。私、まだ全容を理解出来ていませんの。詳しく説明してくださる?」
「ええ、勿論。まず最も重要な点から触れますが、ハートルード男爵家は現在、賊による乗っ取りを受けています。男爵は屋敷内部で拘束、男爵夫人は既に売り飛ばされたか行方知れずになっていました」
クリスティーナ様がはっと息を呑む音が、静まり返った夕暮れの教室に響いた。
「賊の正体は北の遊牧民の元王族の一派かと思われます。2年前にバラム帝国との戦争で滅ぼされ、複数の小国に分断される結果となったハイドーラです」
侵略を繰り返しその国土を広げてきたハイドーラと、大陸の盟主とも謳われる大国バラム帝国。
日々ハイドーラの脅威に悩まされ続けていた大陸諸国にとって、唯一ハイドーラに対して優位に立ち回れるバラム帝国の庇護は無くてはならないものであり、ボーデン王国もこの2国の戦争においてバラム帝国の側について参戦していたのは新しい記憶だ。
無事に戦争はバラム帝国の勝利で終結しボーデン王国にもまた安寧の時が訪れたかに思われたが、しぶとくもハイドーラの負の遺産は寄生虫のようにボーデン王国の内部に潜り込み、誰にも気づかれぬ内に深くまで蝕んでいたらしい。
「賊はハートルード領での影響力を増し、危険な状態にあります。既に小さくとも軍と呼べる規模の兵も集まっているようで、何も起こらないまま穏便にとは済まない事は覚悟しなければなりません。当然、マリエル様の身も危険な状況にあり、現在は殿下という餌がある為に泳がされていますが、利用価値が無いとわかればいつ連れ戻されて賊の資金源として使われるかもわからない状態であるのは間違いないでしょう」
「なぜ、それをもっと早く私に……いえ、今更悔やんでも仕方ありませんわね。陛下は何かそれに対して行動は起こしていらっしゃいますの? 貴方ならわかるのでしょう?」
ちらりと、私の半歩後ろに立っている金髪赤眼の男に視線を向けてクリスティーナ様は問い掛けた。
私からも彼に目配せをすると、静かに彼も頷いて口を開く。
「詳しい事までは教えられませんが、既に賊を排除する為の入念な準備は整っている、とだけ」
「そう、ですのね。であれば、私も今はただ見守る事に致しますわ……」
ぎゅっと両の手を握り締めて、彼女は静かにそう言った。
そうだとも、それぞれどんな出身や使命があろうと私たちは所詮は学生。出来ることなんて限られている。
王太子の婚約者として、公爵家の令嬢として、ボーデン王立学園の1生徒として、クリスティーナ様は責任感を持ちつつも身の丈にあった選択の取れる方なのだと心の中で感心する。
かく言う私の方は、特殊な事情が絡んだとはいえ随分な無茶をやらされていた気もするが。
とにかく、こうしてオニール殿下とマリエル嬢とクリスティーナ様による三角関係の真相は明らかとなった。
殿下も最初こそはマリエル嬢の事を救いたいという正義感からだったのかもしれない。しかし、形だけでなく心まで向いてしまっては、それは正しくあるべき姿とは言えなかった。
「キミは……全て理解した上で今すぐに別れろと、そう言うのか」
「心苦しいですが、はい」
そう言うと殿下は苦しげな表情になり押し黙ってしまう。
こんな冷たい事を言って、マリエル嬢にも2、3発は殴られるかと予想していたが彼女は既に自分の運命を半ば受け入れていたのか、ただ暗く沈んだ表情のまま項垂れていた。
「もし、殿下が望むのであれば……1つだけ方法が御座いますよ」
ふと、金髪赤眼の男がそんな事を言い始めた。
事前に話はしていたが、本当にやるつもりなのかと思わずまた彼に目配せをしたが、彼は特に気にする様子もなく続ける。
「それは……」
「殿下、貴方を廃太子した上でボーデン王家から追放します。ただのオニールとなり生きてゆけば宜しい。もちろんクリスティーナ様との婚約も解消致します。そうすれば貴方はマリエル様と生きてゆける。もちろん、殿下の努力次第という前置きは付きますが」
オニール殿下の表情が強張る。
廃太子までは覚悟していただろうが、王家からの追放までは予想していなかったか。
こうするように指示したのは他でもない、陛下そのひとだ。自称ガイウス王は息子に甘いなどと言っていたが、しかし重要な場面で甘さを見せるほど愚鈍な王ではないと言うことだ。
例えそれが愛する息子であろうと、大切な王太子であろうと、必要とあれば即座に切り捨てられる胆力があった。
「しかし、それではマリエルの事を――」
「護れば良いではありませんか、貴方自身の力で。愛していると言うのならば、己の身など惜しくもないでしょう」
酷なことを言われているとは思うが、しかし勝手な真似をして状況を複雑にしたのも殿下だ。その報いは受けなければならない。
絶句するオニール殿下を前に、先に声を上げたのはマリエル嬢だった。
「ま、待ってください! 別れます、私が彼を利用していただけなんです! だから、そのような真似はどうか……!」
「マリエル様、貴女は黙っていてください。私は陛下の名代として、殿下にどちらを選択するか尋ねているのです」
「……っ、うぅ」
金髪赤眼の彼にばっさりと切り捨てられて引き下がるマリエル嬢だったが、これにはまた驚いた。彼女は殿下を利用しているだけで、愛情は一方的なものかと思っていたが愛は本物だったらしい。
彼女の思わぬ発言に腕組みをして事の成り行きを見守っていたクリスティーナ様までもが、驚きからか毒気を抜かれたような表情になっている。
私の隣ではクラウスも「ほぉ〜」などと間抜けな声を上げたものだから、思わず肘で彼の脇腹を小突いてしまった。
「マリエル……?」
「オニール殿下、もう終わりにしましょう。私は大丈夫ですから。ひと時でも幸せな夢を見られただけで私は満足です」
「どうします殿下? 素直に別れて元の生活に戻ると言うならば、それでも構わないと陛下は仰られていましたが」
追い打ちのようにかけられる彼の言葉が殿下を追い詰める。
殿下と別れるにせよ、殿下が全てを捨ててマリエル嬢を選ぶにせよ、どちらにしてもマリエル嬢の利用価値が失われ身の安全も同時に無くなるのは決まっている。
ハートルード領に彼女が連れ去られた場合、死ぬことになるのか死ぬよりも酷いことになるのか。彼女の中でそうなる覚悟が整ったのかわからないが、しかし土壇場で貴族としての責任に目覚めたのか、マリエル嬢は己の運命を受け入れているようだった。
「……クリスティーナ」
「勝手にしなさいな。とっくに私たちの関係など終わったようなものでしょう。残りの人生、どちらを選ぶかなんて貴方の自由ですわ」
「すまない……ありがとう」
「オニール様!?」
クリスティーナ様に深々と頭を下げるオニール殿下を見て、彼がどちらを選ぶと決めたのか皆が察した。
マリエル嬢も驚きに声を上げるが、困惑の表情の中でも目には涙が滲んでいるのが見えた。
「なるほど、それで宜しいですね殿下」
「構わない、私が守る。私はマリエルと生きていく。ただのマリエルと」
それは彼女をハートルード男爵家からも攫っていくという宣言に他ならなかった。
実際、殿下がどこまでやれるかなんてわからない。王子でなくなった殿下なぞ、多少周りより良い教育を受けてきただけの若者だ。
本気で賊の追っ手に狙われると考えたら、放逐されてから数日そこらで死体となって見つかるのが関の山だろうという感想が私の頭の中にはある。
しかし、本人にその覚悟があるのなら背中を押してやるのも臣民の役目というものなのだろう。
「(ま、為政者向きの男では無かったな、オニール殿下は)」
オニール殿下の胸に顔を埋めて抱かれるマリエル嬢が今、何を思っているのか私にはほとほと見当もつかない。
でも、全てを捨ててでも自分を選んでくれるというのは、きっと嬉しいことなのだろう。
ふとクリスティーナ様と視線があった。
今回の件で彼女は全面的な被害者だ。何も知らない内に婚約者が陰謀に巻き込まれて、その上勝手に突っ走って、それで迷惑を被った。
だと言うのに彼女はどこか清々しげな表情で、少し呆れたような笑いも滲ませつつ首をかしげて見せる。
「(本当、お疲れ様です。クリスティーナ様)」
まあオニール殿下が居なくなったとて、他にも王太子候補は居る。
オニール殿下への厳しい処分はグランナート公爵家に恥をかかせてしまった事に対する誠意の見せ方でもあるのだろう。ボーデン王家もグランナート公爵家との縁は大切にしていきたいと考えているはず。
いずれまた王太子の婚約者となるだろうクリスティーナ様に良縁が訪れるよう、私には祈ることしか出来なかった。
それから、暫くの時が経ち――
「お手柄だったわよアナタ〜〜♡ やっぱり私が見込んだ通り! 優秀だったじゃなぁい!」
「何処がですか、ほとんど陛下のおかげみたいなものでしょう。協力者を得られたのも、危険な調査を乗り越えられたのも」
「それを理解してるだけで充分。全部自分の手柄だと思ってたら必ずどこかで足元をすくわれるわ、常に人間関係は大切になさい」
オニール殿下とマリエル嬢の件をひとまず解決という形に導く事が出来た上、その原因となっていた諸々の問題も遂に解決して自称ガイウス王は非常にご機嫌だった。
やかましくてかなわない、いつも通りの日常がまた戻ってきたわけだ。
「(でも、確かにこの人のおかげで随分と私の周りも変わった)」
いつも通り、と言うには少し賑やかになったかもしれない。
まず友人が増えた。クリスティーナ様だ。
例の件で何故だか私のことを気に入ってくれたらしく、クリスティーナ様のお茶会にたびたび呼ばれるようになった。
貴族同士の交流の場に自分のような平民の小娘が入り込んでよいものかと気後れする部分はあったが、しかし自分を招待してくれたクリスティーナ様に恥をかかせるわけにもいかないと飛び込んでみれば、存外に居心地が良い。
「(結構フレンドリーなんだよな、貴族のお嬢様達って)」
腹の中を探り合うようなことも無い。
流行りの小説やら、舶来ものの菓子類やら、話題になるものを持ち寄っては中々楽しくやっている。
それに、私はガイウスの友という事になったので王家との繋がりも出来た。
自称ガイウス王は「外交官になる為の裏道よぉ、ふか〜く感謝しなさい」なんて言っていた。本当にこれが外交官への道に繋がっているものか、あの金髪赤眼の男を見ていると怪しいものだが、自分一人では絶対に手に入らなかった関係であると考えるとやはり有り難いものだ。
「(クラウスの奴も無事に戻ってきたし、私もひとまず安心かな)」
ハートルード男爵領で発生した例の事件についても、予想よりだいぶ早い解決となった。
ハートルード男爵家を乗っ取った賊の正体を早々に突き止められた事で、なんとバラム帝国からの協力を取り付けられたらしい。
相手が相手なだけに当然、武力による制圧作戦となったわけだが、クラウスは「ノブレスオブリージュを遂行してくる」と宣言して学生の身でありながら騎士の一人として従軍していった。
頼もしいと言うべきか命知らずと言うべきか、待たされる身としては気が気でならなかったのだが、結局作戦は当初予想されていたよりも遥かに早く完了してつい先日クラウスも学園に戻ってきたわけだ。
一応友人の1人として心配していた私の気も知らず、やけに興奮した様子で再び学園に姿を現したアイツの姿が今でも鮮明に瞳に浮かぶ。
『いやはや凄かったぞヘレナ女史! 本物の英雄ベリルをこの目で見られるとは! アレはどう見ても人間の戦い方ではなかった!』
『あのうベリルって誰です? 私あんまり軍人とか詳しくないって言うか』
『なに!? 不勉強だなキミは! いや先の大戦の知識が少しでもあれば名前くらいは聞いたことがあると思うのだが。外交官志望ならバラム帝国を代表する騎士の名前くらいは覚えておき給え!』
『声デッカ……』
クラウスが喧しくそんな事を言うものだから調べてみれば、ハイドーラの八将軍と呼ばれた大英雄の内6人をたった1人で討ち取ったとかいうバケモノだった。
そんな人外に襲われては、いくら貴族の権力を乗っ取った賊とはいえひとたまりもあるまい。ガイウス王がバラム帝国との繋がりを何より重視した理由の一端を垣間見たような気分になった。
「あの2人、どうしてますかね」
「ンー? オニールちゃんとマリエルちゃんの事かしら。ま、案外上手くやってるんじゃない? マリエルちゃん世渡り上手そうな性格だしぃ、オニールちゃんも何だかんだしぶとそうじゃない?」
「それ元王太子で実の孫に向ける感想です?」
「いくら可愛い孫とはいえ王族としての使命を放り出して愛を選んじゃうようなおバカさんよぉ。アタシからすればペンペン草ほどの価値も無いわネ。ま、そんな子だから今の生活の方が案外あってるかもしれないけど」
王族としての生き方が彼に合っていなかったというのには、少なからず同意する。
ただ、彼についてはクリスティーナ様も少し反省しているようでもあった。王太子とその婚約者という立場ばかりに固執して、思えばオニールという個人を見てあげようとした事が無かったと。
彼がマリエル嬢と出会わなければ、形だけの夫婦として案外上手く行っていたかもしれないが、それはオニールとクリスティーナ様にとって幸せと言える事だったのだろうか。
「(何もなくたって、いずれは仕事としての関係すら冷え切っていたかもね)」
貴族の使命に囚われすぎるのも、それはそれで良くないことなのだろうと私は思う。
部屋の時計に目を向ける。
そろそろ1限が始まる時間だ。まだ寮でゆっくりしていたいところだけど、教室に向かわなければ。
女子寮を飛び出して校舎へ向かい、階段を駆け上がる。
賑やかな朝の廊下を駆けていると、ふと足元に白く小さな何かが飛び込んできて足を止めた。
「わわっ、と」
「あらぁ〜〜、可愛いワンちゃんじゃなあい♡」
いったいどこからやってきたのか、綿毛のように白くてふかふかの小さな犬が、フリフリと短い尻尾をせわしなく左右に振りながら嬉しそうにこちらを見上げてきている。
「危ないよ、どこから入ってきたのあなた」
綺麗な犬だ。
この学園の生徒は貴族の子女ばかりだから、どこぞの生徒がこっそりと連れてきたのか。
人懐っこそうな顔はたいへん可愛らしいが、しかし学び舎に犬を連れてくるのは褒められたものじゃないだろう。
困ったが、放っておくわけにもいかない。とりあえず学園の事務に連れて行こうと手を伸ばして――手がすり抜けた。
「……は?」
「ヘッヘッヘッヘッ」
「あらヤダ。幽霊じゃないのこのコ」
新しい事件が迫って来ている、そんな予感がしていた。




