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有魂機人ツクモス The Comrades  作者: 霜月立冬


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最終話 我愛你

 灰褐色の痩せた肢体に、ポッコリ突き出たお腹。奇異な体形をした中華戦士、NTMNX01乾坤圏(ケンコンケン)

 乾坤圏の腹の内側には、白いパイロットスーツの小柄な女子がくっ付いている。

 胎児ではない。中学三年生の女子だ。

 その少女、劉雨淋(リュウ・ユーリン)が張り付く壁面には、外の光景が映し出されている。そこには白と緑の輪が有った。

 

 シロツメクサを編み込んだ花冠(はなかんむり)


 雨淋は右手を伸ばして、画面に映る花冠に触れている。まるで、愛しい我が子を撫でる親のような手付きで。


 雨淋にとって、シロツメクサの花冠は特別な意味が有った。大切な思い出を象徴するアイテムである。命の次の次、そのまた次くらいに大事なものだ。

 しかし、今の雨淋の意識は、そこには無い。より以上に気になることが、雨淋の脳内に響き渡っていた。


((ドウシヨウ? アレ、ドウシヨウ?))


 中世的な女性の声。雨淋にとって、全く聞いたことがない声だ。それなのに、奇妙な既視感を覚えている。


 誰の声なんだろう?


 雨淋は辺りに視線を巡らせた。

 しかし、声の発信源と思しきものは見当たらない。その事実は、雨淋も先刻承知のこと。

 そもそも、謎の声は耳で聞いていない。雨淋の脳内に直接響き渡っている。


 幻聴――なのかな?


 雨淋は「声」を無視しようとした。自分とはかかわりがないものと思っていた。思い込もうとした。

 ところが、「声」の方は雨淋をバッチリ認識していた。


((ユーリン))

「えっ!?」


 中世的な女性の声が、雨淋の名前を呼んだ。それに驚いて、雨淋は声を上げた。思わず辺りをキョロキョロ見回した。

 その最中、再び脳内に「声」が響き渡った。


((ドウシタライイ?))

「どうしたらって――」


 姿が見えない相手からの質問。相手の正体も分からなければ、質問の内容も分からない。むしろ、雨淋の方が聞きたいことだらけである。


「うう~っ」


 雨淋は唸り声を上げて、頭を抱え掛けた。その瞬間、乾坤圏の聴覚センサーが外部の音声を拾った。


「ユーリンっ!」


 雨淋の耳に、中学生男子の声が飛び込んだ。その声は、雨淋にとっては余りに聞き慣れたものだ。

 それを直感した瞬間、雨淋の視線は正面モニターに吸い寄せられた。

 そこには、声の主と思しき黒衣の少年が映っていた。


 その少年、名取耀平(ナトリ・ヨウヘイ)は右手に花冠を握っていた。それを掲げながら声を上げた。


「これっ、あげるっ!」


 耀平は、乾坤圏の目(視覚センサー)に向かってシロツメクサの花冠を突き出した。その瞬間、雨淋の視線は花冠に釘付けになった。


 凄く綺麗に編んである。きっと、よ~へくんが編んだんだ。


 花冠を見詰めるほどに、雨淋の胸が熱くなってくる。その熱をもたらした主因が、雨淋の口から零れ出た。


「よ~へくん」


 雨淋は耀平の名前を呼んだ。しかし、耀平はコックピットの外にいる。雨淋の声は届かない。誰の耳にも届かない。雨淋の声に応える者はいない。そのはずなのだ。

 ところが、雨淋の声に反応する者がいた。


((ヨ~ヘ、『アゲル』ッテ、イッテルヨ))


 あげる。その言葉は、耀平が言ったものだ。例の「声」は。耀平の言葉を聞いている。その事実を直感した瞬間、雨淋の脳内に声の正体が閃いた。


「もしかして――乾坤圏なの?」

((ウン))


 雨淋の言葉に、謎の声――乾坤圏は肯定した。その瞬間、雨淋の目が大きく開いた。


 これが――乾坤圏の声なんだ。


 雨淋にとって、初めて聞く「ツクモスの声」。その事実は、雨淋にとって衝撃だった。信じ難くもあった。その正体を知って尚、雨淋しいの心中には疑念が募っている。

 ツクモスの声を信じる為には、それなりの考える時間が必要だ。事実を受け止める時間も必要だ。

 しかし、そんなものは与えて貰えなかった。


((ユーリン、ホシイ? アレ、ホシイ?))


 乾坤圏は、矢継ぎ早に質問する。雨淋としては「こっちの方が聞きたいことだらけなんだけど」と言いたい。乾坤圏の言葉を聞くほどに、文句の一つも言いたくなる。

 しかし、今は後回し。質問よりも、文句よりも、もっと優先すべき言葉が有った。それが、雨淋の口から飛び出した。


「欲しいっ!」


 雨淋は即答した。その直後、雨淋の脳内に乾坤圏の声が響き渡った。


((ワカッタ。デモ――))


 乾坤圏も即答した。しかし、その言葉には続きが有った。


((タタカワナイト。カタナイト))


 乾坤圏は戦闘続行を望んだ。その想いは、一字一句違わず雨淋に伝わった。

 その瞬間、雨淋の目が吊り上がった。口は「へ」の字に曲がった。その曲がった口から、怒声が飛び出した。


「それは、もう良いからっ!」


 乾坤圏のコックピットブロックに、雨淋の大声が響き渡った。その勢いに気圧されたか、乾坤圏は直ぐに返事をしなかった。

 十数秒経ったところで、雨淋の脳内に乾坤圏の声が響き渡った。


((モウイイノ?))

「良いのっ!」


 乾坤圏の声は、どこか遠慮がち。その口調には懐疑的な響きが籠っている。それを察知して、雨淋はキツイ口調で答えた。ところが、


((ホントウニ?))


 乾坤圏はしつこかった。その言葉を聞く雨淋の眉間に深い皺が刻まれていく。


「本当にっ!」


 雨淋は、表情通りのキツイ口調で、より大きな声で答え続けた。


((ホントウノホントウ?))

「本当の本当っ」

((デモ――))

「何っ?」


 暫く不毛な問答が続いた。その最中、乾坤圏が「しつこく尋ねる理由」を告げた。


((モクテキタッセイデキナイ。トッテモ、イヤ))


 乾坤圏は、自身に与えられた役目に拘っていた。その想いは、実は雨淋の中にも有った。それこそ、自分の存在意義と言えるほど大事なものである。

 しかし、それにこだわる理由は、既に無い。


 試合は終わった。


 今の雨淋には戦う理由は無い。戦闘を続行しても結果は覆らない。無意味である。それが分かっているからこそ、乾坤圏の想いは受け入れ難い。


「んんんんんっ」


 雨淋は歯噛みしながら唸り声を上げた。

 暫く唸った後、雨淋は唐突に右手を掲げた。その人差し指を「ビシッ」という擬音が見えるほど真っ直ぐ伸ばす。その行為の後、火星にまで届きそうな大きな怒声を上げた。


「私にとっては『あっち』の方が大事なのっ!」


 雨淋の人差し指の先にはシロツメクサの花冠が有った。その映像は、当然乾坤圏にも見えている。


((アレカ――……))


 乾坤圏は考えた。時間にしてコンマ数秒。しかし、乾坤圏にとっては熟考だ。その果てに、結論が出た。


((ウン。タシカニ))


 乾坤圏は肯定した。その言葉は、直ぐ様本体に反映された。

 巨大なクロアゲハ(乾坤圏)がユックリ降下し始めた。

 乾坤圏の進路を阻むものは何も無い。程無くして、乾坤圏はムラマサを担いだまま地上に舞い降りた。


 着地と同時に、乾坤圏の黒翼は空気に溶けるように消えた。その為、乾坤圏の体は重力の影響を存分に受ける羽目になった。それに抗う普遍的な方法は、脚で立つことだろう。

 しかし、今の乾坤圏には脚が無い。途中から斬り飛ばされている。その為、膝や太腿で着地する羽目になった。実に不安定。支えが必要だ。

 そんな都合の良い支えが、乾坤圏の背後にいた。


 乾坤圏が着地した際、ムラマサも着地している。

 ムラマサの両足は健在だ。二つの足でシッカリ地面を踏みしめている。実に安定している。支えになりうる。

 乾坤圏は、ムラマサの両脚にもたれ掛かった。その行為は、当然ムラマサも感知している。


((おい、こら))


 ムラマサは不満の意を表した。すると、乾坤圏から声が上がった。


((シカタナイダロ))


 遠目に見ると、仲睦まじい光景。しかしながら、互いに対する印象は、正直宜しくない。


((アトデ、セナカ、アラワナイト))

((こいつ、蹴り飛ばしてやりたい))


 乾坤圏とムラマサの罵り合い。その口喧嘩は、実は雨淋と耀平にも伝わっている。しかし、二人は全力で無視していた。


 乾坤圏が着地した直後、耀平は乾坤圏から飛び降りていた。着地するや否や、振り返って乾坤圏の腹に接近。そこで大声を張り上げた。


「ユーリン、開けてっ!」


 耀平と同時に、雨淋も叫んだ。


「乾坤圏、よ~へくんを中に入れてっ!」


 耀平達の要求に、乾坤圏は即応した。


 乾坤圏の腹に、直径一メートルの穴が開いた。それを直感するや否や、耀平は中に向かって飛び込んだ。

 すると、中で白いパイロトスーツの女子が待ち構えていた。


「よ~へくんっ!」

「!?」


 雨淋は耀平の名前を呼びながら抱き付いた。その瞬間、耀平の心臓が激しく跳ねた。その振動に衝き動かされるように、耀平の両手が伸びていく。そのまま雨淋の小さな体を抱き締めようとした。しかし、できなかった。

 耀平が雨淋を抱き締める直前、雨淋は弾けるように体を離していた。


「!?」


 耀平は、直ぐ様両腕を引っ込めた。


 このとき、耀平は「抱き締めようとしたことを咎められる」と直感した。「ごめん」という言葉が喉下まで込み上げている。

 しかし、実際に謝ったのは雨淋の方だった。


對不起(ドゥイブーチー)(ごめんなさい)」


 雨淋は、耀平に向かって深々と頭を下げた。その行為は、耀平の視界にバッチリ映っている。

 耀平は、左手で頭を掻きながら苦笑した。


 う~ん、こんなとき何て言えば良いのかな?


 耀平は、考えながら視線を泳がせた。すると、耀平の視界に白いマッサージチェア(乾坤圏の操縦席)が飛び込んだ。

 それを目にした瞬間、耀平に天啓が下りた。


「ユーリン、座っても良い?」

「え?」


 耀平の言葉を聞いて、雨淋が頭を上げた。その直後、雨淋の視界に耀平の姿が映った。

 耀平は、左手を掲げて操縦席を指差している。その様子を見て、雨淋は耀平の意図を直感した。


「良いよ」


 雨淋は、アッサリ許可した。すると、耀平は躊躇い無く乾坤圏の席に腰を下ろした。

 耀平の尻が、操縦席に嵌まった。


 耀平は瘦身だ。それでも、乾坤圏の操縦席は小さ過ぎる。耀平の尻が締め付けられている。その為、耀平の太腿まで隙間無く閉じられてしまった。


 耀平の固い太腿が、一層硬度を増した。

 耀平は左手を掲げて、カチカチ太腿をペチペチ叩いた。その奇行を維持しながら、雨淋に向かって声を上げた。


「どうぞ」


 耀平は、雨淋に「太腿に座れ」と要求した。それに対して、雨淋はというと、


「うん」


 素直に応じた。

 雨淋は、ハニカミの笑みを浮かべながら、耀平の太腿に腰を下ろした。耀平の硬い太腿の上に、雨淋の柔らかな臀部が乗る。


 二人の身長、及び座高には、それなりに差が有った。今の二人は、宛ら父と娘である。しかしながら、当人達の心情は絶対に親子ではない。


「よ~へくんっ」


 雨淋は、嬉しそうな笑みを浮かべながら、耀平の名前を呼んだ。

 耀平に用事が有る訳ではなかった。ただ、呼びたかっただけ。殆ど独り言である。

 しかし、耀平は即応した。


「これ――」


 耀平は右手を掲げた。そこにはシロツメクサの花冠が握られている。そのまま雨淋の頭上に持ってきて、


「あげる」


 雨淋の頭に掛けた。


 白いパイロットスーツの少女の頭に、白いティアラが乗った。その柔らかな感触は、雨淋の胸を熱くした。


謝々(シェイシェイ)(ありがとう)」


 雨淋の声は震えていた。それを聞く耀平の胸も熱い。顔も火照っている。その変調は、耀平には少し恥ずかしい。


「一寸、形が崩れちゃったけど」

「ううん、很好(ヘンハオ)。とっても素敵」


 耀平は、照れ隠しで言い訳を口にした。それに対して、雨淋はフルフル首を振る。 

 その瞬間、二人の顔にハニカミの笑みが浮かだ。


「「えへへ」」


 耀平と雨淋は、暫く笑い合っていた。

 その最中、唐突に雨淋が口を噤んだ。耀平は、暫く一人で笑った後、雨淋に続いて口を噤んだ。


「「…………」」


 静寂が二人を包む。それを破ったのは雨淋だった。


「よ~へくん」

「お、おす」

我愛你(ウォーアイニー)(愛してる)」

「!」


 唐突な愛の告白。耀平にとっては全くの予想外。困惑したし、反応にも困った。

 しかし、今の雨淋に「容赦」の二文字は無い。


「よ~へくんは?」


 雨淋は、耀平の気持ちを確認した。この質問に対する回答は、ずっと前から輝平の心中に有った。


「俺は――」


 耀平は、脳内で様々な愛の言葉を想起した。耀平の心中には、ハッキリ伝えたい思いも有る。

 しかし、恋愛に関しては、耀平に雨淋ほどの勇気は無かった。その為、最も婉曲的と思うものを選択した。


「月が綺麗ですね」

「昼間だよ?」


 耀平の回答に、雨淋は即応で容赦無く突っ込んだ。それを受けて、耀平は黙った。その直後、耀平の脳内に中世的な男性の声が響き渡った。


((耀平))

「ん?」

((俺が代わりに言ってやろうか?))


 ムラマサがお節介を焼く。しかし、その行為に意味は無く、(いたずら)に耀平のプライドを傷付けるだけ。


「いや、俺が言う」


 耀平はムラマサのお節介を遠慮した。その際告げた言葉は、雨淋の耳にも入っている。


「よ~へくん?」


 雨淋の首が傾いだ。その反応は、耀平の視界にバッチリ映っている。


「あ――こほん」


 耀平は態とらしい咳払いをした。しかしながら、ムラマサとの会話に対する疑念を誤魔化せたとは思っていない。

 耀平は続け様に声を上げた。


「ユーリン」

「うん」

「俺も、ウォーアイニー」


 耀平は、雨淋と同じ言葉を告げた。その意味は、当然雨淋に完璧に理解されている。

 とっても恥ずかしい。耀平の顔が火照った。しかし、恥ずかしいのは耀平だけではない。雨淋の顔も真っ赤になっている。


「「えへへ」」


 耀平と雨淋は、ハニカミの笑みを浮かべながら笑い合った。その最中、今度は耀平が口を噤んだ。それを直感して、雨淋も黙った。

 今回の沈黙の時間は短い。コンマ数秒。耀平は直ぐ様声を上げた。


「ムラマサ」

((ん?))

「やってみれば、意外にできるもんだな」


 耀平の脳内に、乾坤圏との死闘が閃いていた。それを征したり、治めたりできたのは、二人のコンビネーションが有ったればこそ。その想いはムラマサも同じ。


((そうだな))


 ムラマサの返答を聞いて、耀平の口許にシニカルな笑みが浮かんだ。その吊り上がった口が僅かに開いて、自信に満ちた言葉が飛び出した。


「余裕だったな」

((だろ))


 ムラマサは力強く同意した。その一連の会話は、雨淋には聞こえていない。


「よ~へくん?」


 雨淋は、耀平の顔を不思議そうに見詰めた。その視線を浴びながら、耀平は声を上げた。


「俺達、良いコンビだよな?」


 耀平の質問に対して、雨淋とムラマサが同時に声を上げた。


「そうだね」

((そうだな))


 二人の返事が、耀平の耳と脳内に響き渡る。その瞬間、耀平の顔に微妙な苦笑が浮かんだ。 


 有魂機人ツクモス The Comrades 了。

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