第六十五話 黒翼
灰褐色の中華戦士、乾坤圏は、その悪い足癖を最大限活用して執拗に攻撃し続けていた。
キャベツを超高速で千切りするような苛烈な足捌き。そを受け続ける漆黒の鎧武者――ムラマサの体から、ギシギシと破滅の音が漏れ出している。
所謂、窮地である。その事実は、耀平の肩に座った小妖精が把握していた。
「耀平、そろそろ――ヤバいぞ?」
耀蔵(AI)は正面にサブモニターを展開した。
画面にはムラマサの全体像が表示されている。その各部位は、一目でヤバいと分かるほど真っ赤に染まっている。
真っ赤に染まったムラマサ(図面)を目の当たりにして、耀平が声を上げた。
「躱し続けていると――」
「壊れるぞ?」
耀平の言葉を遮って、耀蔵(AI)は現実を突き付ける。
耀平にとって、ムラマサは大事な相棒である。耀蔵(AI)の忠告を無視することは、耀平にはできない。
「分かった」
耀平は決断した。正面に乾坤圏を捉えながら、虚空に向かって独り言を呟いた。
「ムラマサ――」
((応っ))
耀平の声に、ムラマサが即応する。
ムラマサの中世的な男性の声が耀平の脳内に響いた。その直後、耀平の両手両足が奔った。
耀平の操作に従って、傷付いた漆黒の右手が高速で動く。そこから伸びる白刃が、空中を斜めに奔った。
その直後、灰褐色の右脚が宙を舞った。
「これで――」
((どうだっ))
乾坤圏は左脚一本となった。立つこともままならない状況だ。当然、移動は不可能。少なくとも、耀平とムラマサは直感した。
ところが、乾坤圏には切り札が有った。
耀平の視界に映った灰褐色の中華戦士は、左足一本で直立していた。しかし、唯立っているだけではなかった。
乾坤圏の背中から六枚の光の帯が飛び出していた。
IN羽衣。その輝きが、耀平の視界に入った。その瞬間、耀平の額に汗が滲んだ。
ああっ、それが有ったっ!
IN羽衣は、乾坤圏の後背部に展開した。吹き流しのように後ろに伸び切ったところで、灰色の巨躯が弾き跳んだ。
乾坤圏は灰色の弾丸と化した。その刹那、乾坤圏は左脚を突き出している。その鋭い爪先が、ムラマサの顔面目掛けて伸びる。
乾坤圏の行為も、乾坤圏の姿も、人間に知覚できない。コンピューターの演算も追い付かない。
しかしながら、ムラマサには見えていた。
((斬り上げろっ))
ムラマサの思念が耀平の脳内に響き渡った。それに耀平が即応する。
ツクモスの声に人間が応える。この現象は、後に「逆脳波操縦」と呼称された。
逆脳波操縦が発動。ムラマサは乾坤圏の左脚に向かって打刀を逆袈裟掛けに振り上げた。
このとき、乾坤圏の視覚センサーはムラマサの打刀を捉えていた。
しかし、乾坤圏は神速行動中。臨機応変な対応はできず、そのまま突っ込んだ。
二つの巨影が重なった。その直後、灰褐色の左脚が宙を舞った。
乾坤圏は、両腕に続いて両脚を失った。現況では地面に立つことすらままならない。しかしながら、乾坤圏にはIN羽衣が有る。その事実は、耀平も直感していた。
あれを破壊しないと――なのか?
耀平は、乾坤圏の背中への攻撃を考えた。その際、耀平の視界には攻撃対象(光の帯)がバッチリ収まっている。
IN羽衣を見詰める耀平の目付きは、宛ら獲物を狙う鷹である。その鋭利な視線が、光の帯の息の根を止める機会を窺っていた。その機会が来れば、即応するつもりだった。ところが、
「あれ?」
耀平は間抜けな声を上げながら、首を斜めに傾けた。その反応の意味が、耀平の口から飛び出した。
「羽衣に色が――」
光の帯の根元から、墨のような黒が染み出していた。それが耀平の視界に映った頃には、帯の殆どが真っ黒に染まっていた。
IN羽衣の光の帯は、完全に真っ黒になった。その直後、帯の幅が増した。
帯びの先端部分が大きく広がった。それに合わせて全体がの幅も増した。それらが完全に広がり切った瞬間、耀平の脳内に、とある昆虫の姿が閃いた。
まるで――アゲハチョウだ。
IN羽衣は羽と化していた。それぞれの羽の大きさは、本体の十倍以上は有るだろう。その大きさを目の当たりにして、耀平は永続的な飛行の可能性を想像した。
その直後、耀平の想像は具現化した。




