第六十二話 虎穴
「じゃ、そういうことで」
ムラマサ内で行われた緊急作戦会議。その結果、耀平の策が採用された。
戦闘中の作戦会議。他人が聞けば呑気と呆れるだろうか。
実際、ムラマサは現在進行形で乾坤圏の神速の攻撃に晒され続けている。それを必死で躱し続けている最中、耀平の左肩に乗った小妖精が声を上げた。
「儂は反対なんじゃが」
耀蔵(AI)は愚痴を零した。
そもそも、耀蔵(AI)は耀平の策に否定的なのだ。そう言いたくなる理由が、耀蔵(AI)の口から零れ出た。
「分かっておるのか? 右腕を落とされたら、そこで試合終了なんじゃぞ」
耀平の策。それは「右腕を囮にして敵の動きを制御する」と言うもの。右腕を敵前に晒す以上、それを失う可能性は高い。しかも、ムラマサは既に左腕を失っている。失敗すれば、耀蔵の言った通りの結果になる。
その可能性は、当然ながら耀平も想像している。それでも、やらねばならぬ理由が、耀平には有った。そもそも――
「これ以外、何か有る?」
「…………」
代案は無い。耀平の質問に、耀蔵(AI)は押し黙る他無い。そもそも、現況の打開策を考えたこと自体が奇跡。
乾坤圏の神速は人間でも機械でも対応できない。それを制御するなど、人間と機械には不可能。
唯一の希望は、宇宙から来た謎の金属生命体。その名前が、耀平の口から飛び出した。
「ムラマサ」
耀平は虚空に向かって声を上げた。その言動は、耀蔵(AI)にとっては意味不明だ。反応しようも無い。しかし、反応する者が、ここに一人いた。
((応っ))
耀平の脳内に中世的な男性の声が響き渡った。それを直感した瞬間、耀平の口が開いた。
「いける?」
((余裕だ))
ムラマサは自信満々に答えた。その返事を聞いて、耀平の口許にシニカルな笑みが浮かんだ。その吊り上がった口が僅かに開いて、
「じゃ――作戦開始」
耀平とムラマサは一か八かの賭けに出た。
乾坤圏の神速攻撃の最中、ムラマサ(耀平)はアサルトライフルを投棄した。その上で、空いた右手を腰部背面に伸ばす。
その際、ムラマサを操る耀平の右手が、ほんの少し震えていた。
落ち着け。落ち着いて、慎重に。
耀平の念を受けて、ムラマサの右手が打刀の柄を掴んだ。そこまでの行動は、何とか上手くいっている。しかしながら、現況は未だ窮地のど真ん中だ。
耀平達が策を実行している最中、乾坤圏は飛んだり跳ねたりしながら「兎に角、右腕を刈らせろ」と、ムラマサを激しく攻め立てていた。
よ~へくん、往生際が悪いよ?
乾坤圏の中で、雨淋は両手に拳を握り込んでいた。
乾坤圏は完全脳波操縦であるが故に、手足で操縦する必要はない。その為、雨淋は全神経をムラマサの右腕に集中している。
雨淋の強い念に対して、乾坤圏も全力で応えていた。IN羽衣の能力を全開にして、目にも止まらぬ神速攻撃を繰り出し続けている。
ムラマサは、何とか躱し続けているものの、その全身は深い切り傷に塗れていた。
((俺の体がっ! くそっ、くそっ))
ムラマサの愚痴が耀平の脳内に次々伝わってくる。耀平も同じ想いだ。
しかし、今の耀平には声を上げる余裕などない。
めっちゃ手と足が痛い。
ムラマサを操る耀平の両手、両足の皮が剥けていた。そこから血が吹き出している。耀平だけでなく、耀蔵(AI)の小さな頭からも煙が吹き上がっていた。
「速過ぎるっ。処理が追い付かんっ!!」
耀平にしろ、耀蔵(AI)にしろ、二人にとっては地獄のような状況だ。しかしながら、乾坤圏の攻撃には、ほんの少しだけ救いも有った。
乾坤圏は確かに速い。しかしながら、速いが故に小回りが利かない。攻撃を躱される度、ムラマサから数百メートルほど離れてしまう。
物理法則が与えた僅かな隙。それに、耀平達は全力で甘えた。
乾坤圏の攻撃を躱した後、ムラマサは素早く打刀を引き抜いた。その際、右腕で打刀の刀身を隠した。
その行為の意味が、耀平の脳内に閃いていた。
右腕は囮にして反撃。
本来であれば、左右の両腕で役割分担をするところ。しかしながら。ムラマサは既に左腕を失っている。その為、右腕は一本で二役担う羽目になった。
ムラマサの右腕は期待される役目を果たせるか否か? その機会は、乾坤圏が再攻撃した直後に訪れた。
乾坤圏は、ムラマサの真正面から突進。ムラマサに最接近した刹那、ムラマサの右肩目掛けて圏を振るった。その攻撃は、ムラマサには見えている。
((左に避けろ))
ムラマサの指示を受けて、耀平はムラマサを左にステップさせた。その刹那、乾坤圏の得物、圏の刃がムラマサの右肩を掠めた。
ムラマサの右肩を守る大袖が千切れ飛ぶ。右肩を守るものは、もう無い。その事実を直感して、耀平の額と背中に冷や汗が噴出した。
しかし、耀平の心は折れていない。その手足は引き続き作戦続行中だ。
耀平は、直ぐ様ムラマサは急旋回した。その直後、正面モニターに灰褐色の中華戦史の姿が写り込んだ。
乾坤圏との距離は凡そ三百メートルほど。
このとき、乾坤圏は背中を向けていた。そこから伸びる六枚の光の帯を、耀平の視界がバッチリとらえている。その瞬間、耀平の心底に余計な欲が沸々と湧いた。
ああ、ライフルで撃ち抜きたい。
IN羽衣を封じれば、自ずと神速も使えなくなる。
尤も、例えライフルを持っていたとしても、相手には当たらない。その事実は先刻承知であった。
集中っ、集中っ!!
耀平は頭を激しく振って雑念を払った。続け様に、ムラマサの右腕を操作した。
ムラマサの右腕が、真っ直ぐ真横に突き出された。その腕の裏には、逆手に握られた打刀が隠されている。
さあっ、いつでも来いっ!!
乾坤圏は超速で振り返った。その頭部に嵌め込まれた視覚センサーが、漆黒の鎧武者の姿を捉えた。その事実は、耀平の方でも直感している。
「すぅ――……ふぅ――……っ」
耀平は静かに息を整えていた。その行為の最中、耀平の脳内にムラマサの声が響き渡った。
((タイミングを知らせる。微調整もこっちでする。耀平は――))
耀平は、ムラマサの指示にコクリと頷いた。
このとき、耀平の心底には「全部ムラマサがやってくれたら有り難い」と、甘えた考えも沸いていた。
しかし、それでは負ける。ムラマサには集中してやるべきことが有る。耀平にもやるべきことが有った。
((思い切り振り抜け))
ムラマサは耀平に大役を与えた。その瞬間、耀平の体が大きく震えた。その直後、耀平の口が開いて、そこから震える声が漏れた。
「分かった」
耀平は返事をした後、ユックリ目を閉じた。そうすることで、外部からの余計な情報を遮断した。果たして、その判断が正しいのか否か。それを確かめる機会は、直後に訪れた。
耀平の瞼が塞がった瞬間、乾坤圏と言う名の灰褐色の弾丸が飛来した。
弾丸を目で追える人間は、殆どいないだろう。尤も、耀平は既に目を閉じている。見えるはずもなければ、意識を向けることも無い。
ムラマサの声が聞こえたら――打刀を振る。
耀平は全神経をムラマサの合図に集中させている。そこに、ムラマサの声が響き渡った。
((今っ!))
耀平は即応、神速でムラマサの右腕を操作した。それに併せて、真横に突き出された漆黒の右腕がカタログスペック通りの速度で動き出す。
右肘を前に突き出しながら、右拳を左脇腹へと引き寄せていく。その際、逆手に握った打刀がムラマサ正面、右斜め空間を裂いていた。
刹那、打刀に何かが当たった衝撃が奔った。
一体、何が起こったのか? 耀平の心中に「確認したい」という衝動が沸いた。思わず、閉じていた目を開こうとした。
その刹那、耀平の脳内に切羽詰まったムラマサの声が響き渡った。
((反転しろっ!!))
「!」
耀平は息を飲んだ。耀平は訳が分からず混乱した。
しかし、耀平とて決勝まで勝ち上がった歴戦の戦士。訳が分からずとも、体は反射的に動いている。
耀平の両手と両足は、その骨身に染み付いた操縦技術を神速で披露した。
耀平の操作に合わせて、ムラマサは右足を軸に急旋回。その際、右手の打刀を逆手から順手に持ち替えている。
そこまで操作したところで、耀平の脳内にムラマサの声が響き渡った。
((斬れっ!))
耀平は即応、ムラマサの指示通りに操作した。
ムラマサの右手に握られた打刀が、正面の空間を袈裟懸けに振り抜かれた。
一体、何が起こったのか? 耀平は目を閉じていたので分からない。だからこそ、確認したい衝動に駆られた。思わず閉じていた眼を開いた。
耀平の視界に、黄土色の荒地が映った。そこには何も無い。その事実を直感した瞬間、耀平は声を上げた。
「乾坤圏は――」
耀平は乾坤圏の姿を探そうとした。ところが、耀平の行為はムラマサの声に遮られた。
((耀平))
「え?」
((もう、終わったよ))




