第六十一話 神速
ムラマサの左腕が切り取られた。その事実は、耀平の心に強い衝撃を与えている。
しかし、より以上に衝撃を覚えることが有った。耀平の意識は、そちらに集中していた。
「今のって――乾坤圏っ!?」
耀平は声を上げながら超速でムラマサを反転させた。すると、耀平の視界に、ひび割れた黄土色の大地と、灰褐色の痩身中華戦士が飛び込んだ。
NTMNX01乾坤圏。その右手には、今し方切り取ったムラマサの左腕が握られている。それを視認した瞬間、耀平が覚えた直感が確信に変わった。
あの弾丸みたいに速い奴は、やっぱり乾坤圏なのか。
数秒前、彼我の距離は五百メートルほど離れていた。耀平は、その位置から射撃するつもりだった。ところが、できなかった。
ムラマサが乾坤圏に狙いを定めようとした。その刹那、乾坤圏が速度を上げて突っ込んだ。それも、目にも留まらぬ神速で。
耀平は視認できなかった。その刹那の内に、ムラマサの左腕は刈り取られてしまった。
乾坤圏の動きは、人間には捉えられない。唯一反応していたのが、耀平の愛機にして相棒、NTM01ムラマサだけ。
このとき、ムラマサは乾坤圏の速さの秘密を直感していた。
((あれは――『IN羽衣』ってやつか?))
彼我の距離が五百メートルに迫った瞬間、乾坤圏の背面から六枚の光の帯が伸びた。
乾坤圏の背部、左右三枚ずつ装備された光の翼、IN羽衣。
乾坤圏(雨淋)は、IN羽衣を、吹き流しのように背面に伸ばして、IN範囲を真後ろに指向させた。続け様に、羽衣の根元に有る衝撃発生装置で最大出力の衝撃を発生させて――超高速で前に飛んだのだ。
知覚できない神速の攻撃。反応できないものに反応することは、人間にも、機械にも無理だろう。
しかしながら、知覚できた者が一人いる。その名前が、耀平の口から飛び出した。
「ムラマサは見えていたの?」
((何となく。だが――))
耀平の質問に、ムラマサは即答した。しかしながら、その声は不安げだ。その理由が、耀平の脳内に響き渡った。
((真面にやり合って、勝てるとは思えなくなった))
ムラマサの自信喪失。その事実は、耀平達の敗北を意味していた。ムラマサが一人で戦っていたならば、このまま試合終了だろう。
しかし、ムラマサは一人ではない。
「大丈夫。俺とムラマサなら――」
耀平はムラマサを励ました。その言葉に、ムラマサは縋った。
((何とかなるか?))
「余裕だよ――多分」
ムラマサの質問に、耀平は自信満々な回答を告げた。しかし、その顔には歪つな苦笑が浮かんでいた。
もし、ムラマサの顔に表情を作る機能が有ったならば、今の耀平と同じ表情をしているだろう。
耀平も、ムラマサも、勝ち目は低いと思っている。しかし、「0」ではないとも思っていた。
俺と、ムラマサなら。
俺と、耀平なら。
「きっと」
((何とかなる))
耀平とムラマサは、声を上げるなり、直ぐ様行動した。
((兎に角、今は躱すことに集中だ))
「うん。適当に弾幕も張って――」
ムラマサと耀平の会話に、耀蔵(AI)が割って入った。
「当たれば儲けものってところかの?」
「まあ、そんな感じで」
耀平は声を上げながら、ムラマサを走らせた。進行方向は――真後ろ。
ムラマサは乾坤圏を正面に捉えながら、駆け足程度の微速で後退している。その間、右腕を胸元に引き付けて、右手に握ったアサルトライフルを構えた。
このとき、乾坤圏は突っ立ったままだった。アサルトライフルの照準は、配下色瘦身を捉えていた。その事実を直感するや否や、耀平はライフルの引き金を引き絞った。
激しいマルズフラッシュを吐き出して、弾丸が飛び出した。その進行方向に乾坤圏の姿が有った。
彼我の距離は、凡そ三百メートル。乾坤圏の腕を貫く――とまではいかずとも、その灰褐色の鎧に傷を付けることはできる。
尤も、それは「当たった」という前提の話だ。当然、それを許す相手ではない。
乾坤圏は、自身の左手側に背部左側のIN羽衣(三枚)を伸ばした。
その直後、灰褐色の巨躯が右手側に弾き跳んだ。
それら一連の現象は、耀平の視覚では捉えられなかった。
耀平の視界には、立ったままの乾坤圏の姿が映っている。そこに弾丸が吸い込まれた。その様子を見て、耀平は「当たった」と色めきだった。
しかし、それは残像である。
ライフルの弾は、乾坤圏の体を突き抜けた。少なくとも、耀平の視界にはそのように映っている。その事実(錯覚)を目の当たりにして、耀平の目が一杯に開いた。
その直後、耀平の脳内にムラマサの声が響き渡った。
((避けろっ!))
「!」
耀平は即応、ムラマサの姿勢を制御する操縦桿を思い切り倒した。
その直後、ムラマサは地べたに這いつくばった。
その上を、乾坤圏が通り過ぎていった。
間一髪。しかし、窮地は未だ続く。
ムラマサは直ぐ様立ち上がり、後退しながら射撃を再開した。
しかし、何十発撃とうとも、ライフルの弾は乾坤圏の体をすり抜けていく。
その現象を見続けることで、耀平は「弾が擦り抜けるカラクリ」を直感した。
「残像――か」
耀平が射撃したとき、乾坤圏は別の場所に移動している。人間の目では追えないとなれば、ムラマサのセンサーに頼る他無い。
「耀蔵爺ちゃん――」
耀平は、耀蔵(AI)に乾坤圏移動予測地点を尋ねるつもりだった。ところが、
「駄目じゃ」
耀平が尋ねる前に、耀蔵(AI)が却下した。更に続けて、その結論に至った根拠を述べた。
「相手が速過ぎて、儂の演算が追い付かん」
乾坤圏の神速は、コンピューターの演算速度をも超えている。その事実は、耀平にとっては衝撃だった。
しかしながら、それは先刻承知。この場に於いて、乾坤圏の動きに反応できる者はムラマサ唯一人。
「ムラマサ――」
((ああ、何とか捉えている。だが――))
ムラマサのお陰で、乾坤圏の攻撃を避けることはできている。しかし、今できることはそれだけだ。
((奴の行動の予測は難しい))
残念ながら、こちらの攻撃を当てる方法は無い。撃つだけ無駄なのだ。しかも、アサルトライフルの弾数は有限である。その事実は、ムラマサも理解していた。
((何とか動きを止める――いや、予測さえできれば))
ムラマサは攻撃を当てる方法を考えていた。その心の声が、耀平の脳内にダイレクトに響き渡っている。
「予測できれば――って」
耀平はムラマサの言葉を反芻した。その声は、ムラマサの耳(聴覚センサー)に届いていた。
((相手の動きを制御できればとは思う。その方法が――分からん))
「制御。制御、制御――あ」
耀平は、ムラマサの言葉を反芻し続けた。その最中、耀平の脳内に「左腕が切り取られた瞬間」が閃いた。
その記憶の意味は何なのか? 気になって考えたところで、耀平の脳内に天啓が下りた。
「『右腕を囮にする』――って言うのはどうかな?」
右腕を囮にする。相手にしてみれば、これ以上に食い付きたくなる餌は無いだろう。耀平が策を告げた瞬間、耀蔵(AI)とムラマサが同時に声を上げた。
「なっ!? 正気か耀平っ!」
((輝平。お前――天才か?))
耀蔵(AI)の声と、ムラマサの声(思念)は、どちらも耀平の耳と脳内にシッカリ伝わっている。
しかしながら、耀平は一方にのみ反応して、もう一方は無視した。
耀平は、どちらに反応して、どちらを無視したのか? それは――言うまでもないだろう。




