第五十七話 大望
西暦二千百三十年、十二月六日(水)。
最強戦、準決勝の日の翌日。この日、世界はいつにもまして騒がしかった。その原因は、準決勝の第一試合に有る。
「フィン・マックール、まさかの敗北。しかも、相手は第一世代型」
世界中が注目する最強戦。その準決勝で波乱が起こった。因みに、第二試合は順当に雨淋が勝っている。
問題の第一試合内容、及び結果に付いて、世界中で様々な意見が飛び交っている。その内容の殆どが、フィンに同情的、或いはフィンの勝利を主張するものばかり。中には判定に対する疑念を主張するものも有った。その声は、判定を下したフィネガス・マックールの耳にも届いている。
しかしながら、フィネガスは笑っていた。年齢を重ねたフィンのような美貌に、見る者を凍り付かせるような酷薄な笑みを浮かべている。それを張り付けながら、フィネガスはフィアナ財団の全幹部を招集した。
ツクモス学園塔の真の最上階、百五十三階。階層前部をぶち抜く巨大な白亜の広間に、フィアナ財団の幹部、百を超える企業のトップ達が集まった。
大広間に据えられた「コ」の字型の長卓に、百五十四名の男女が座っている。それぞれ世界中から集まっているので、人種は様々。年齢も様々。
人種に関しては、財団の中核が北欧の企業で有るが故に、コーカソイド系の者が半数を占めている。残りの半数を、ネグロイド系とモンゴロイド系で仲良く分け合っている。
年齢に関しては、中年層が最多。次いで壮年層。若年層は三十名ほど。老年は――五名。最高齢は九十五歳である。
その中に、一際目を引くコーカソイド系の美熟女の姿が有った。
名取重工業社長、名取アイネス。
アイネスは「ツクモス開発の第一人者」と言われる名取耀児の妻にして、最強戦で活躍中の名取耀平の母である。
アイネスが経営する名取重工業は、財団の屋台骨。その為、彼女自身も財産内で一目置かれている。
尤も、今は幹部の一人として、他の者達と同じ立場で本会合に出席していた。
世界を牛耳る商売人達が、一堂に会している。しかしながら、今日は定例会ではない。緊急の招集だ。齢九十五の高齢者まで呼び出して、一体何の用が有るというのか?
集まった幹部達は、それぞれ眉根を歪め我なら、頻りに首を傾げていた。
「最強戦開催中だと言うのに、急に呼び出しとは――如何に?」
そもそも、最強戦は世界中の人々が注目する一大イベントである。フィアナ財団としても、社運を賭ける大事なのだ。だからこそ、財団CEOのフィネガスが主菜を務めている。
皆、最強戦の為に最善の努力をしてきた。万全の準備を整えている。今のところ、大会運営に支障をきたすほどの問題は起こっていない。
強いて問題を上げるならば、試合の結果が意外ということくらい。
しかしながら、幹部達にしてみれば「態々全員呼び出すほどのものではないこと」である。精々、アイネスを含めた軍事部門の幹部達が「あら、まあ。そんなことも有るのですねぇ」と苦笑いする程度。
尤も、彼らの商売相手、地球軍にしてみれば、苦笑いどころではない。
「あの御曹司が負けただとっ!? どうするんだよ? これっ!」
そもそも、第三世代型軍用ツクモスは地球軍の肝いりで開発されている。それが、こともあろうか最旧式に打ち倒されたのだ。それも、最新鋭機ばかり。その上、地球軍の精鋭を凌ぐ天才、フィン・マックールの敗北である。
天才を擁して負けたとなれば、機体そのものの性能が問われかねない。
これまでの軍部の方針が、名取耀平&ムラマサによって、根底から覆され掛けている。地球軍上層部は「何とかしないと責任問題になる」と、全力で泡を食っている真っ只中。窮する余り、フィアナ財団の方に「あの判定は何なのだ?」と、苦情も入れている。
対応するオペレーター達としても、「そんなことを言われましても」と困惑するばかり。尤も、それは矢面に立つ社員に限った話だ。
財団の幹部にしてみれば「こっちは自分達の仕事を完璧にしただけですから」と、全く悪びれる様子も無い。まして、関わりの無い部門の幹部達は「ほーん」と関心無さげに生返事をするのが関の山。
だからこそ、彼らには「今回呼び出された理由」に思い当たる節が無い。
「何でしょうなあ?」
「何でしょうねえ?」
皆、困惑しながら首を捻っていた。その最中、大広間の観音開きの扉が開いて、意匠を凝らした白い背広の中年男性が現れた。
その男性――美中年は、見惚れるほどに美しかった。ツクモス学園生が見たならば、フィン様に似ていらっしゃると直感する。
フィアナ財団CEO、フィネガス・マックール。
フィネガスが中に入るや否や、着席していた幹部達が一斉に立ち上がった。最高齢九十五歳の老人など、誰よりも先に起立している。未だまだ壮健。後百年くらいは長生きしそうな勢いである。
忠臣達の視線を一身に浴びて、フィネガスは最上位の上座に着席した。その様子を確認した後、幹部達も一斉に着席した。
全員が座ったところで、フィネガスの端正な口が開いた。
「皆に集まって貰ったのは、今回の最強戦に付いて伝えておきたいことが有ったからだ」
机上に設置されたマイクから、フィネガスの声が広間全体に気挽き渡った。その野太い声は、全ての耳に一字一句違わず吸い込まれていく。その内容もまた、額面通りに理解することができた。
だからこそ、多くの者が首を傾げ掛けた。
総帥が「伝えておきたいこと」とは――何だろう?
過去――最強戦が開催されるようになって以降、関係部門の幹部に意見を求めることは有った。しかし、無関係な部門も含めて、全員呼び出されたのは今回が初めてである。
果たして今回の最強戦に、それほどまでの大事が有ったのだろうか?
幹部達は、傾ぎ掛けた首を必死に正位置に戻しながら、黙ってフィネガスの言葉に集中した。
暫く後、威厳に満ちた野太い声が静かに響き渡った。
「先ず、昨日の判定のことだが。あれは調子に乗っていたのでな」
あれ。この場に居合わせた全ての者が、その正体を直感していた。
フィネガスの長子、フィン・マックール。
フィンは、昨日の試合で敗北した。その判定を下した者は、フィネガスその人である。その事実を鑑みると、「親が子に引導を渡した」と思う者もいるだろう。何故ならば、フィネガスの立場なら戦闘続行を言い渡すこともできたからだ。
しかし、既に判定は下された。フィアナ財団の幹部達にとって、それが全てであり、「それで終わり」である。
殆どの者が「終わった話を蒸し返すことは無駄」と考える中、フィネガスは無駄な言葉を綴り続けた。
「あれにとって、今回のことは良い薬になるだろう」
フィネガスとしては「調子に乗っている我が子に灸を据えた」と言ったところ。それを聞く幹部達は、それぞれ失敗を糧としてきた者達ばかり。「これで、御曹司は更に成長なさる」と、静かに頷いている。
その中に有って、フィネガスが使った良い薬という表現に苦笑を浮かべる者がいた。
フィアナ財団軍事部門の幹部達(アイネスを含む)である。それぞれの脳内に、慌てふためく地球軍上層部の面々を想像していた。
私達の商売相手にとっては劇薬でしたね。
この場で地球軍の醜態を披露したならば、ウケる者も少なからずいるだろう。その可能性を想像すると、披露したい気持ちも沸く。
しかし、彼らは声を上げることはできなかった。フィネガスの話は、未だ終わってはいなかった。
「次の決勝戦。その結果次第によっては、もう一人の調子に乗っている男に灸を据えることができるやもしれぬ。故に――」
もう一人の調子に乗っている男。これが「女」であったなら、真っ先に劉雨淋を想起するところだろう。
一体、誰のことなのか?
フィネガスが言う「男」の正体を直感できた者は、存外に少ない。その少数派の中に、名取アイネスが含まれていた。
それって――私の夫のことか。
アイネスの夫。即ち、名取耀児である。その可能性を直感した瞬間、アイネスの秀麗な眉目が憎々しげに歪んだ。その表情は、フィネガスの視界に映っていた。
フィネガスは、ニヤリと口の端を吊り上げた。それは酷薄な笑みだった。それを見た者は、漏れなく背筋が凍り付いた。
大広間の室温が一度ほど下がった。その現象を起こした原因(フィネガスの口)から、より冷たい、冷気を孕んだ声が漏れ出した。
「決勝戦。全員、刮目して見よ」
フィネガスの言葉に、居合わせた全員――アイネスも含めて、背筋を正して、
「「「「「御意」」」」」
深々と頭を下げた。その様子もまた、フィネガスの視界にシッカリ映り込んでいた。
フィネガスは、それぞれの後頭部を眺めながら、心中で積年の想いをぶち撒けていた。
ここから世界は変わる。今度こそ、我が祖母フィアナと義祖父耀蔵が思い描いた世界にしなければならん。期待しているぞ、耀蔵の曾孫――名取耀平。




