第五十六話 剣理
都市の中に、倒壊したビル群が横たわっている。その間を割くように四車線道路が奔っている。その南端に、二つの巨影が有った。
漆黒の鎧武者、NTM01ムラマサ。
白金の重装騎士、NTMH05Cマック・ア・ルイン。
彼我の距離は五メートルほど。
ムラマサの中にいる耀平の視界一杯に、白金の重装騎士の威容がハッキリ映っている。それを見詰める耀平の視線は、騎士の両腕に吸い寄せられていた。
本当に――太いな。
マック・ア・ルインの両腕は丸太と形容したくなるほど太い。その全て、間接に至るまで分厚い装甲に覆われている。
その事実は、耀平の口を「へ」の字を超えて富士山型にまで歪ませていた。
打刀で腕を落とすのは――まあ、一回じゃ無理だろうな。
マック・ア・ルインの腕を落とすには、同じ個所を何度も斬る必要が有る。しかしながら、それを簡単に許す相手ではない。
腕は無理。後は――あそこだな。
耀平の視線は腕の先、白金の手に吸い寄せられた。
しかしながら、そこにも分厚い手甲が被せてある。手を斬ることは、容易ではない。尤も、そんな機会が巡ってくるとは誰も、世界中の殆どの人間が想像していなかった。
現況は、最早勝負が付いたと断言できた。
ムラマサは、対ツクモス用銃火器の有効射程距離に入っている。その上、マック・ア・ルインの両手にはグレネードランチャーが握られている。それを防ぐ手段は、今のムラマサには無い。
ムラマサは徒手空拳。それどころか、全ての武装を解除して正座していた。
ムラマサの銃火器類は、北側十メートルほどのところにポツポツと落ちている。打刀はムラマサの右手側の路上に置かれている。
マック・ア・ルインが引き金を引けば、それで試合終了。その事実は、耀平だけでなく、マック・ア・ルインの操縦者であるフィンも理解している。それどころか、外野から試合を見詰める殆どの人間も想像していた。
やはり、決勝に上がるのはフィン・マックールか。
多くの人々の脳内に、フィンの勝利を告げるアナウンスが響き渡っていた。フィン当人も、人々の期待に応えることこそ自分の役目と心得ている。
ところが、フィンは中々グレネードランチャーの引き金を引こうとしない。何故なのか?
フィンを躊躇わせていた原因。それは、フィンの目の前にいる漆黒の鎧武者と、それを操る|黒いパイロットスーツの男子《名取耀平》。二人の存在そのものだ。
第一世代型の分際で、我が騎士達を倒した憎い奴。
フィンの脳内には、ムラマサに敗北した騎士団員達の顔が次々閃いた。
一年のホープ、ディルムッド・オディナ。
フィアナ騎士団副団長、ブラン・マックール。
二人とも、フィンにとっては大事な存在だ。しかし、彼らはムラマサに敗れた後、フィアナ騎士団から離れてしまった。その事実を想起すると、フィンの美麗な眉目が歪み、眉間に深い皺が刻まれていく。
耀平達に対して積もり積もった恨み辛み。それを晴らす機会が、今、目の前に有る。しかも、相手は完全に戦意喪失しているように見える。
それらの事実が、フィンに引き金を引くことを躊躇わせていた。
こんな奴ら如き、「銃火器の威力で押し切った」と思われるのは面白くない。
フィンはグレネードランチャーを手放した。それらはマック・ア・ルインの両手を離れて、アスファルトの道路にゴスンと落下した。
これでマック・ア・ルインも徒手空拳――かと思いきや、その白金の右手が素早く背後に回った。
マック・ア・ルインの右手は、背後に装備した直剣の柄を掴んだ。それをユックリ引き抜いて、眼前に掲げた。その姿を見た人々の脳内に聖騎士という言葉が閃いた。
騎士として剣で決着を付ける。
マック・ア・ルインは、直剣を持つ右手を振り上げて、それを頭上に掲げた。その行為は、ムラマサ内の全周囲モニターに表示されている。当然ながら、耀平の視界にも入っていた。
その瞬間、耀平の口に酷薄な笑みが浮かんだ。
この瞬間を――待っていた。
耀平は即座にムラマサを操作した。それに応じて、ムラマサが右足の膝を上げた。
今のムラマサは、片膝着いた状態になっている。その姿は、マック・ア・ルイン内の全周囲モニターに表示されていた。
こいつ、抵抗するつもりか?
片膝着いた状態を見て、立ち上がると予想することは容易だろう。実際、ムラマサは立ち上がるつもりなのだ。
その事実を直感した瞬間、マック・ア・ルインの右手が振り下ろされた。それと殆ど同時にムラマサは立ち上がった。
ムラマサは、立ち上がりながらマック・ア・ルインの懐へと飛び込んだ。その際、両手を前に突き出していた。
漆黒の両手が、マック・ア・ルインの右手に伸びていく。
漆黒の左手が、直剣を握った白金の右手を掴んだ。それと同時に、漆黒の右拳が直剣の「柄頭」を叩いた。すると、直剣が僅かに浮き上がった。
その僅かな隙間に、漆黒の左手、その人差し指と親指が射し込まれた。
その間、マック・ア・ルインの右手は勢い良く振り下ろされている。その力と相まって、直剣が――すっぽ抜けた。
直剣は、漆黒の左手の中に納まった。それと同時に、漆黒の右手が白金の左手を掴んでクルリと回した。すると、その先に付いていた白金の巨躯が、一緒になって回転した。
マック・ア・ルインは、自身が振り下ろした力によって空中に放り出されていた。そうなるよう、ムラマサは力の方向を変更している。
柔道、或いは合気道の投げ技。しかしながら、この技は剣術である。その名称が、耀平の脳内に響き渡った。
((柳生新陰流『無刀取り』っ))
ムラマサの声を聞いた瞬間、耀平は叫んだ。
「うおおおおおおおおおっ、俺達格好えええええええええっ!」
会心の一撃。しかし、これで決着が付いた訳ではない。
マック・ア・ルインは、路上で一回転した後、直ぐ様立ち上がった。
その間、ムラマサは傍に置いていた打刀を拾い上げ、それを腰部背面に納めている。その行為もまた、次の策の仕込みである。
漆黒の鎧武者と、白金の重装騎士。双方とも立ち上がった状態で対峙している。
このとき、マック・ア・ルインは徒手空拳。二丁のグレネードランチャーは、今はムラマサの足下に有る。直剣に至っては、ムラマサの左手に握られている。フィンにとっては最悪の状況だ。
まさか、こんなことになろうとは。
今のマック・ア・ルインには武器と呼べるものが何も無い。その事実を直感して、フィンの額と背中に汗が滴った。しかしながら、勝負を諦める気は毛頭無い。
ムラマサに組み掛かって、剣を奪い取る。
フィンは、マック・ア・ルインの曲を屈めて、飛び掛かる姿勢を取った。
その瞬間、マック・ア・ルインの視覚センサーに白刃の煌めきが飛び込んできた。
それは――マック・ア・ルインの直剣だった。
直剣はムラマサの左手を離れて、マック・ア・ルインの方へとユックリ吸い寄せられていく。その現象は、フィンの目に神様の思し召しと映っていた。
しかし、その神様は目の前にいる漆黒の鎧武者であった。
ムラマサは、折角得た直剣をマック・ア・ルインに向かって投げ返していた。その直後、マック・ア・ルインに向かって突進した。
マック・ア・ルインの右手が直剣に伸びた。手の指を一杯に広げて、それを掴もうとしていた。
その伸び切った指に、別の白刃が横一線に奔った。
白刃が通り過ぎた後、マック・ア・ルインの右掌に直剣の柄が当たった。それを握れば、マック・ア・ルインは直剣を取り戻すことができた。
しかし、握れなかった。
マック・ア・ルインの右手から、親指を除く全ての指が離れていた。それらは落下して、路上に転がった。
その現象の意味が、鎧武者の中にいる耀平の口から零れ出た。
「流石に、指は弄れないよな」
指。そう、マック・ア・ルインの装甲は、指には施されていない。指を太くしてしまっては、既存の武器が使用できないからだ。その事実を、耀平達は見抜いていた。
だからこそ、敢えて直剣を投げ返して「指を伸ばす瞬間」を作ったのだ。
全て耀平とムラマサの思惑通り。その成果を直感するほどに、耀平の口の端が吊り上がっていく。
しかし、決着は未だ付いていない。
フィンは、直ぐ様マック・ア・ルインを後退させた。途中で踵を返して、全力でこの場を離れた。
未だだ。未だ、左手が残っている。
武器さえ手に入れれば、反撃は元より、逆転することも可能だ。
フィンの想いに、神様が応えてくれた。
マック・ア・ルインの進行方向に武器が有った。それも銃火器、アサルトライフルと、大口径ライフルだ。どちらも、元はムラマサの武器である。
現在地に移動する際、ムラマサは両方とも投棄していた。その悪手が、フィンに反撃の機会を与えてしまった。
耀平痛恨の失策。その思わぬ救いの手に、フィンは全力で手を伸ばした。
その間、ムラマサは必死にマック・ア・ルインを追い掛けていた。
しかし、一歩間に合わない。マック・ア・ルインの白金の左手は、大口径ライフルを掴もうとしている。
その銃把に指先が届く。余裕で掴める。そのはずだった。
ところが、途中でマック・ア・ルインの動きがピタリと止まった。何故なのか? その原因が、フィンの脳内に閃いていた。
あんな奴の武器を使うのか?
フィンの心中に忌避感が沸いていた。その強い想いに、脳波操作装置が反応していた。
マック・ア・ルインは、大口径ライフルに左手を伸ばした状態で固まっていた。そこに、ムラマサが追い付いた。続け様にマック・ア・ルインの指に向かって打刀を振り下ろした。
白刃の煌めきの後、マック・ア・ルインの左手の指が路上に転がった。これによって、マック・ア・ルインは殆どの指を失った。その事実の意味が、耀平の口から零れ出た。
「これで武器は使えない。だけど――」
耀平の顔に笑顔は無い。それどころか、眉根と口を歪めている。その表情の理由を、耀平の口から――ではなく、耀平の左肩に座る小妖精が告げた。
「規定では、『決着条件は両腕の喪失』になっておる」
耀蔵(AI)の指摘を受けて、耀平はコクリと頷いた。
指が無ければ武器は使えない。しかし、規定には「腕」と明記されている。
戦闘続行? それとも試合終了?
耀平は迷った。しかし、それに要した時間は存外に短かった。
耀平達が固まっていると、コンクリート塊の異世界に野太い声が響き渡った。
「そこまで。勝者、名取耀平」
野太い声は、耀平の勝利を告げた。いつもの機械音声ではない。その事実を鑑みると、誰もが「おかしいな?」と首を捻った。
しかし、その判定には「貴方が言うなら仕方ない」と納得していた。納得せざるを得なかった。
何故ならば、その声の主は「フィネガス・マックール」。最強戦の主催者にして、実質的な世界の支配者。フィンにとっては実父である。
主催者自らが判定を下した。その事実に「否」と言える者は、この場に於いては誰もいなかった。




