第四話 幼馴染
天まで届く全高一キロメートルの巨塔、ツクモス学園。その麓から、一人の少女が飛び出した。
その少女、「劉雨淋」は実に――小柄だった。それこそ小学生と錯覚するほど。しかし、彼女が身に着けた衣装を見ると、中学生と、誰もが断言する。
長い黒髪をまとめた両サイドのシニョンには、ツクモス学園の校章がプリントされていた。それより何より、雨淋が身にまとった半袖&短パンは、耀平と同じツクモス学園中等部三年生の体操服なのだ。
それを見れば「ああ、確かに中学生だ」と納得できる。
しかし、実は衣装だけではなかった。雨淋の体には、「絶対小学生じゃない」と断言できる特徴が有った。
雨淋の胸部装甲は、とても豊満だった。それこそ中学生とは思えぬほど。余りに豊満であるが故に、雨淋が足を前に踏み出す度、双丘が「バルンッ、バルンッ」と、謎の擬音が見えるほど大きく上下に揺れた。その様子は、耀平の視界にもシッカリ収まっていた。
相変わらず――凄いな。
耀平の視線は「雨淋の胸部」に釘付けになっていた。彼女が近付くまで、ジッと見詰め詰め続けていた。当然ながら、雨淋も「耀平の不躾な視線」を直感していた。
しかし、雨淋は敢えて気付かない振りをした。そのまま前進し続けて、二人の距離が五十センチほどまで迫ったところで足を止めた。
雨淋は、耀平に向かって微笑み掛けた。
「『よ~へ』く~ん」
特異な発音だった。聞く者に「外国人(二十二世紀に於いては『他地区人』)」という可能性を想像させた。実際、彼女は日本人ではなかった。
外国――他地区籍の生徒。他の学校であれば「珍しい」といえるだろう。
しかし、ツクモス学園に於いては「別に」と軽く流されるくらい、普通、普遍的な存在だった。
ツクモス学園生の出身地区は多種多様。一括りに他地区人と言ってしまえば、凡そ九割の生徒が該当する。
出身地区を言ったところで「ふ~ん」と無関心な返事をされるだろう。雨淋の地区籍も、聞いたところで「ふ~ん」だ。
耀平も、相手が他地区籍であることに特別な思い入れは無い。それでも、たとえ関心が無かろうと、他地区に対する最低限の敬意は持ち合わせていた。
耀平は、雨淋から声を掛けられた際、彼女の地区の言葉で挨拶をした。
「你好」
劉雨淋の出身地区は台湾だ。日本とは、それなりに距離が有る。二人が普通に暮らしていたならば、ツクモス学園に来るまで出会うことは無かっただろう。
しかし、二人は出会ってしまった。故有って、雨淋は耀平の家の居候になっていた。
雨淋が耀平の実家に来たのは、今から六年前のこと。それ以降、二人は毎日、毎時間、毎分、毎秒――顔を突き合わせている。
ツクモス学園に入学した後も、現況のように顔を突き合わせている。
尤も、ツクモス学園生になって以降、出会いの機会は激減していた。全く会えない日も有った。その事実は、二人の精神に多大な負担を与えていた。
何とかして会いたい。
双方会うように努力した。その成果が現況、早朝ジョギングだ。
一日の中で、たった一時間程度。それが二人に許された、二人だけの時間だった。一秒たりとも無駄にできない。
耀平は、雨淋の姿を目に焼き付けようと、全力で彼女を見た。その際、耀平の視界には雨淋の頭頂部が映っていた。
雨淋は身長が低い。耀平の胸元までしかない。至近に迫ると、耀平は必然的に見下ろす羽目になる。
しかし、耀平の視線は止まらなかった。頭頂部から更に下へと吸い寄せられた。
そこには「たわわに実った双丘」が有った。それが目に入った瞬間、耀平の瞳に野獣の光が灯った。
でっかい。
耀平としては、そっと盗み見ているつもりだった。
しかし、その視線は熱かった。火傷するほどの熱を帯びていた。それこそ虫眼鏡で陽光を集めているというような状態だった。
雨淋が、気付かない訳が無かった。
「よ~へくん?」
「!?」
雨淋は声を上げた。それに反応して、耀平は息を飲んだ。続け様に雨淋の顔を見た。
雨淋は笑って――いなかった。眉間に皺を寄せて、口を「へ」の字に曲げていた。
拙い。
耀平の額に汗が一筋伝った。その直後、耀平は全力で明後日の方角を見た。脳内では、言い訳の言葉ばかりを考えていた。
耀平は、何とか「胸を凝視していた」という事実を誤魔化そうと必死だった。その様子は、雨淋の視界にもシッカリ映っていた。
「あはは」
雨淋は笑った。その軽やかな声は、耀平の耳にシッカリ届いていた。
耀平は、オズオズと雨淋の顔を見た。すると、そこには「ニマニマ」という擬音が見えそうなほど意地悪な笑みが浮かんでいた。
その表情を直感した瞬間、耀平の額に二筋目の汗が滴った。
これは――弄られるぞ。
幼馴染であるが故に、相手の表情から心情を汲み取ることができた。今後の展開を想像して、耀平の口から溜息が漏れ掛けた。しかし、それが外に出る前に、飲み込む羽目になった。
耀平が溜息吐く直前、雨淋が声を上げた。その内容は、耀平にとって全く予想外のものだった。
「恭喜」
「え?」
恭喜。それは、中国語で「おめでとう」という意味の言葉だ。耀平も、雨淋と幼馴染であるが故に、意味を知っていた。だからこそ、
「何が?」
耀平の首が盛大に傾いだ。
そもそも、耀平は雨淋の胸を見ていただけなのだ。それを祝われる理由は何なのか? 考えたものの、耀平には全く皆目、想像も付かなかった。
しかし、考える必要はなかった。雨淋は、続け様に解答を告げていた。
「『最強戦』の出場。よ~へくん、出るんでしょ?」
「え? あ――」
最強戦。正式名称を「ツクモス学園最強決定戦」という。その内容を簡潔に言えば、「軍事用ツクモスを使った最強の操縦者を決める大会」だ。その開催期間は長く、十一月下旬から十二月上旬と設定されている。
当然ながら、学園内行事である。しかしながら、全世界から注目されていた。何故ならば、二十二世紀最強兵器の操縦者になる為の手段が、それしかないからだ。
地球軍ツクモス部隊。地球軍に於いて、軍用ツクモスを扱う唯一無二の特殊部隊。そこに入隊する条件として、「最強戦優勝者」と明記されていた。




