第四十八話 奇策
西暦二千百三十年、十二月一日(金)。
今日から最強戦第二回戦が始まる。その口火を切る第一試合が、今正に始まろうとしている。
試合会場は第三演習場、湿地帯。
天気は曇天。雨は降っていない。しかし、視界は頗る悪い。
周囲に点在する湖沼から水蒸気が立ち上り、それが霧となって、周囲を白く染めていた。
現況は、宛ら雲の中、或いは夢の中といったところか。その中に立つ人影もまた幻想的、異様であった。
身長五メートルほどの黒い武士と、金ピカの騎士。
武士の腹の中には、黒いパイロットスーツをまとった痩身黒髪の男子中学生が収まっている。
騎士の腹の中には、赤いパイロットスーツをまとった長躯赤毛の男子中学生」が収まっていた。
ムラマサと、フラガラック。
それぞれの搭乗者は名取耀平と、ブラン・マックール。
二人にとって、それぞれの機体は一途に使い続けている愛機である。試合で使用する武器も、殆ど決まっている。
しかし、今日に限って、両者とも定番を外していた。
ムラマサは、左右の手に大口径ライフルを一丁ずつ。
耀平は、アサルトライフルえお敢えて外している。その判断は、決して気紛れではない。これを選んだ理由は、「第三演習場の特性」を鑑みたからだ。
耀平は、湖沼を避けた戦闘になると予想していた。
身を隠す障害物が無い上に、移動が制限されてしまう。この状況は、彼我共に相手の攻撃を避け難い、或いは弾が当て易い。
耀平は、ムラマサに装備できる最大火力を選択した。
対して、ブランの方は――なんと、「スナイパーライフル」一丁である。他の銃火器は無い。近接武器と思しきものは、背中に背負った大きな手だ。
フラガラックは、その左手にスナイパーライフルを持って立っていた。長大なライフルの銃口を天に向け、自身の巨躯と平行にして銃床を地面に突き立てている。
その立ち姿、「騎士」というより狩人か、或いは砲撃手か。金ピカの本体より、並び立つスナイパーライフルの方が目立っていた。どれだけ離れていても、視認できる。当然、ツクモスの視覚センサーで捉えられないはずもない。
尤も、今日に限っては例外だ。
悪天候の為、ツクモスの感知能力が大幅に低下している。その事実は、ムラマサの中にいる耀平が、現在進行形で思い知らされている。
な~んにも見えない。
耀平の視界には、ライフルどころかフラガラックさえも映っていなかった。その事実が、耀平の口を「へ」の字に曲げた。
「地の利が――無い」
耀平の口から、ポロリと愚痴が漏れた。その言葉は、耀平の左肩に座った小妖精の聴覚センサーに入っていた。
「それは『捕まったら終い』ということかの?」
耀蔵(AI)は、これまで蓄積してきた耀平の思考パターンから、耀平が最も考えそうなことを選択して、それを告げた。すると、耀平はコクリと頷いた。
「何とか削り合いにもっていきたいな」
長期戦。彼我の銃火器は、性能差もさることながら弾数が違う。耀平の方が二倍以上も多いのだ。試合が長引けば、耀平が一方的に攻撃し続ける機会も増える。
それが叶うかどうかは別として、耀平の目論見は「最強戦の規定」が強力に保証していた。
「時間切れも無いし」
最強戦は、決着がつくまで無制限である。例え次の試合時間と被ったとしても、試合会場は四か所も有るのだ。規定上、明日に跨って戦闘し続けることも可能である。
流石に、明日までには決着が付いていると思うけど。
耀平は、サブモニターの地図と睨めっこしながら、逃げ回る算段を立てていた。
尤も、それを他易く許すほど相手は甘くなかった。
この一撃で――《《動けなく》》してやる。
フラガラックのコックピット内には、二枚のサブモニターが展開している。
一つは、地図。もう一つは、ムラマサの全身図。
全身図は現況を映したものではない。サポートコンピュータが演算して当たりを付けた予想図である。そこに表示されたムラマサの頭部にターゲットスコープのアイコンが重なっている。
頭部の狙撃。殆どのスナイパーが考えそうなこと。しかしながら、それは相手が人間であればこそ有効な手段だろう。
ツクモスにはIN範囲が有る。頭部は名取エンジンの直上で、効果が及ぶ範囲に入っている。
例え弾が当たったとしても、損害どころか衝撃すら与えられない。その事実は、ブランも良く分かっていた。
それでも、スナイパーライフルのターゲットスコープ(アイコン)は、ムラマサの頭部に固定されたままだ。
ブランの意図は何か? それが分かる瞬間が、たった今訪れた。
「ツクモス学園中等部最強決定戦第二回戦、第一試合――開始」
白い世界に、機械音声のアナウンスが響き渡った。その瞬間、黒い武士と金ピカ騎士が同時に動いた。
ムラマサは、地図に点在する湖沼の間を縫うように走った。
フラガラックは、腰を落としてスナイパーライフルを構えた。
ムラマサの動きに合わせて、ライフルの銃口が左右に揺れた。それがピタリと定まった瞬間、銃口が火を噴いた。
銃口に見合った長大な弾丸が、白い霧の海を切り裂いた。それは、狙い違わずムラマサの頭部、それを覆う鉄兜に当たった。
その瞬間、ムラマサの頭は――微動だにしなかった。
そもそも、衝撃が全く無い。兜にも傷一つ付かなかった。IN範囲は、ライフル弾の全ての衝撃を無効化した。
ムラマサの方には全く損害が無い。しかし、弾丸の方は被害甚大だった。
フラガラックのライフル弾は、ムラマサに当たった瞬間――爆散した。
弾丸の破片が辺りに飛び散った。それと同時に、球の中から真っ黒い液体が飛び出した。
タールはムラマサの頭部から胸元にベッタリへばり付いた。その瞬間、耀平の視界が真っ黒に染まった。それを直感した瞬間、
「えっ?」
耀平の口から間抜けな声が漏れた。
ムラマサに限らず、ツクモスの頭部には各種センサーの集積場所だ。当然、外部の刺激を直感する機能も付いている。それが、先程被ったタールで阻害された。コックピット内の全周囲モニターはタールで真っ黒だ。
ムラマサ(耀平)にとって、現況は目鼻を奪われたも同然だ。しかし、耀平は全く平静だった。
「耀蔵爺ちゃん――」
「ほいきた」
耀平が声を上げると、耀蔵(AI)が両手を自分の頭に突っ込んだ。続け間に頭をワシャワシャと掻いた。すると、ムラマサの頭部から「洗剤入りの液体」が染み出した。
ムラマサに限らず、ツクモスは外で作業することを前提に造られている。センサー周りに付いた汚れを落とす機能も、当然備わっている。
程無くして、全てのセンサーの機能は回復した。耀平の視界も、真っ黒ではなくなっていた。しかし、最初に見ていた光景でもなかった。
耀平の視界は金ピカで埋まっていた。その事実を直感した瞬間、耀平の頭から血の気が引いた。
その金ピカは、フラガラックだった。
フラガラック(ブラン)は、ムラマサが頭を洗っている隙に超速で接近していた。その事実を直感するや否や、耀平は後退しようとした。しかし、時既に遅し。
フラガラックの右手が、ムラマサに向かって伸びた。それは「より大きな手」に包まれていた。
重量級専用近接格闘武器「ギガトンパンチ」。
巨大な右手が、ムラマサの左腕(前腕部)を掴んだ。続け様に、腕毎ムラマサの巨躯を振り回した。当然ながら、ムラマサの中にいる耀平も一緒に振り回された。
「うわあああああああああっ!?」
耀平の口から情けない悲鳴が上がった。その間も、ムラマサは散々に振り回され続けている。それこそ洗濯機内の洗濯物のように。
しかし、ムラマサの巨躯は洗濯物ほど柔軟ではなかった。
振り回されている内、掴まれた左腕が限界を超えて伸び始めた。
IN範囲といえど、機体内部で起こった衝撃までは無効化できない。
ムラマサの左腕は、フラガラックの膂力に晒されて悲鳴を上げた。その際、耀平の脳内にも声が響き渡っていた。
((腕っ、伸びてるっ、伸びてるからっ!))
ムラマサの怒声が、耀平の脳と胸を打った。耀平も「何とかしたい」と思っていた。右手のライフルの照準をフラガラックに合わせた。しかし――時既に遅し。
耀平が行動するより先に、ムラマサの左腕が断末魔の声を上げていた。
左肘の関節が伸び切って――千切れた。それと同時に、声にならない絶叫が耀平の脳内に響いた。
「ムラマサ――ごめんっ!!」
耀平は叫んだ。その胸は一層痛んだ。その直後、耀平の体は、ムラマサと共に宙を舞った。
ムラマサの左腕が抜けたことで、フラガラックの魔の手からは解放された。その事実は、幸運と言えなくもない。だからと言って、助かったという訳ではなかった。
ムラマサの落下先には、大きな沼が有った。その事実は、中にいる耀平も直感していた。「何とかしたい」とも思っていた。しかし、
「あ~~れ~~っ!?」
耀平は情けない悲鳴を上げていた。それしかできなかった。
これが乾坤圏であったなら、飛行(浮遊)して難を逃れたところだ。しかし、その機能はムラマサには無い。
ムラマサの巨躯は慣性に従い、重力に引かれるまま、敢え無く沼に落下した。




