第四十七話 羽衣
ブルーシートを広げて座る作業着姿の四人の男女。
男女、それぞれ二名ずつ。異性同士で隣り合い、同性同士は対角線上に並んでいる。
四人の対角線の交点、場の中心に、香ばしい匂いがするバスケット群が並んでいる。その中身は――根菜類中心の田舎料理である。その内容は「制作者は高齢者」と錯覚させる。しかし、実際の制作者は中学三年生。しかも、台湾地区出身者だった。
そもそも、現場にいる人間は、弁当制作者を含めて全員中学生。もし、居合わせた者がいたならば、遠足か、或いはピクニックを想起するかもしれない。しかし、その発想を「現在地」という名の世界が否定する。
男女の周囲は鉄の壁に囲まれていた。その上、 鉄の地面の上には無数の鉄巨人が並んでいる。
鉄巨人の名を「ツクモス」という。
ここにいるツクモス達は、全て軍用ツクモスである。その周りでは、白衣の大人や、作業着姿の中学生が忙しなく動き回っている。皆、巨人に傅く奴隷のように、甲斐甲斐しくツクモスの身の回りの世話をしている。その行為こそが、この世界に最も相応しいものであった。
そのような状況の中、件の四人は巨人の前で弁当を広げている。場違いである。
そもそも、当人達自体が「まさかこんなことになるとは」と、思いもよらない事態であった訳だが。
現況の主因である弁当製作者が、他の三人に向かって声を上げた。
「有り合わせで作ったものだから、ちょっと自信無いかも」
その女子、劉雨淋は照れ臭そうに笑った。
雨淋が、弁当持参で耀平達のところにやってきた。その事実に間違いは無い。しかしながら、これは雨淋にとっても予定外の行動であった。
現況には、それを引き起こした真の元凶がいる。
その男の名を「名取耀児」という。
雨淋が現在地、ツクモス格納庫に来た際、その場に居合わせた耀児が声を掛けた。
「今日のところは良いや。休んでて」
雨淋は暇になった。暫くブラブラと歩いていると、 直ぐ近くに耀平達の姿を見付けた。
声を掛けたい。でも、他にも人がいるみたい。「何も持たずに」ってのは失礼かな?
雨淋は手土産として、自室に戻って弁当を用意した。目の前に広げられた料理群は、雨淋にとっては急造品である。しかし、他の三人の目には「豪華な手料理」として映っていた。
雨淋の言葉を聞いて、中肉中背の男女が声を上げた。
「えええっ!? 凄いですよこれ」
「凄い上手にできてますよっ」
男子――春雨充と、女子――夕立雫は、料理に向かって手を合わせて「「ありがたや」」と拝み出した。
二人の様子は、雨淋の隣に座った痩身男子の視界にバッチリ映っていた。
「俺も『ユーリン、凄げえ』て思う。いつも有難う」
痩身男子――名取耀平は、雨淋に向かって頭を下げた。すると、雨淋は心底嬉しそうに笑った。それと同時に、その豊満な胸を「えっへん」と張った。雨淋の低い鼻が少しだけ伸びた。
鼻は、直ぐに元の高さに戻った。その直後、雨淋は白いトートバッグから割り箸を取り出して、
「どうぞ」
耀平達に一膳ずつ手渡した。それを、耀平達は恭しく受け取った。
箸が全員に行き渡った後、四人揃って手を合わせた。
「「「「頂きます」」」」
突発の昼食会が始まった。その様子は、他の者が見れば奇行と思えるだろう。しかし、当の本人達は幸せ以外の何物でもなかった。
食事中、耀平、充、雫の口から「美味い」「美味しい」「最高」という言葉が幾つも飛び出した。それぞれが、「もっと食べたい」と思っていた。しかし、雨淋の弁当は有限だ。
いつの間にかバスケットの中身は空になっていた。その事実を直感した瞬間、耀平達の顔に残念そうな愁眉が浮かんだ。
しかし、耀平達も中学生。駄々を捏ねるほど幼稚ではなかった。
四人は揃って手を合わせた。
「「「「ご馳走様でした」」」」
かくして昼食会は終了した。
これにて雨淋の用は済んだ。
しかし、耀平は雨淋を帰す気は無かった。
「ユーリンに聞きたいんだけど――」
耀平は、胡坐を掻いたまま、雨淋の方に向き直った。すると、対面に座った充と雫も、雨淋の方を向いてズズイと身を乗り出した。
耀平達は雨淋に、昨日の出来事に付いて質問し始めた。
耀平達の質問の内容。それは「乾坤圏飛行の謎」である。雨淋の立場を鑑みれば、耀平に教えるべきではないだろう。ところが、
「私が分かっている範囲だと――」
雨淋はアッサリ回答した。その内容は、耀平、充、雫の目を「これでもか」というほど大きく開かせた。
「アレは『飛んでいる』というより、『浮いている』って言う方が正しいのかな」
「「「浮いている?」」」
浮遊するツクモス。それもまた、耀平達には初耳のもの。しかし、その機能は未知のものではなかった。
「うん。IN範囲を収束して、それを下に向けて『重力を軽減』するんだって」
「そんなことが!?」「「できるんですかっ!?」」
IN範囲の応用。IN範囲自体は全てのツクモスに標準装備されている。しかし、乾坤圏には特別な機能が追加されていた。
「うん。それでね、収束した光の幕――『IN羽衣』って言うんだけど」
「「「IN羽衣っ!?」」」
耀平達にとっては未知の機能である。三人とも、根掘り葉掘り聞きたい衝動に駆られた。その中で、真っ先に反応した者が雫だった。
「誰が考えたものなのでしょう?」
IN羽衣の開発者。耀平の脳内には、それと思しき人物が閃いていた。その通りの言葉が、雨淋しいの口から飛び出した。
「よ~じ先生。それで、IN羽衣の向きを変えて根元に衝撃を与えると、思った方向に移動するの」
IN範囲は衝撃のベクトルを返還することができる。それを任意の方向に変換する機能が、IN羽衣であった。その事実を知らされて、充の口が大きく開いた。
「あの錐揉みが――意図的だったなんてっ」
「うん。でもね? 昨日の試合で使ったとき、衝撃を起こす機械が上手く動いていなかったみたい。それで、『今日は調整するんだ』って」
説明の途中、雨淋の顔に寂しげな苦笑が浮かんだ。
「あの子は、未だ――未完成なんだよ」
乾坤圏は万全な状態では無かった。それでも、第三世代型を瞬殺している。
対して耀平の愛機ムラマサは、持って生まれた性能以上の能力(ツクモスの声)で戦っている。それでも、こちらは右腕を無くした辛勝だ。
乾坤圏とムラマサ。
前者は立体起動ができる機体である。後者は地上から離れられない機体である。その性能差は如何ばかりか。機動力では文字通り「天と地」。或いはそれ以上である。
どうやったら勝てるんだ?
雨淋の言葉を聞いて、耀平も、充も、雫も、言葉を無くして固まった。




