第四十五話 熾天使の羽
西暦二千百三十年十一月二十七日(月)。
時刻は午後十四時半を回ったところ。後三十分ほどで第一回戦第八試合が始まる。
第一回戦の最終戦。これが終われば、第二回戦(準々決勝)の選手が全て出揃う。
既に出場を決めている七名は、全て中等部三年生。しかしながら、それぞれのクラスは軽中重と様々だ。
出場を決めた順に並べると以下の通り。
M1クラス、名取燿平。搭乗機、NTM01ムラマサ。
H1クラス、ブラン・マックール。搭乗機、NTMH05フラガラック。
L1クラス、ベオウルフ・デネ。搭乗機、NTML03クラウソラス。
H1クラス、フィン・マックール。搭乗機、NTMH05Cマック・ア・ルイン。
H1クラス、コナン・マックリヤ。搭乗機、NTMH05フラガラック。
H1クラス、ゴル・マックモーナ。搭乗機、NTMH05フラガラック。
L1クラス、キールタ・マックローナン。搭乗機、NTML01クラウソラス。
因みに、ファミリーネームに「マック」と入っている生徒は。全てフィアナ騎士団団員である。
勝ち上がった生徒の殆どがフィアナ騎士。その事実は、「騎士団の優位性は出自ではなく、その実力にある」と証明していた。それもまた、地球国政府がフィアナ財団に一目置かざるを得ない理由の一つである。
しかしながら、上には上がいる。フィアナ騎士団こそが最強という訳では、決してない。本大会に於いても、フィアナ騎士団を凌ぐ猛者達がいた。
その中で、「最強」と呼ばれるに相応しい猛者の試合が、これから始まろうとしている。
第一回戦、第八試合。試合会場は第一演習場である。
全高五十メートルの鉄壁が囲む、西部劇のような荒野。その黄土色の平野の中、二人の鉄巨人が対峙している。
彼我の距離は凡そ一キロメートル。しかし、その威容はハッキリ確認できた。
純白の騎士と、痩せ細った灰褐色の中華戦士。
前者、騎士は、その右手に直剣を握っている。中世騎士らしい武器だろう。
しかし、左手の武器はブルパップ式(弾倉などが銃把の後ろに有る)のアサルトライフルである。時代錯誤も甚だしい。しかし、軍用ツクモスとしては標準装備であった。
その騎士――ツクモスの名を「NTML01デュランダル」という。
デュランダルは「第三世代型の祖」と言うべき軽量級軍用ツクモスだ。最初期であるが故に、操縦方法も比較的複雑になっている。普通のツクモス学園性ならばクラウソラスを選ぶところだ。
その偏屈な搭乗者は、貴族令嬢然としたコーカソイド系の美少女だ。
その女子の名を「フレイア・ロラント」という。
フレイアの所属は中等部三年L1クラス。彼女は生徒会会長を務める優等生だ。その立場上、フィアナ騎士団との因縁も、それなりに深い。
騎士団とは事ある毎に対立して、その度に心無い騎士団団員から「今時デュランダルなんて使う奴いねえよなあ?」などと、愛機を蔑まれている。しかしながら、フレイアは相手にしなかった。表面上は、そのように装っていた。だからと言って、怒っていない訳ではなかった。
フレイアの心底には、愛機の罵倒に対する暗い情念がメラメラと燃え上がっていた。その恨みを晴らす機会が、漸く訪れたのだ。
この機会で、フィアナ騎士団の鼻っ柱を圧し折ってやりたい。
フレイアとしては愛機で全フィアナ騎士をボコボコにしたいところ。本人もヤル気満々だ。
ところが、今日の対戦相手はフィアナ騎士ではなかった。それどころか、フレイアにとっては「フィアナ騎士団をボコボコにしている英雄」と呼べる存在だった。
その英雄の名を「劉雨淋」という。
雨淋は、瘦せ細った中華騎士の腹の中に納まっていた。その戦士の外観は、実に奇異だ。
細い手足に対して、雨淋を治めた腹部だけがポッコリ膨らんでいる。宛ら「地獄の餓鬼」だ。
餓鬼のダラリと下げた左右の腕に、手錠と見紛う二連の鉄の輪が嵌っている。宛ら囚人といったところ。
尤も、鉄の輪は手錠ではない。歴とした武器だ。「圏」と呼ばれる古代中国の近接格闘武器。それは本体の名前に因んでいた。
その中華戦士の名を「NTMNX01乾坤圏」という。
乾坤圏もまた、デュランダルと同じく「祖」と言えるツクモスだ。しかし、世代は違う。
乾坤圏は世界初の第四世代型。その最大の特徴は「完全脳波操縦」。その名称が示す通り、思考だけで操作できる。コックピット内には手動操縦装置も組み込まれているものの、それは飽くまで補助、或いは緊急用である。
乾坤圏は「ヴェイクス偏重の究極形態」と言えるツクモスだ。これ以上のものは無い。これが量産された暁には、全ての軍用ツクモスはお払い箱になる。
尤も、乾坤圏の力を引き出す為には、操縦者にもそれなりの才能が要求される訳だが。
憑依率百パーセント。
条件を満たす人間は、今のところ劉雨淋唯一人。裏を返すと、雨淋は他の人類が到達しえない領域に踏み込んでいると言える。
尤も、その事実を知る者は、第四世代型の開発に携わった者達だけ。
一般人の雨淋に対する認識は最強戦連覇の天才操縦者である。それはフレイアも同様だった。
例え相手が天才、劉雨淋であろうとも。例え相手が第四世代型であろうとも――
「私とデュランダルは負けない。負けるものかっ!」
デュランダルの中で、フレイアは叫んだ。
その想いに応えるように、デュランダルの体が大きく震えた。
その直後、荒野の地に無機質な声が響き渡った。
「ツクモス学園最強決定戦、第一回戦、第八試合――間も無く開始します」
最強戦のアナウンス。それを聞いた瞬間、デュランダルが身構えた。その際、左手のアサルトライフルの銃口が前方に突き出されていた。
銃口の延長線上に、痩せた中華戦士の姿が有った。
彼我の間に遮るものは何も無い。射線は完全に通っている。
どこに逃げようと、全弾命中させてあげる。
デュランダルの照準は乾坤圏に固定されていた。フレイアの左手の人差し指はアサルトライフル発射装置のトリガーに掛かっていた。
乾坤圏に飛び道具は無い。少なくとも、銃火器は確認できない。
彼我が最接近するまでの間、デュランダルは一方的に攻撃し続けることができる。その事実を想像すると、フレイアの脳内に勝利の二文字が閃いた。それを具現化する瞬間が、たった今――訪れた。
「第八試合――開始」
アナウンスと同時に、デュランダルが動いた。それに反応して、乾坤圏も動いた。
双方ともに全力疾走。相手に向かってまっしぐら。
彼我の距離が五百メートルを切ったところで、デュランダルのアサルトライフルが火を噴いた。
アサルトライフルの弾丸。その最初の数発が乾坤圏の体に当たった。しかし、それらは全て地面に転げ落ちた。
衝撃無効化範囲。通称「IN範囲」。名取エンジンが造る電磁場の壁が、乾坤圏の体を強力に守護していた。その効果のほどは、フレイアも先刻承知だ。
それでも、フレイアの左手はトリガーを引き続けている。
有効射程に入れば――こちらのもの。
デュランダルも、乾坤圏も、互いに向かって真っ直ぐ走っている。どちらも躱そうともしない。
彼我の距離が詰まれば、対ツクモス武器に施された「IN酵素」が威力を発揮する。その有効距離に、たった今――入った。
「貰ったっ!」
デュランダルの照準が乾坤圏の右腕を捉えた。その瞬間、フレイアは全力でアサルトライフルのトリガーを引き絞った。
アサルトライフルの弾丸が、全弾乾坤圏の右腕に吸い込まれていく。その様子は、デュランダルの視覚センサーにバッチリ映っていた。
フレイアの脳内に、弾丸が当たる瞬間が閃いていた。
しかし、現実は違った。アサルトライフルの弾丸は当たらなかった。いや、標的を失ったというべきか。
デュランダルが放った弾丸は、虚空を突き抜けていた。その様子もまた、デュランダルの視覚センサーがバッチリ捉えている。フレイアがいるコックピットブロックの全周囲モニターにも、その瞬間の映像が表示されていた。
その直後、フレイアが叫んだ。
「消えたっ!?」
乾坤圏の姿が消えていた。少なくとも、正面モニターには映っていなかった。
フレイアは慌てて左右、背後を確認した。しかし、どこにも乾坤圏の姿は無い。その事実を直感するや否や、フレイアは地図を表示したサブモニターを展開した。
地図の中心には光が点っている。それは、デュランダルを示す光だ。それは青色のはずだ。
ところが、今は別の色――紫に輝いていた。それを見た瞬間、フレイアは頭上を見上げた。
その直後、フレイアは絶叫した。
「ええええええええええええっ!?」
フレイアの視線の先に、灰褐色の中華戦士がいた。その事実が、フレイアだけでなく、それを見た全ての人を絶叫させた。その原因が、フレイアの口を衝いて出た。
「まさか――飛んでいるのっ!?」
乾坤圏は空に舞い上がっていた。その背中から「六枚の光の幕」が広がっている。宛ら「熾天使」のような姿だ。
実際、六枚の光の幕は「乾坤圏の翼」だった。
乾坤圏の翼。その正体は、実はIN範囲。
IN範囲とは、名取エンジンが放つ特殊な電磁場。それによって衝撃を無効化する。その際、衝撃力の向きを変更し、それを拡散している。
乾坤圏の背中から生えた光の幕は、IN範囲を凝縮したものだ。それを真下に向かって放出することで、重力を軽減していた。「ツクモス開発の第一人者」と言われる天才、名取耀児の偉大な発明だ。
尤も、基礎理論を提唱したのは、彼の祖父、名取耀蔵だ。
耀蔵が、真のツクモスに対して「空を自由に飛びたいな」とお願いしたことが有った。その際、真のツクモスから「こういう方法が有るよ」と提案されたものが、光の幕であった。
耀蔵が真のツクモスからアイデアを賜って、百年以上経った。当時の耀蔵が願った夢が、漸く実現した。尤も、現況は飛んでいるという訳でも、滞空しているという訳でもなかった。
光の幕の効果は、飽くまで重力軽減である。
乾坤圏は、空中に飛び上がった後、緩やかに降下していた。そのままでは只の的だ。動かねば撃たれる。その事実は、乾坤圏の中にいる雨淋も理解していた。だから――動いた。
乾坤圏は、背中から生えた光の幕の内、上二枚を真下に、他四枚を、それぞれ真横になびかせた。その直後、乾坤圏は旋回しながら真下に急降下した。
乾坤圏の直下に純白の騎士の姿が有った。
乾坤圏は、錐揉みしながらデュランダルに突っ込んだ。直ぐ様二体の巨人の巨躯が重なった。
その刹那、二つの何かが宙を舞った。
一体、何が舞ったのか? それを確認する暇は、乾坤圏には無かった。
乾坤圏の巨躯が地面に接近した。誰もが激突を直感した。
その刹那、六枚の光の幕が地面に伸びて、それを叩いた。それと同時に、乾坤圏は空中で一回転した。
乾坤圏は一瞬だけ滞空して、地面に降り立った。
乾坤圏の背後には純白の騎士の姿が有った。手を伸ばせば届くほどの至近距離だ。
しかし、どちらも背中を向けていた。背中合わせに立っている。先に振り向いた方が攻撃機会を得る。その事実は、どちらも理解しているはずだ。
しかし、どちらも動かなかった。その理由が、黄土色の平地に響き渡った。
「勝者、J3L108――劉雨淋」
試合は終わっていた。
乾坤圏が錐揉み降下した際、デュランダルの両腕を斬り飛ばしていたのだ。その様子は、観戦していた全ての人間の目に映っていた。しかし、
「「「「「一体、何が起こったんだ?」」」」」
乾坤圏の攻撃を認識できた者は殆どいなかった。




