第四十三話 経緯
その男子生徒はイケメンだった。
烏の濡れ場のような艶やかな暗色の髪。コーカソイド系の彫りの深い顔立ちは天才芸術家の作品と思えるほど完璧なまでに整っている。それでいて少し垂れ目。その垂れ具合が優しげに見えて、あざといまでの可愛らしさを演出している。
身にまとった衣装(ツクモス学園一般生徒用制服)が凡庸でも、そこに乗っかる顔が変われば――光り輝いて見える。その美貌を見たならば、誰もが見惚れるだろう。トキメキを覚えないはずもない。
そんな天上の美少年が、「ツクモス格納庫」という巨大な鉄の檻の中に舞い降りた。その周囲には天上の光が射している(錯覚)。しかし、現場そのものは地獄。鉄の監獄だ。
天使(美少年)の前には地獄の鬼と思しき隻腕の鎧武者が横たわっていた。鬼の周りには、鬼の手下と思しき作業着姿の三人の獄卒が立っている。
獄卒には、それぞれ名前が有った。
天使(美少年)に近い位置にいる獄卒は、名取耀平。
隻腕の鬼の右脚付近にいる獄卒は、春雨充。
隻腕の鬼の左脚付近にいる獄卒は、夕立雫。
三人の獄卒――いや、ごく普通の中学生。その内、充と雫は陶然とした表情で天使(美少年)を見詰めている、その美貌を見れば、誰でもそうなる。しかし、何にでも例外は有った。
気に入らないな。
耀平は眉根を曲げ、気難しげな表情を浮かべながら、天使(美少年)に対して訝しげな視線を向けている。まるで不審者扱いだ。そのような態度を取る、或いは取ることができる理由が、耀平には幾つか有った。
耀平には美形耐性が有った。父方の家は兎も角、母方の家には美形が多い。その中には目の前の天使(美少年)に負けないほどの美少年もいる。
その対抗馬、フィン・マックールと、耀平は幼馴染の間柄だ。今も続く腐れ縁が、耀平の美形耐性を強化、増幅させている。
むしろ、美少年は性格に難有りと、マイナス方向の偏見すら抱いている。耀平の美少年を見る目も自然と厳しくなる。その偏見に加えて、「件の天使(美少年)が目の前に現れた」という事実が気に食わなかった。その想いが、相手の名前と共に、耀平の口を衝いて出た。
「『ディルムッド』君。俺に何の用かな?」
天使(美少年)の正体は、ツクモス学園中等部一年生L1クラス、ディルムッド・オディナ。耀平にとっては一回戦の対戦相手。即ち、「敵だった男」だ。
俺に恨み事でも言いに来たのか? 試合のイチャモンでも付けに来たのか?
耀平の脳内では、現在進行形でネガティブな可能性が止めどなく溢れていた。その想いは、耀平の顔を更に歪めた。誰が見ても不機嫌と分かるほどに。その表情はディルムッドの視界にバッチリ映っている。
どうしよう?
ディルムッドの美貌には「困ったな」と言いたげな苦笑が浮かんでいた。その歪に吊り上がった口が、僅かに開いた。
「えっと、喧嘩を売りに来た訳ではなくてですね――」
ディルムッドは「何と言ったら良いやら」と、世界共通語で呟いた。続け様に「うむむ」と考え込んだ。その間、耀平だけでなく、充も、雫も、黙ってディルムッドの様子を窺っていた。
「「「「…………」」」」
沈黙の時間は、凡そ二分。それを破ったのはディルムッドだった。
「長くなりますが、順を追って説明します」
ディルムッドは「昨日の試合後から現況に至るまでの経緯」を語り出した。
昨日の試合の後、ディルムッドは傷付いたクラウソラスと共にツクモス格納庫に戻ってきた。そのとき、格納庫内に彼の帰りを待っていた者が二人いた。
片や「光の天使」と形容される美少年。
片や「猛牛」と呼称される赤毛長身の偉丈夫。
それぞれ白い制服を身に着けている。
フィアナ騎士団団長、フィン・マックール。同じく副団長、ブラン・マックール。
二人ともは見るからに不機嫌そうな顔をしていた。その表情の理由は、態々尋ねずとも、先方――ブラン・マックールが教えてくれた。
「あんな奴に負けるとはな。フィアナ騎士団の面汚しめ」
要するに、「先の試合の敗北を詰りに来た」という訳だ。その中で、ブランの口から「騎士団を抜けろ」と言った類の言葉が飛び出した。それに、ディルムッドは即応した。
「分かりました。団を抜けます」
ディルムッドの申し出は、その場で団長のフィンが受理した。その際、クラウソラスまでも騎士団に返上している。
「騎士団の人に強く勧められて(クラウソラスに)乗っていたんですけども。本当は別のツクモス――『モラルタ』が愛機なんです」
NTML02モラルタ。デュランダルに続いて造られた。二番目の第三世代型軍用ツクモスである。その開発コンセプトは「デュランダルのマイルド化」であった。
デュランダルは、最初の第三世代型であるが故に、様々な新要素が組み込まれた試作機であった。必然的に操縦機構も複雑になり、第三世代型の強みである脳波操縦偏重を損ないかねない状態になっている。それを改良し、操縦機構を簡素化したものがモラルタなのだ。その意味に於いて、モラルタは第三世代型のコンセプトに完全に合致した機体だ。
しかしながら、モラルタは注目はされなかった。地球軍上層部の興味関心は、同時期に開発された重量級に向いていた。
「同等の反応速度で、より強力な銃火器が扱えるとなれば、こちらの方が良いではないか」
地球軍上層部は、重量級優先の方向に舵を切った。その要求に、ツクモス開発部は答えた。以降、最高傑作と言われるフラガラックが誕生するまで、重量級ばかり製作されている。
因みに、クラウソラスはフラガラックのノウハウを流用した軽量級である。雨淋の愛機(初代)でもある。それが最強戦連覇を達成したと言う事実は、地球軍上層部にとっては皮肉な結果であった。
ともあれ、それぞれのツクモスの性能差を鑑みれば「愛機にはフラガラックか、或いはクラウソラス」という二択は定石にして常識だ。それを外すことは敗北宣言をしているに等しい。誰もがそう思っていた。
そう、昨日の一回戦、第一試合が終わるまでは。
「何で、俺は負けたんでしょうか?」
ディルムッドの口から、ポツリと先の試合の疑問が零れ出た。それを尋ねることが、彼がこの場に来た理由だった。それさえ聞けば、ここに用は無い。だからと言って、スンナリ教えて貰えるとも思っていなかった。
「すみません。話の途中でした」
ディルムッドは、引き続き「現況に至るまでの経緯」を説明した。
クラウソラスを返上したことで、その修理もまたフィアナ騎士団が行うこととなった。この時点で、ディルムッドが格納庫に来る理由は無くなった。
しかし、格納庫に入る資格は残っていた。
「クラウソラスが治るまでの間は、俺もここにいて良いみたいで」
現在、クラウソラスは放置されている。修理は後回しにされていた。そのお陰で、ディルムッドは格納庫に入ることができた。
この機会を最大限活用しよう。
ディルムッドは、第一試合最大の謎に迫るべく、一般生徒の制服に身を包んでこの場に来た――という訳だ。
「何で、俺は負けたんでしょうか?」
ディルムッドの声は、居合わせた三人の耳にシッカリ届いていた。
充と雫は、それぞれ同時に耀平を見た。
耀平は眉根を曲げて、気難しげな表情をしていた。
「うむむ」
耀平の口から呻き声が漏れた。
このとき、耀平の脳内には明確な回答が閃いていた。
ムラマサの声。それは、「耀平の曾祖父、名取耀蔵直伝の教え」である。
耀平の心底には「ツクモスの声を布教したい」という想いが燻っている。しかし、それを告げることに対して強い躊躇いを覚えていた。
言ったところで、信じて貰えるかどうか。
耀平は悩んだ。悩んだ末に、既視感を覚える台詞を告げた。
「長くなるけど、順を追って説明する」
耀平は「ムラマサの声が聞こえるようになった経緯」を語り出した。




