第四十一話 超々反応
うっそうと生い茂る針葉樹林群。その緑の海に黒い鎧武者が立っていた。
NTM01ムラマサ。
身長五メートルも有る黒い巨人。しかし、その巨躯も、今は殆ど目立たない。ムラマサの前面を埋め尽くす樹木群は、それぞれ十メートル以上の高さが有る。中には三十メートルを超えるものも有る。
樹木によじ登って周りを見れば、現況の様子が一望できるだろう。
しかし、視界が及ぶ範囲は半径五百メートルまで。その先には全高五十メートルの高壁が立ちはだかっている。それは真円を描きながら森林地帯を囲んでいた。
現況は「第四演習場」と言う名の檻である。その中に、ムラマサと、もう一体の軍用ツクモスが立っていた。
白銀の騎士、NTML03クラウソラス。
相容れない二人の巨人達。それぞれの姿は高壁の内側、その際に有る。しかし、位置は真逆。真円の直径を挟んで、東側にムラマサ。西側にクラウソラス。
彼我の距離は凡そ一キロメートル。その距離は、ツクモスの視覚センサーならば正確な像を映し出せる。
しかし、それぞれのコックピット内の全周囲モニターに映っている像は、葉っぱが鋭い樹木ばかり。中に座る耀平の目にも木の幹ばかりが映っていた。
「この木――邪魔って言えば、邪魔なんだけど」
耀平の口から、現況に対する文句の言葉が零れ出た。しかし、脳内では「障害物を利用した戦闘」が展開されている。その最中、耀平の左肩から声が上がった。
「利用できるかどうか。それが勝利の鍵じゃ」
耀平の左肩に腰掛けた青いワンピース姿の小妖精。彼女は、自身の役目を果たすべく、耀平に助言を与えていた。
ツクモス用サポートコンピュータ(通称『サポコン』)。彼女にはツクモス操縦者支援プログラムが組み込まれている。その際、とあるの人物の性格までもが記録されていた。
「うん。分かってるよ――耀蔵爺ちゃん」
耀平は耀蔵(AI)に返事をした。しかし、会話は続かない。
耀平の脳内では、今も戦闘シミュレーションが継続中なのだ。その最中、高壁の上から声が降ってきた。
「ツクモス学園中等部最強決定戦、第一回戦、第一試合――間も無く開始します」
最強戦のアナウンス。無機質な機械音声が針葉樹林の中で木霊した。その声は、ムラマサとクラウソラスの収音マイクにバッチリ捉えられている。
アナウンスの後、ムラマサ(或いはクラウソラス)の正面モニターに現在時刻が表示された。その数字が「九時五十九分」に変わったところで、再び機械音声が響き渡った。
「試合開始まで、後六十秒――」
アナウンスと同時に、正面モニターにA3サイズのサブモニターが表示された。そこには第四演習場の地図が描かれている。
地図の東西、それぞれの際に青と赤の光が灯った。その直後、カウントダウンが始まった。「10」から始まって、「0」になった。その瞬間、森林地帯(及び世界中)に機械音声が響き渡った。
「第一試合――開始」
最強戦が始まった。その事実を直感するや否や、耀平も、ディルムッドも、即応でそれぞれのツクモスを前進させた。
地図上の青と赤の光点は、真っ直ぐ敵に向かって突っ込んでいく。しかし、それぞれが選択した移動方法は全く異なっていた。
黒い鎧武者は、樹木の間をかい潜りながら「地上」を走っている。
白銀の騎士は、樹木の幹を蹴り付けながら「空中」を飛び跳ねている。
地図上では確認できない高低差。しかし、ツクモス(頭部)に内蔵された諸々のセンサーは誤魔化せない。周囲の音や振動を拾い集め、そこから互いの位置を特定している。
「耀平。上から来るぞ」
「うん。分かってる」
クラウソラスの移動方法は、巷では「猿飛の術」と呼ばれている。それには先例が幾つも有った。耀平の知己の中にも、それを得意としている者がいる。
ユーリンから色々聞いてるから――そこだっ!!
耀平の右手が、超高速でムラマサ右腕部の操縦桿を操作した。
すると、ムラマサは走りながら右手のアサルトライフルを構えた。その照準は、前方左斜め上を向いている。そこには樹木しかない。
しかし、耀平は躊躇うことなく引き金を引いた。
その瞬間、木々の合間から白銀に光る脚が飛び出した。
クラウソラスが現れた。その煌めく姿が、耀平の視覚にバッチリ映り込んだ。
クラウソラスは、それぞれの手に槍を一本ずつ握っている。中距離攻撃を無視した完全格闘技スタイルだ。その戦法は、近年になって爆発的に流行した。その主因となった存在が、耀平の知己の中にいた。
ユーリンっ、マジ感謝っ!
耀平の脳内に雨淋秘伝の作戦が閃いていた。それは既に実行されていた。
ムラマサが放った弾丸は、クラウソラスの右足先の樹木(幹)を木っ端みじんに粉砕した。
耀平が狙った箇所はクラウソラスの足場だ。その攻撃は、クラウソラス――ディルムッドも予想していなかった。
白銀の騎士は、バランスを崩して真っ逆さまに落下した。その様子はムラマサの視覚センサーにバッチリ捉えられていた。
一気に畳み掛けるっ!
耀平は前進のペダルをベタ踏みした。ムラマサは直ぐ様「クラウソラスの落下地点」に走った。
耀平の脳内で、白銀の騎士が地面に激突する様子が閃いていた。しかし、その通りにはならなかった。
クラウソラスは、落下中に右腕を超高速で振り回していた。その右手に握った槍で、近場の樹木(幹)をグサリと突き刺した。
樹木に鉄の枝が生えた。それはクラウソラスの足場、或いは支点となった。
クラウソラスは、右手一本で体を支えながら両脚を後方に振った。
脚は直ぐ様重力に引かれて前に振り戻った。そのタイミングで、クラウソラスは右手を離して前方に跳躍した。
そこにムラマサが突っ込んだ。
地図上で青い点と赤い点が重なった。実体の方は「槍の間合い」に入っていた。
クラウソラスは左手に握った槍を縦一文字に振り下ろした。
槍に施されたIN酵素が、全力でムラマサのIN範囲を無効化した。衝撃を伴った穂先がムラマサの右肩を強かに叩いた。そのままに深々と切り込んで――叩き落とした。
その直後、アサルトライフルを握った黒い右腕が地面に落ちた。
これら全ての出来事は、耀平の視界にシッカリ映り込んでいた。
やられたっ!?
好機のはずが、まさかの窮地。ムラマサは「左腕一本」になった。
右腕の欠損。その状況に、耀蔵(AI)が対応した。
「耀平。打刀をひっくり返すぞ」
耀蔵が声を上げると同時に、ムラマサの腰部背面に装備した打刀が縦方向に一回転した。その行為によって、柄を左手側に移行した。
AIにしては気が利いている。しかし、今の耀平には礼を言う余裕はなかった。
これで左手を失えば――負ける。
最強戦の決着条件は「両腕の喪失」である。その事実を想起した瞬間、耀平の頭から血の気が引いた。耀平の顔は死人のような土気色になった。思考回路は短絡寸前だ。
しかし、耀平の心臓は常人以上に頑強だ。そこに生えた毛が「終わるものか」と息巻いている。
耀平は、即座にムラマサの進行方向を変える操縦桿を操作した。続け様に右足下のペダルを踏み込んだ。すると、ムラマサは後方に飛び退いた。
耀平としては仕切り直すつもりだった。クラウソラスと距離を取ることで、それは叶うと直感していた。
しかし、ディルムッドは天賦の才能、並外れて高い戦闘センスを持っている。決して、好機を見逃さない。
「逃がすかっ!」
ディルムッドは声を上げ、同時に「槍を投げろ」と念じた。すると、クラウソラスは左手に握った槍を投擲した。
クラウソラスの一連の動きは、耀平の視界にバッチリ映っていた。
耀平はムラマサの左手を操作して、大口径ライフルを前方に投げた。それが左手から離れた瞬間、ライフルの銃身に槍が突き刺さった。その衝撃で、槍の進行方向がズレた。
クラウソラス槍は、ムラマサの左脇を抜けて地面に落下した。その様子は全周囲モニターでも確認できた。しかし、耀平は確認しなかった。いや、「できなかった」と言うべきか。
耀平の意識は、今も真正面に囚われ続けている。そこにはクラウソラスがいる。そのはずだ。そのはずだった。
ところが、ムラマサの正面モニターに映った光景は、樹木と、地面と、その間を埋める空気だけ。その事実の意味が、耀平の口を衝いて出た。
「いないっ!?」
耀平の視界からクラウソラスが消えた。一体、どこに消えたのか? 上か? それとも樹木群の中か? その答えは、実はムラマサが知っていた。
耀平の視界に捉えられずとも、ムラマサのセンサーは白銀の騎士の姿を完璧に捉えている。その点に関しては、時間が経てば直ぐに分かることだ。
しかし、その僅かな時間が勝敗を分ける分水嶺であった。
クラウソラスはムラマサの背後に回り込んでいた。それぞれの手に短剣を逆手に構えていた。
ディルムッドは、短剣でムラマサの左肩を切り落とそうとしていた。現況に於いて、それは百パーセント叶うタイミングだった。
そもそも、反応速度で第三世代型に敵うツクモスはいない。相手が「最旧式の第一世代型」となれば、尚更だ。
現時点でムラマサが反応していなければ、絶対に間に合わない。耀平がクラウソラスを見失った時点で勝負は付いていた。
勝った。
ディルムッドに勝利を確信した。実際、ムラマサ内ではセンサーの情報が耀蔵(AI)に伝わったところだ。それを耀平に伝えるべく、小妖精の可憐な口が開いた。
「よ――」
耀蔵(AI)は耀平に向かって声を上げた。しかし、遅い。遅過ぎる。「耀平」と言い終わる前に事は終わっている。
既に燿平が操作完了していなければ、絶対に間に合わない。その耀平は何をしているのか?
耀平は――両手と両足を超高速で動かしていた。たった今、その動作を完了したところだ。
耀平の操作に応じて、ムラマサが急旋回。その際、左手で打刀の柄を掴み、それを逆手で抜き放った。
ムラマサは回転しながら打刀で背後の空間を薙ぎ斬った。その太刀筋にクラウソラスの両手が重なっていた。
クラウソラスの両手は、それを握る短剣の柄毎横一文字に裂けた。その現象が起こった直後、耀平の肩に乗る小妖精が声を上げた。
「――うへいっ。敵は後ろ――って、ええええええええええええっ!?」
耀蔵(AI)は、真後ろを向いて目を一杯に開いた。その視線の先には両手が割れたクラウソラスが立っていた。その状態の意味が、第四演習場に響き渡った。
「そこまで。勝者、J3M108――名取耀平」
無機質な機械音声が試合の結果を知らせた。その内容は、各メディアを通して世界中に伝わっている。
しかし、どこからも歓声は上がらなかった。それどころか、皆反応できずにいた。
「一体、何が起こった?」
誰も彼もが首を捻った。ムラマサの中でも耀蔵(AI)が首を捻っている。現時点に於いて耀平の勝因を知っている者は唯一人。
耀平は茫洋と前を見詰めながら、ポツリと勝因を告げた。
「聞こえたんだ。『後ろを斬れ』って」
クラウソラスに回り込まれた際、耀平の脳内に「謎の声」が伝わっていた。その声の正体は何なのか? それは――耀平にも分からない。現時点では幻聴と言う他無かった。




