第三十九話 出陣
西暦二千百三十年、十一月二十四日(金)。
時刻は午前八時を少し回ったところ。普段の耀平ならば、食堂街辺りで食事を摂っている時間だろうか。
しかし、今日は違う。
耀平の姿は学園塔最下層、ツクモス格納庫の中に有った。
耀平は広大な地下世界の片隅で、ジッと立ち尽くしている。その身にまとった衣装は、ツクモス学園の制服ではなかった。
耀平は黒のパイロットスーツ姿になっていた。その奇異な格好を晒しながら、正面にいる黒い物体を見上げていた。
黒い物体は、奇妙な鎧武者だった。
右手にアサルトライフルを持ち、左手に大口径ライフルを持っている。武者らしい武器と言えば、腰部後背で真横に差した打刀。そのような格好をした鎧武者は、この世界には一種類しかいない。
NTM01ムラマサ。耀平の曾祖父、名取耀蔵が開発した最初の軍用ツクモス。
最旧式であるが故に、この世界の中心には立てない存在。それどころか、何れ居場所を失う運命に有る。その際、耀平の望みも潰える。
耀平が操縦できる軍用ツクモスは、ムラマサだけだ。この世界の中で、耀平の居場所はムラマサの傍以外に無い。
ムラマサがいなくなれば、耀平もこの世界に来る意味を失う。どちらも消えゆく運命だ。そのはずだった。
ところが、運命は覆る――かもしれない。その機会が、今日この日に巡ってきた。
ツクモス学園中等部最強決定戦。その第一回戦が今日から始まる。
第一回戦の期間は四日。その中で、耀平の出番は今日だ。それも、午後十時から始まる第一試合に組み込まれていた。その事実に付いて考えると、耀平の顔に微妙な苦笑が浮かんだ。
いの一番って、運が良いのか悪いのか。
最初の試合。そこには必然的に衆目が集まる。その試合に第一世代型が出るとなれば、好奇心を掻き立てる者も少なくない。
尤も、第一世代型の勝利を予想する者は殆どいない。
「ま、あの『天才』の圧勝だろう」
天才。その異名に相応しい人間は、今大会には三人いる。
劉雨淋、フィン・マックール。そして、本大会唯一の一年生『ディルムッド・オディナ』。
今日の耀平の対戦相手はディルムッド・オディナだった。当然、彼の愛機は第三世代型だ。
NTML03クラウソラス。現時点に於ける軽量級最高傑作機。
ツクモスの性能差は、二人の憑依率と同じか、それ以上の開きがある。その事実を鑑みると、耀平の敗北は必至。
しかしながら、耀平本人は負けるつもりなど毛頭無い。その想いが、耀平の口からポロリと零れ出た。
「絶対に――勝つ」
耀平は、ムラマサを見詰めながら、独り言を呟いた。すると、耀平のものではない声が上がった。
「絶対に勝ちます」
高音の女性の声。それに続いて、低音の男性の声が上がった。
「耀平先輩なら、必ず勝ちます」
耀平の至近で上がった男女の声。それを聞いて、耀平の視線がムラマサの足下に移動した。
ムラマサの右足の傍に、作業着姿の男子中学生が立っていた。
ムラマサの左足の傍に、作業着姿の女子中学生が立っていた。
春雨充と夕立雫。耀平の整備班に立候補した二人。
結局、耀平の整備班は充と雫の二人だけだ。そもそも、耀平自身に整備班を募集する気が無かった。
因みに、他の中量級の生徒は「言ってくれれば参加した」と、意欲満々だった。その事実を知った際、耀平は「言ってくれれば参加させた」と、苦笑いした。
耀平に期待する人間は、耀平が思うよりも多い。しかし、この場で耀平を励ませる者は、たった二人。それでも、「いる」と「いない」とでは大違い。
耀平の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「有難う」
耀平は整備班の二人に向かって頭を下げた。すると、二人は「「いえいえ、そんな」」と全力で恐縮した。その反応は、耀平の笑顔を苦笑に変えた。
しかし、耀平が頭を上げた瞬間、その顔から笑みが消えた。
耀平の口許はキリリと引き締まっていた。それが僅かに開いて、ほんの少し硬い声が漏れた。
「一寸早いけど、行ってくる」
時刻は午前八時半になろうとしていた。
試合開始時刻は午前十時。試合会場までの所要時間は、ツクモスの脚なら三十分も掛からない。耀平は現場で一時間以上待つ羽目になる。その可能性は、充も雫も直感していた。しかし、二人は止めない。直ぐ様姿勢を正して、
「「ご武運を」」
耀平に向かって敬礼した。その行為は、耀平の背中を強力に押していた。
耀平は、直ぐ様ムラマサの許に走った。そのままムラマサの右脚に取り付いて、よじ登った。ムラマサの腹部辺りまで上ったところで、一旦停止した。
ピカピカに磨かれた腹部装甲に、耀平の顔が映った。その瞬間、耀平が声を上げた。
「ムラマサ――宜しくお願いします」
耀平はムラマサの腹部に向かって頭を下げた。すると、ムラマサの腹部にポッカリと「穴」が開いた。
直径一メートルの大穴だ。それが目に入った瞬間、耀平は躊躇うこと無く穴の中に飛び込んだ。
耀平の視界に黒い革張りの操縦席と、複数個の操縦装置が映った。それを直感するや否や、耀平は操縦席に腰を下ろし掛けた。
しかし、そこには先客がいた。
身長十五センチメートルの青いワンピース姿の少女。その「小妖精」というべき存在が、腕を組んで仁王立ちしていた。
小妖精の正体は、耀蔵の人格を模写したサポートコンピュータである。小妖精の体は、サポコンが作り出したホログラムだ。その本体である黒い円盤は、既に操縦席に組み込まれている。
耀平の体がムラマサのコックピットに収まったところで、耀蔵(AI)の可憐な口が開いた。
「耀平。行くのだな?」
「うん。行く」
耀平が即答すると、小妖精(耀蔵)はピョーンと蚤のように跳躍して、耀平の左肩に腰掛けた。すると、耀平は小妖精(耀蔵)と入れ替わって操縦席に腰掛けた。
その瞬間、ムラマサの腹に空いた穴が塞がった。
刹那の闇。それを超えると、耀平の視界に外の光景が映った。そこには、敬礼したまま固まる二人の男女の姿が有った。それを直感した瞬間、耀平は脳内で念じた。
ムラマサ――返礼。
ムラマサは即応した。兜の庇の辺りに右手を掲げて、足元の二人に向かって敬礼した。すると、充達の表情が強張った。その反応は耀平の視界にシッカリ映っていた。
「行ってきます」
耀平は、再び出掛けの挨拶をした。その声は、ムラマサの頭部スピーカーを通して「外」の充達に伝わっていた。
「「行ってらっしゃいませ」」
充達は、声を揃えて見送りの挨拶を返した。その声は、ムラマサの頭部センサーを通して、コックピット内の耀平に伝わっていた。
俺には味方がいる。
耀平はニッコリ微笑んだ。その笑みを湛えながら、右足で足元のペダルを踏み込んだ。その操作に、ムラマサは即応した。
ムラマサは三歩前進した。そこで一旦停止。続け様に、その場でクルリと左手側に半回転。再び足を踏み出して、地下世界の果てを駆けた。
走って、走って――暫く進んだところでピタリと止まった。
ムラマサの右手側に大道が伸びている。それは、ツクモス格納庫のメインストリートだ。
現在地は、中央(現況では『北端』)エレベーターとは正反対の果て、格納庫南端である。
ムラマサは、再び踵を返した。エレベーターに尻を向け、南壁に顔を向けた。すると、ムラマサ、及び耀平の視界に、巨大な四角い穴が映った。
十メートル四方の大穴。中は真っ暗で、何も確認できない。耀平の視界にも、そのように映っていた。
しかし、耀平は躊躇うこと無く前進のペダルを踏み込んだ。その操作に、ムラマサは即応した。
ムラマサは腿を振り上げながら、暗黒の洞の中に突っ込んだ。




