第三話 光の塔
耀平が部屋を出ると、視界は「光」に包まれた。
そこは、光沢を帯びた煌びやかな通路だった。天井、床、壁、目に映る全てに金属製のパネルが嵌め込まれている。それらは淡い光を放っていた。
まるで光の国にいるみたい。
光の国。そのように錯覚したのは、左右に伸びる通路以外何もない為だ。耀平が出てきた玄関ドアも、通路が放つ淡い光の下に隠されている。
現況には目印と思しきものは何も無い。これで「迷うな」という方が無理な話だ。しかし、耀平は落ち着いていた。
初見ならば兎も角、耀平は二年以上も暮らしている。耀平にとって、現況は我が家も同然なのだ。どこに何が有るのかは、感覚で分かるようになっている。
耀平は、躊躇うこと無く光の通路を突き進んだ。すると、一際広い光の間に辿り着いていた。
そこは、直径二十メートルは有ろうかという円筒形のホールだった。その中心に、直径十メートルほどの円筒形の光の柱が有った。
耀平は光の柱の前に立った。すると、柱の表面部分に「筋」が奔った。
筋は、最終的に長方形型の「扉」となった。それを耀平が視認した瞬間、扉は真横にスライドした。
耀平の前に長方形型の穴が開いた。耀平は、躊躇うことなく中に飛び込んだ。
光の柱の中は、より小さな円筒形の小部屋になっていた。しかし、そこには「意思が有る」と錯覚するような機能が備わっていた。
耀平が中に入ると、開いていた扉が勝手に閉まった。その直後、部屋の中に声が響き渡った。
「ご希望の階層をお答えください」
耀平の周りには、誰もいない。現況の意味を知らない者が聞けば、幽霊の可能性を想像したかもしれない。
しかし、耀平は落ち着いていた。
「地上一階」
耀平は、全く平静に「声」に応えた。すると、光の小部屋が上昇した。
光の柱はエレベーターだった。
因みに、先程まで耀平がいた場所は地下五階である。
地下五階から、地上一階へ。その移動の際、エレベーター内は静かだった。それこそ、上昇しているという事実を忘れそうになるほど。
耀平も、思わず欠伸をしてしまった。その直後、唐突にエレベーターの扉が開いた。その直後、無機質な機械音声が現況を告げた。
「地上、一階です」
耀平が欠伸一回している間に、目的地(地上一階)に辿り着いていた。その事実を直感するや否や、耀平は弾丸のように外に出た。
その瞬間、耀平の視界は、またしても光で埋め尽くされた。
そこは、無限と錯覚するほど広大な光の広間だった。しかし、無限ではなかった。果ては有った。
方位にして南、耀平の正面から百メートルほど離れた辺りに、巨大な硝子製の扉が有った。
真ん中を起点に両側へとスライドする重厚な扉だ。それから覚える印象は、正しく高級ホテルの正面玄関である。
現在地の正体はエントランスホール。
しかし、受付嬢もいなければ、受付用のカウンターも無い。今の耀平に視認できる物体は、背後のエレベーターと、正面の出入り口だけ。
その事実を目の当たりにした瞬間、耀平の口から溜息が漏れた。
光の国のホテルって、こんな感じかな?
残念ながら、ここにはウ〇トラマンはいない。それどころか、耀平を除いて、他に誰の姿もなかった。
光の国で独りぼっち。
耀平は、自分の発想に苦笑した。口許にシニカルな笑みを張り付けたまま、正面の出入り口に向かって足を踏み出した。
途中、邪魔は何も入らなかった。耀平は無事にガラス製の扉の前に辿り着いた。
扉は――当然ながら閉まっていた。耀平が扉の前に立っても、勝手に開いてはくれなかった。しかし、全く無反応という訳ではなかった。
耀平が扉の前に立った瞬間、頭上から「声」が降ってきた。
「お出掛けですか?」
機械音声。エレベーター内で聞いた声と、全く同じものだ。その事実を直感した瞬間、耀平は声を上げていた。
「はい」
耀平は即答した。すると、再び玄関扉が声(機械音声)を上げた。
「『学籍番号』と氏名をお答えください」
学籍番号。それは、耀平が所属する組織が、耀平に付けた番号だ。
これ、言わないと「外」に出して貰えないからな。
今の耀平には理由が有った。それを遂行する為に、即答した。
「『J3M108』名取耀平です」
J3M108。それぞれの文字や数字の意味は、中等部(J)、学年(3)、所属クラス(M1)、出席番号(08)である。
耀平の返答の後、暫くして機械音声が響き渡った。
「確認しました。外出目的は『いつものジョギング』ですね」
「はい」
「了解しました。行ってらっしゃい」
機械音声は、耀平に向かって見送りの挨拶をした。その直後、正面玄関が開いた。
重厚な硝子板が、真ん中から左右に分かれてスライドしていく。それを潜れば外――ではなかった。
何と、奥にも同じ扉が有った。全部で五つ、五層構造。それら全てが、燿平の手前から順番にユックリ開いていく。その様子を見て、燿平の脳内に聖書に登場する奇跡が閃いた。
海を割っているって気分になるな。
モーゼの十戒。海を渡った先に何が待っているのか? 聖地か? それとも別の海が続いているのか?
耀平は、脳内で様々な想像を巡らせながら、硝子の海を渡った。そのまま屋外に出した。
その瞬間、耀平の視界に広大な青色が映り込んだ。それに遅れて、粘つくような湿り気が、耀平の肌に絡み付いた。その際、耀平の鼻腔に潮の香りが飛び込んでいた。
それらの現象の意味は、考えるまでも無かった。一目瞭然だった。
耀平の目の前に、堤防付きの歩道が映った。その奥に、太平洋が広がっている。
さっきまで見ていた空とは違う――青い宇宙だ。
太平洋が奏でる小波の音。それを聞きながら、耀平は無限の青に想いを馳せた。その最中、唐突に――背中に「何か」がズシリと圧し掛かった。
殺気っ!? って、そんな訳ないか。
耀平は、謎の重圧を確認すべく振り返った。しかし、背中には何も乗っていなかった。
一体、何が圧し掛かってきたのか? その正体もまた、一目瞭然だった。
耀平の視界には「円塔」が映っていた。それも天を衝くと錯覚するほどの巨塔だ。ほんの少し前まで、耀平が中に入っていた場所だ。
円塔の全高(地上部分)は一キロメートルもあった。底面積は七百八十五ヘクタール。余りに大きかった。実際、「二十二世紀最大の人工建造物」と言われている。
その塔の名を「ツクモス学園」と言う。
才能ある中高生を対象とした、ツクモス操縦者育成機関だ。尤も、一般作業用のツクモスであれば、他の施設でも免許が習得できる。
ツクモス学園が取り扱っているツクモスは、軍用など、特殊なツクモスの操縦免許なのだ。それらは学園の卒業生にしか認可されていなかった。
そもそも、ツクモスは「オーパーツ」と言われるほど特異な機体である。更に「特殊」となれば、操縦者にも、それなりの才能、資質が必要だった。
その有無を見極める機関が、このツクモス学園なのだ。
当然ながら、学園の生徒は世界中から集められた才能有るエリートばかり。それぞれが次代を担う英雄となり得る可能性を持っている。
英雄候補を預かる訳だから、ツクモス学園(塔)のセキュリティは万全、設備も最新鋭である。
しかしながら、生徒の安全を完璧に保障することは、施設の設備だけでは難しい。生徒達自身も、それなりに窮屈な生活を強いられていた。
塔外に出た耀平の姿は、学園の監視カメラに捕捉されていた。耀平が学園塔の敷地外に出ようとしたり、予定外の行動を取ろうとしたりすれば、直ぐ様学園の警備員が出動して、耀平を確保、拘束する。実のところ、耀平も何度か世話になったことが有った。
あんな目に、二度と遭いたくないな。
耀平の口から溜息が漏れた。気分も沈んだ。それを回復させようと、耀平は振り返って海を見た。
無限の青。その広大な光景は、耀平に自身の矮小さを思い知らしめた。
俺の存在も、悩みも――小さいな。
耀平は苦笑いした。口許にシニカルな笑みを張り付けたまま海へ――その手前の歩道に向かって足を踏み出した。いや、踏み出そうとした。
そのタイミングで、思わぬ事態が起こった。
突然、耀平の背後から「誰か」の声が上がった。
「『よ~へ』く~ん」
「!?」
女性と思しき高音の声。それが、耀平の名前を呼んだ。その事実を直感した瞬間、耀平は息を飲んだ。それと同時に振り返った。
耀平の視界に、再び学園塔の出入り口が映った。そこには小学生と見紛うほど小さな人影が有った。
耀平と同じ体操服を着た少女だ。その姿を視認した瞬間、耀平の口から相手の名前が零れ出た。
「『ユーリン』か」
ユーリン。本名は「劉雨淋」という。雨淋と耀平との付き合いは長い。所謂「幼馴染」だった。




