第三十七話 作戦会議
西暦二千百三十年、十一月二十日(月)。
時刻は午後一時を過ぎている。「今」のツクモス学園に於いては放課後だ。
最強戦を三日後に控えたこの日、耀平は学園塔の最下層、ツクモス保管庫の中にいた。
巨大騎士、或いは武士で犇めく広大な鋼鉄製の地下空間。その片隅に、ポツンと離れて立つ一人の黒い鎧武者。その足下に、二メートル四方ほどのブルーシートが布かれている。その上に、顔を突き合わせて座る三人の男女の姿が有った。
耀平と、耀平の整備班となった二人の男女、春雨充と夕立雫である。
三人とも学園指定の作業着をまとっている。
それぞれの位置は、耀平がムラマサ側で、他の二人は耀平の対面。
耀平は胡坐を掻いて、両手に持ったタブレットを操作している。
他の二人は、正座して、耀平の様子をジッと見詰めている。
「「「…………」」」
三人とも無言。
対面した際に挨拶をした後、殆ど会話が無い。無言の時間が過ぎるほどに、耀平の眉根が大きく歪んだ。
俺の方から、何か話を振らないと。
そもそも、耀平の方から「作戦会議をしたい」と言って、二人をこの場に呼び出したのだ。
耀平の要請を、充達は全力で承諾した。その結果――
「「「…………」」」
無言の時間が続いている。何も言わなければ会議にならない。だからこそ、耀平は「議題」を求めてタブレットを操作し続けていた。
現在、耀平のタブレットには最強戦出場選手の情報が表示されている。それぞれの名前をクリックすると、プロフィールが表示された。それら一つひとつを確認していく中で、とある生徒のところで、耀平の手が止まった。
その直後、漸く耀平の口が開いた。
「あの――さ」
耀平は、遠慮がちに声を上げた。すると、他の二人が「待ってました」と言わんばかりにズズイと身を乗り出した。
充も、雫も、熱の籠った視線で耀平を見詰めている。それぞれの顔には、人参を前にした馬と錯覚するような、ヤル気に満ちた表情が浮かんでいた。その熱意が、耀平の口を軽くした。
「俺、三年だから、三年のことは分かるんだけど――」
耀平はタブレットを持ち上げて、画面を対面の二人に向けた。
「下級生のことはよく知らないんだ。それで、良かったら――」
耀平はタブレットの裏から右手を伸ばして、その人差し指で画面を指し示した。
「この生徒のこと、何か知っていることが有れば教えてくれないかな?」
耀平のタブレットに表示されていたのは一年生の生徒だった。
〈一年L1クラス、『ディルムッド・オディナ』〉
最強千十六名の選手は、その殆どが三年生だ。その中で、たった一人だけ選ばれた他学年の生徒。しかも、学園に入ったばかりの一年生。その事実は驚嘆に値する。
余りに希少な事態だ。過去の記録に於いても二人しかいない。
劉雨淋、フィン・マックール。
二人とも、その年の優勝者と準優勝者である。その事実を鑑みると「一年生だから」と侮ることはできない。だからこそ、耀平は充達に情報提供を求めた。これに対して充達は――
「「えっと、えっと、えっと――」」
慌てた様子で自前のタブレットを操作し出した。
それぞれの画面にディルムッドの情報が表示されたところで、それぞれが代わる代わる(雫、充の順番で)声を上げた。
「と、とてもイケメンです。一寸垂れ目なのが優しそうで、トキメキます」
「実技の成績抜群です。でも、学業の方は――うん、それなり? 僕らほど高くないです」
「あ、この子フィアナ騎士団ですね。私、あの人達一寸苦手です」
「あ、俺も。いや、えっと――あ、憑依率高いです。搭乗機は第三世代型の――」
雫も、充も、記載されたプロフィールから得られる情報ばかりを口にした。その内容を耳にする度、耀平の首が斜めに傾いだ。
もしかして、聞かない方が良かったか?
そもそも、充も雫も二年生。他学年(一年生)に関する情報は、耀平と同程度なのだ。
それでも、二人は耀平の期待に応えようと、あれやこれやと、思い付くまま意見を述べた。その内容は、残念ながら有用と思えるものは無い。
しかし、二人が声を上げ続けた行為には、それなりの効果が有った。
これだけ話してくれるなら、こちらも質問し易いかも。
耀平は、傾いだ首を正位置に戻した。その行為は、充達の視界にも映っていた。
「「…………」」
充も、雫も、一斉に口を噤んだ。二人とも、耀平の方をジッと見詰めている。その反応の意味は、今の耀平には理解できた。
「それじゃ、他の選手のことも――何か気が付いたことが有れば教えてくれるかな」
耀平は、充達に質問を投げ掛けた。それに対して、充達も全力で応えた。
三人は、名簿に載っている選手を順番に確認し続けた。その最中、「とある情報」が目に入った瞬間、三人の顔に苦虫十匹噛み潰した渋面が浮かんだ。
三人の顔を歪めた原因。それはフィン・マックールの搭乗機だった。
〈NTMH05『C』マック・ア・ルイン〉
型式番号はフラガラックのものだ。そこに追加された「C」の文字の意味が、耀平の口から零れ出た。
「フィンの――専用機か」
そもそも、フィンはフィアナ財団総帥フィネガス・マックールの長子。その立場を使えば「専用機を用意する」という我が儘も通る。その可能性を想像することは、誰にも容易ではあった。
しかし、耀平は首を傾げた。その反応の意味が、耀平の口から零れ出た。
「今まで頑なにフラガラックに拘っていたのに」
耀平は、マック・ア・ルインを見詰めながら溜息を吐いた。それに充が反応した。
「きっと、形振り構っていられなくなったんでしょう」
充の意見を聞いて、耀平は小さく頷いた。すると、今度は雫が声を上げた。
「名取先輩。このツクモスの『腕部』なんですけと――」
雫に指摘を受けて、耀平と充の視線がマック・ア・ルインの腕に集中した。その直後、耀平が声を上げた。
「太いな」
マック・ア・ルインの椀部装甲は、とても分厚くなっている。宛ら「ゴリラの腕」だ。フラガラックと比べても二回りほど太い。その事実は、耀平も、充も直感していた。
「これ――な」
「一寸厄介ですよね」
腕部装甲の増強。その事実の意味、及び感想が、耀平、充、雫の口から順番に零れ出た。
「腕を落とさせないための工夫か」
「本当に、形振り構ってないです」
「勝つ為に、ここまでするなんて」
三人は、口々に恨み言を呟き合った。それが一段落したところで、耀平が声を上げた。
「じゃ、次――」
耀平の右手人差指が別の名前を弾いた。その際、耀平は独り言を呟いていた。
「ユーリンのツクモス。『乾坤圏』は――」
乾坤圏。憑依率百パーセントの第四世代型軍用ツクモス。その外観は如何なるものか? 実のところ、耀平も、他の二人も何度も確認している。
耀平に至っては、今日の午前の休憩時間中に確認していた。それでも、確認せずにはいられなかった。
〈NTM『NX』01乾坤圏〉
耀平のタブレットに機体名が表示された。その型式番号に入っている「NX」の文字は、「次世代試作機」を意味している。
耀平は、右手の人差し指を伸ばして、乾坤圏の名前を弾いた。その瞬間、画面が切り替わった。そこに表示されていたものは文字だけだった。
〈No Image(画像無し)〉
耀平の眉間に皺が寄った。他の二人の眉間にも皺が寄った。
「「「…………」」」
三人は、暫く無言で画面を見詰めた後、揃って溜息を吐いた。




