第三十五話 支援
西暦二千百五十九年、十一月十四日(火)。
ツクモス学園最強決定戦まで凡そ一週間となった。既に世情は最強戦の話題で持ち切りになっている。各メディアは「誰が優勝する」とか、「この選手は大穴」などと、勝手な予想で盛り上がっている。
外野が騒いでいるくらいだ、関係者は言わずもがなである。
学園内でも、「今年も劉だろう」とか、「今年こそフィン様が」と、本人達の耳に入るほど議論を白熱化させていた。
この下馬評に対して本人達はどう思っているのか?
耀平と雨淋の昼食タイム中、一度だけ話題に上ったことが有った。
その瞬間、雨淋の顔から表情が消えた。
「私、気にしたこと無い。『勝手に言ってれば』って思う」
「そ、そうか」
雨淋は、心底無関心に吐き捨てた。その様子は、真正面に座る耀平の視界にハッキリ映り込んでいる。
何か、地雷を踏んだ気がする。
耀平は「これ以上同じ話題を続けて良いものか?」と迷った。そこに、雨淋の冷たい言葉が響き渡った。
「よ~へくんも、気にしない方が良いよ。気にするのは無駄、無意味、北七」
「わ、分かった」
雨淋は、静かに怒っていた。その心情を察して、耀平は素直に頷いた。
以降、二人の口に世間の下馬評が上ることは無かった。尤も、雨淋にしても、耀平にしても、他者の評価を気にしている場合ではなかった。
乾坤圏。試合で上手く操縦できるかな?
ムラマサで、どこまでやれるかな? 後、整備班はどうしよう?
耀平達の脳内には、幾つかの心配事が閃いていた。その度に、二人は顔を突き合わせながら「「うむむ」」と唸った。
最強戦に臨む選手達。その心中の想いや考えは、口に出さなければ、他人に伝わらない。しかし、彼らの周りには、応援する人、フォローする人、支援者がいた。
雨淋の場合、名取耀児を始めとした第四世代型開発チーム。彼らは雨淋専属の整備班も兼ねている。
耀平の場合、彼に期待する中量級関係者一同。その中に、耀平専属の整備班を希望する者がいた。
整備班志望者の存在が明らかになったのは、本日の午後のこと。
放課後を迎えたところで、教壇に立っていた壮年の男性――M1組の担任教諭が耀平に声を掛けた。
「名取。一寸良いか?」
「え? はい」
耀平が反応すると、M1クラスの担任はクイと首を捻って、割れた顎先を教室の出入り口に向けた。
「話しが有る。一緒に職員室に来てくれ」
「!」
職員室に来い。学校の生徒にとって「教師から聞きたくない台詞、第二位」と言っても過言ではない。因みに、第一位は「校長室に来い」である。
不穏な台詞を告げられて、耀平は思わず息を飲んだ。反射的に首を横に振りたい衝動に駆られた。
しかし、担任の頼みを拒否するほどの理由は、今の耀平には無かった。
「分かりました」
耀平は首を縦に振った。
耀平達は、担任を先頭に光の通路を突き進んだ。その間、何人かの生徒と擦れ違っている。生徒達は、耀平達の姿を見るや否や、訝しげに首を捻った。
皆、この状況をどう思っているんだろう?
耀平としても、生徒達の反応が気になっていた。しかし、担任に先導されている状況で、尋ねる勇気は無い。その為、
「…………」
耀平は「他の生徒の視線」を全力で無視した。その苦行に耐えている間に、いつの間にか職員室に着いていた。そのまま担任の後に続いて中に入った。
淡く光る白亜の広間は、今日も「教職員」という名の働き蟻が事務作業に追われていた。その鬼気迫る様子の背中群を潜りながら、耀平達は最奥で島を形成する三年生団の席までやって来た。
すると、担任は自席のコロ&ひじ掛け付きの椅子を引いて、そこに座った。
「よっこいしょ」
担任はオッサン臭い掛け声を上げた。その言動は、耀平の視界にシッカリ収まっていた。
俺も、こんな風になるのかな?
耀平の脳内で、壮年期の自分の姿が閃いた。その瞬間、耀平の胸元辺りから担任の声が上がった。
「早速なんだが――」
このとき、耀平は担任の至近に立っていた。担任は、耀平を立たせたまま用件を告げた。
「最強戦の『整備班』なんだが――」
「!」
整備班。その言葉を告げられた瞬間、耀平は息を飲んだ。それと同時に、耀平の脳内に立候補という単語が閃いた。それは、直後に具現化した。
「『是非』と希望する生徒がいた。二人」
「おお」
耀平の口から感嘆の声が漏れた。
耀平自身、整備班に付いては「立候補されない限り頼まない」と決めていた。その意地を張る必要が、たった今無くなった。
担任は机上のタブレットを手に取って、その画面を操作した。暫く後、その手がピタリと止まった。続け様に、耀平の方へと画面を向けた。
「この子達だ」
画面には制服を着た生徒のバストショットが表示されていた。耀平から見て左側に男子、右側に女子。どちらもモンゴロイド系である。それを目の当たりにした瞬間、耀平の首は斜めに傾いだ。
「えっと――三年生じゃないですよね?」
耀平にとって、どちらも全く初見の生徒だった。耀平の反応は、担任には予想通りのものだった。
担任は、直ぐ様タブレットの画面に触れてプロフィールを表示した。
男子生徒の名前は春雨充。
女子生徒の名前は夕立雫。
どちらも二年生で、どちらもM1クラス。その情報を見た瞬間、耀平の口から声が漏れた。
「優等生」
M1はトップクラスだ。その事実を直感した瞬間、耀平の心中にライバル心がメラメラと燃え上がった。しかし、それは直ぐに鎮火した。
俺と戦う機会は――無いか。
第三世代型全盛期に於いて、中量級自体が不遇。その事実は、耀平自身も痛感している。その主因とも言えるデータが、耀平の視界に映った。
「二人とも『憑依率が低い』ですね」
耀平は心中で「俺ほどじゃないけど」と自嘲しながら、二人の憑依率に注目していた。
夕立も、春雨も、憑依率五十五パーセント。ギリギリ第二世代型に手が届くレベルだ。その情報を見る耀平の目が、「キラキラ」と擬音が見えるほど輝き出した。その煌めきは、担任の視界にバッチリ映っていた。
「この二人も、相当な努力家だな」
担任は、耀平を見ながらニッコリ微笑んだ。その表情は、耀平の視界の端に入り込んでいた。
その瞬間、耀平の胸が熱くなった。それに伴って、眦に涙が薄っすら滲んだ。
「そっすか」
耀平は、素っ気ない返事をしながら顔を上に向けた。続け様に大きく深呼吸して、再び担任の方を見た。
その際、耀平は真顔になっていた。その表情を見て、担任は耀平の決意を直感した。それは、直後に具現化した。
「この二人に、俺の整備班を頼みたいです」
最強戦に臨む耀平に、新たな仲間が加わった。




