第二十七話 黄泉平坂
「貴方、お爺さんにも顔を見せていらっしゃいな」
「分かった」
祖母リオンの指示を受け、耀平は祖父耀介の許へと向かうことにした。その際、耀平はチラリと雨淋を見た。
雨淋は、今もリオンに抱き付いている。その様子を見て、耀平の眉根が複雑に歪んだ。
一旦、お別れ――か。
耀平の心中に、雨淋と一緒に祖父の許に向かいたいという衝動が沸いた。しかし、
「…………」
耀平は何も言わなかった。続け様に踵を返して、和風の平屋の隣、至近にそびえる黒い半球状の山に向かって歩き出した。
耀平が移動開始すると、雨淋が振り向いた。その視界に、黒いシャツをまとった背中が映った。
「よ~へくん……」
雨淋の口から、ポツリと耀平の名前が零れ出た。その声は、耀平には届かなかった。しかし、至近にいたリオンの耳にはシッカリ入っていた。
「雨淋ちゃんは、私と一緒に――」
リオンは、雨淋の耳に口を寄せ、何かを囁いた。すると、雨淋の顔に花が咲いたような眩しい笑みが浮かんだ。
「うんっ」
雨淋は元気良く頷いた。その様子を見て、リオンはニッコリ微笑んだ。
二人は手を握り合い(リオンは右手、雨淋は左手)ながら、名取家の中に入った。
二人の女性が仲睦まじくしている頃。耀平は一人で超々巨大黒球の前に立っていた。
「えっと――」
耀平の視界に一杯に光沢を帯びた黒い球面が映っている。それは黒真珠と錯覚するほど美しく輝いていた。天然自然のものではない。だからと言って、人工物と言うには形が整い過ぎていた。
これを創ったのって、神様なのかな?
神様。その言葉を想起した瞬間、耀平の脳内に曾祖父耀蔵の声が響き渡った。
「耀平は『付喪神』というのを知っておるか?」
付喪神。耀平の目の前に聳え立つ黒球には付喪神が宿っている。そう信じさせる存在が、球の中に有る。そこに耀平の祖父、耀介がいる。
暫くの間、耀平はキョロキョロと黒い球面を見回していた。その視線が、とある一点で止まった。
耀平から、二メートルほど離れたところにある球面。耀平の視線は、胸元くらの位置に集中している。しかしながら、特徴的な要素は何も無い。耀平の視界も、他の部位と全く同じに映っている。
それでも、耀平は真直ぐ壁の一点に向かって移動した。
「ここ――かな?」
耀平は右手を伸ばして、掌を球面に押し当てた。その瞬間、
「痛っ」
耀平の右手、人差し指の腹を、何かがチクリと刺した。
蚊に刺された程度の軽微な痛みだ。耀平も、「球面に棘でも有ったか?」と錯覚し掛けた。
しかし、痛みは一瞬で治まっていた。人差し指の腹には、金属特有の滑々な感触しか伝わっていなかった。
耀平の指を刺したものは何なのか? その正体は、耀平のものではない声が教えてくれた。
「遺伝子認証――完了。」
黒い球面の奥から機械音声と思しき無機質な声が響き渡った。その直後、黒い球面に筋が奔った。
黒い球面に、長方形(縦二メートル、幅一メートル)が描かれた。その直後、長方形がスライドして、耀平の目の前に「黒い洞」が開いた。
洞の奥は――何も見えない。人によっては彼の世に通じる道、黄泉平坂を想像するだろう。
その暗い洞の奥から、先程聞いた機械音声が響き渡った。
「ようこそ、名取耀蔵の子孫の方」
名取耀蔵の子孫。その条件に当て嵌まる者は、この世界の中には十指に満たない。その希少な人間の中に、耀平は入っていた。
耀平は足を踏み出して、洞の中に入った。その瞬間、洞全体に仄かな灯りが灯った。
淡い光のトンネル。その様子は、耀平に既知の光景を想起させた。
まるで、学園塔の廊下――って、あっちがこっちを真似しているのか。
耀平は、躊躇うこと無くトンネルの中を歩いた。その途中、幾度か分岐点を通過した。その度に、耀平は直感で進路を選択した。
どこに向かっているのか? 現況がどこなのか? 実は耀平もサッパリ分からなかった。しかし、その足取りに迷いは全く無かった。
耀平は、何かに誘われるように、奥へ奥へと突き進んだ。その最中、唐突に床に暗い穴が開いた。まるで狙いすましたかのように、耀平が右足を踏み出したタイミングで。
「うおっ!?」
耀平は見事に穴に嵌った。
穴の大きさは直径二メートルも有った。耀平の手足が届く大きさではない。
耀平は暗黒の穴の底へと落下した。




