第二十五話 出迎え
無限と錯覚する更地の上に、中学三年生の二人組が歩いていた。その進路の先には、黒い半球状の山が有った。
しかし、そこまでの道のりは長く――どうやら険しいようだ。山から、身の丈五メートルもある青鬼達が走ってきていた。
青鬼の名は「コテツ」という。
NTM03コテツ。名取耀善が開発した第二世代型の軍用ツクモスだ。第三世代型が登場するまでの間、地球軍ツクモス部隊の主力を務めていた傑作機。その為、コテツを愛機とする者は存外に多い。
尤も、コテツを選ぶ理由の大半は「憑依率の都合上、止むを得ず」と言ったところ。地球軍に於いては、第三世代型が開発される以前の主力機である。
その事実は、コテツと相対する二人の中学生――耀平と雨淋も良く心得ていた。
「俺もムラマサを使っているから、親近感を覚える。けど――」
「うん。二軍の人達だね」
「…………」
二軍。その言葉を聞いた瞬間、耀平の眉根が歪んだ。反論の言葉が喉元まで込み上げた。しかし、それを堪えた。
雨淋は悪くない。これが現実。これが世間の常識なんだよな。
コテツを見詰める耀平の顔に愁眉が浮かんだ。その悲しげな視線を浴びながら、四人のコテツは真っ直ぐ耀平達のところに走っていた。
コテツの走行速度は時速百キロを超えている。「あっ」という間に彼我の距離が詰まった。
耀平達まで百メートルほどまで接近したところで、四人のコテツは急停止した。
その際、衝撃は全く発生しなかった。
衝撃無効化領域。コテツに搭載された名取エンジンが発する特殊電磁場。それによって、急停止の衝撃が緩和されていた。だからと言って、身長五メートルの巨人の存在まで無効になる訳ではない。
耀平達の前に、四人の巨大鎧武者が、横並びに整列した。耀平達にとっては「新たな壁」だ。尤も、中学三年生が潜れそうな隙間は有った。そこから通り抜けることは可能だ。
しかし、耀平も、雨淋も、コテツの前で立ち止まっていた。
「「…………」」
耀平達は、無言で青い鎧武者の威容を眺めていた。
このとき、コテツ達の顔も耀平達の方を向いていた。
無言で見詰め合うこと十秒。その僅かな沈黙を破ったのは、左端(耀平達視点)に立つコテツだった。
「お迎えに上がりました」
コテツの頭部から、壮年と思しき男性の声が響き渡った。その際に発した「お迎え」という言葉は、耀平達の耳に届いていた。
因みに、コテツを始め、ツクモス頭部には刺激を感知する各種センサー、及び通信機能が詰め込まれている。その口が有ると思しき箇所には外部に音声を発信するスピーカーが内蔵されている。
コテツの搭乗者が人間で、真面な言語を伝えているならば、その意思を汲み取ることは可能だ。耀平も、雨淋も、相手の言葉の意味は理解できた。しかし、
「「…………」」
二人は、無言のまま立ち尽くしていた。眉根を潜めて、不審げに相手を見ていた。その様子は、コテツの視覚センサーがバッチリ捉えていた。
耀平達が黙っていると、左端のコテツが腰を屈めた。そのまま左膝を立て、右膝を地面に着けた。すると、他のコテツ達までもが腰を屈めて片膝を着いた。
見た目は鎧武者。しかし、今の姿は、宛ら王に忠誠を誓う騎士。
全員が跪いたところで、それぞれのコテツの腹に穴が開いた。
穴の中には濃紺のツナギを着た大人が入っていた。
ツナギの胸元には地球軍ツクモス部隊のエンブレムが入っている。紛うこと無きツクモス部隊のパイロットスーツだ。それに身を包んだ大人達は、紛うこと無き地球軍ツクモス部隊の隊員だ。
隊員達は、それぞれ「とうっ」と掛け声を上げながら、コテツの穴を潜って外に出た。
跪く巨大青武者の前にツナギ姿の男女が並んだ。それぞれコーカソイド系と思しき堀の深い顔立ち。男女比は二対二。左から男女、男女の順番だ。
今この場に、耀平達を含めて三組の男女が集結した。しかしながら、カップル同士で和気藹々という雰囲気ではない。
ツクモス部隊員達の表情は硬く、緊張感が漂っていた。彼らは耀平達の方を向きながら、それぞれ背筋を伸ばして直立した。その状態を一秒維持した後、唐突に深々と頭を下げた。
隊員達の様子を見て、耀平達も同じように頭を下げた。
五秒ほど、互いに頭を下げ合っていた。それぞれが「もう良いかな?」と判断して、同時に面を上げた。
その直後、左端の男が声を上げた。
「私は地球軍ツクモス部隊大尉――」
ツクモス部隊員の自己紹介が始まった。それぞれが名乗り終わったところで、再び左端の男が声を上げた。
「名取リオン様の要請で、お迎えに上がりました」
名取リオン。耀平の祖母である。
耀平達は、リオン(及び祖父、耀介)に会いに「この場」にやってきた。その旨は、リオン達にも伝えてあった。二人に「出迎え」があっても不思議ではない。
しかし、耀平も、雨淋も、眉根を曲げて首を傾げていた。
態々ツクモス部隊の人に出張って貰うとか。どうなの?
リオンお婆ちゃん――心配し過ぎ?
名取リオン。仕様で軍隊を動かす女傑。
そもそも、リオンの生家は、耀平の曾祖母フィアナと同じく、あのマックール家である。しかも、名取耀介の嫁。その上、今も耀介と共に名取エンジンの開発にかかわっている。
ツクモス(及び名取エンジン)に頼り切っている現在に於いて世界最裕洋人物の一人と言っても過言ではない。
しかしながら、私用で軍隊を使うことに関しては、流石の耀平達も首を傾げた。
二人の様子は、ツクモス部隊員達の視界にシッカリ入っていた。しかし、彼らは全力で無視した。
「どうぞ、お乗り下さい」
「「えっと――」」
乗れ。そう言われて、耀平も、雨淋も、全力で躊躇った。そもそも、どこに乗れというのか? 二人は向かい合って「どうしよう」と首を傾げ合った。その様子は、ツクモス部隊員達の視界に映って――いなかった。
ツクモス部隊達は、再びコテツに乗り込んでいた。それぞれがコテツの腹に収まったところで、耀平達に向かって四本の巨大な右手が伸びた。
「「「「どうぞ」」」」
どうやら、掌の上に乗れと言いたいようだ。その可能性は、耀平も、雨淋も直感していた。
どれでも良いとは思うけど――どうする?
よ~へくん。どれに乗るんだろう?
耀平は、暫く考えた後、自分の正面から伸びている右手に右足を踏み出した。
その手は、左から二番目。女性隊員のコテツのものだ。耀平の右脚が、コテツの中指に掛かろうとしていた。
ところが、唐突に耀平の右手が引っ張られた。
引っ張ったのは雨淋だった。
雨淋は、耀平と繋いだ左手に、満身の力を込めた。そのまま耀平を引き摺って、自分の正面に伸びた右手に乗った。
その手は、左から三番目。男性隊員のコテツのものだ。
何故、雨淋はその手を選んだのか? その理由が、雨淋の脳内に閃いていた。
よ~へくんが他の女の人のツクモスに乗るの、何か嫌。
衝動的な我が儘だ。その想いは、耀平を含めて誰にも伝わらなかった。しかしながら、ツクモス部隊の任務に支障は無かった。
耀平達が乗った右手が空中に持ち上がった。上昇し続けて、最終的に「兜の庇」で止まった。その直後、コテツの頭部から声が上がった。
「どうぞ、ここに乗って下さい」
耀平達は、並んで兜の庇に腰掛けた。
二人のお尻が庇にくっ付いた瞬間、全てのコテツが立ち上がった。続け様にクルリと踵を返した。
耀平達の視界に、超々巨大黒球がハッキリ映った。その事実を直感した瞬間、コテツが歩き出した。
微速前進。往路とは比べ物にならないほどの遅速。しかしながら、人が歩けばそれなりに上下に揺れる。身長五メートルの巨人ならば振れ幅もそれなりに大きい。その頭に乗る耀平達も、大きく上下していた。
コテツが走っていたならば、間違いなく振り落とされている。その可能性を想像して、二人の顔が引きつった。
自分で歩くよりは速いけど。もうちょっと、何とかならないの?
これならコテツの中に入った方が――って、ううん。よ~へくん以外の人の(ツクモスの)中に入るのは嫌だ。
耀平も、雨淋も、文句を堪えながら上下に揺れていた。
揺れること十分少々。耀平達は、超々巨大黒球の手前までやってきていた。しかしながら、耀平達の真の目的地は黒球ではない。その事実は、ツクモス部隊員達も心得ていた。
四人のコテツは、黒球の横に立っている平屋の家に向かって歩いた。その玄関先に、「割烹着姿の女性」が立っていた。
歳の頃、六十代と思しき老女。しかし、四十代と言っても信用されるくらい若々しく、美しい。
その姿は、コテツの兜に座る耀平達の視界に映っていた。二人の脳内には、相手の正体が閃いていた。それが、二人の口を衝いて出た。
「婆ちゃん」「リオンお婆ちゃん」
二人が声は、リオンの耳に届いていた。
リオンは、その美貌に柔らかな笑みを浮かべた。耀平達が声を上げると、リオンの吊り上がった口が一層綻んだ。
「おかえりなさい」
リオンは日本語で出迎えの挨拶をした。すると、耀平も、雨淋も、それぞれの顔に満面の笑みを浮かべて――
「「ただいまっ!!」」
こちらも日本語で、元気良く、帰宅の挨拶を返していた。




