第二十二話 出会い
西暦二千二十四年、四月五日(水)。
日本地区、太平洋側に面したとある県の田舎。その広大な田園の中に黒い半球状のドームが有った。その傍らに、古式ゆかしい和風の平屋が有った。
平屋には、モンゴロイド系のお爺さんと、コーカソイド系のお婆さん。それから、モンゴロイド系の顔をした小学三年生の男子がいた。
お爺さんの名前は「名取耀介」。お婆さんの名前は「名取リオン」。小学三年生男子は名取耀平。
耀介達夫婦は、忙しい息子達に代わって、孫である耀平の面倒を見ていた。そんな二人の愛情を受けて、耀平は明るく元気に成長していた。
しかしながら、耀平には大きな悩みが一つ有った。
ああ、「友達」が欲しいなあ。
耀平は、ツクモスを開発した名取耀蔵の曾孫である。その事実に加えて、耀平達が住む田舎は保守的な考えをする者が多数派だった。
耀平達は、地域の皆から気を遣われていた。耀平が通う地元小学校も、その例に漏れなかった。
耀平と積極的に友達になりたがる児童は、殆どいなかった。例え可能性が有ったとしても、保護者が全力で阻止した。
耀平には祖父母がいる。淋しくはなかった。しかし、同年代の友達を求める気持ちは、日に日に膨れ上がっていた。いつか叶うと信じていた。
いつか。それは、今日この日だった。
運命の歯車が回った日の朝。耀平は、祖母のリオンと共に、居間の長卓を囲んで朝食を摂っていた。
祖父の耀介はというと、朝から仕事で隣のドームに入っていた。
畳敷きの八畳間に、半袖半ズボン姿の小学三年生と、割烹着姿の美老女が向かい合って座っている。中々に奇異な組み合わせ。
そんな二人の朝食は「名取家定番、焼き魚定食」。
「「いただきます」」
祖母と孫。どちらも静かに、行儀良く、全力で焼き魚の旨味に舌鼓を打った。それが鳴り止むと、どちらの食器も空になっていた。その事実を直感したところで、二人は同時に箸を置いた。
「「ご馳走様でした」」
朝食終了。普段であれば、二人で食器の片づけをするところ。ところが、耀平が席を立とうとしたタイミングで、リオンが声を上げた。
「耀平。ちょっと、そこに座りなさい」
リオンの指示を受けて、耀平は上げ掛けた腰を下ろした。「何だろう?」と首を傾げながらリオンを見た。その視界の中で、美老女の口が開いた。
「昨日、耀児――お父さんから連絡が有りました」
「えっ!?」
「今日の夕方、この家に、お父さんの友達の子どもを連れてくるそうです」
「ええっ!?」
子ども。その言葉を聞いた瞬間、耀平の胸は高鳴った。耀平の脳内には「積年の願い」が閃いていた。
もしかしたら、友達になれるかも?
耀平は、期待しながら父の帰宅を待った。その間、リオン向かって「どんな子?」と、父が連れてくる子どもに付いて、幾度も質問を重ねた。その度に、リオンは美麗な顔に愁眉を浮かべて、
「それは――来てのお楽しみ?」
「えっと――ううん、来てのお楽しみ」
何故か真面に答えてはくれなかった。その様子は、耀平も気になっていた。「何か有るのでは?」と、薄々察していた。しかし、ネガティブな感情は、「初めての友達」を期待する胸の高鳴りによって打ち消された。
耀平がリオンへの質問を重ね続けて、十時間ほど経った。空は茜色に染まり切っていた。名取家では、リオンが夕飯の支度を始めていた。
その最中、玄関に男性の声が響き渡った。
「ただいま~」
「来たっ」
父、耀児の帰宅。その事実を直感した瞬間、耀平は玄関へとすっ飛んだ。到着するなり、
「おかえりっ!!」
元気一杯に出迎えの挨拶をした。
このとき、耀平の視界に二人の人物が映っていた。
カジュアルな衣装に身を包んだ若年の男性と、ワンピース姿の少女。どちらもモンゴロイド系ののっぺりとした風貌をしている。
耀平にとって、前者の顔には見覚えが有った。仕事で疎遠とは言え、父の顔を忘れるはずもない。
しかし、後者に見覚えは無い。全くの初見だ。その事実に加えて、耀平にとって予想外の要素が有った。
女の子だったの!?
耀平は、大きく目を開きながら、マジマジと少女を見た。
耀平の視界に映った少女は、耀平より頭一つ分背が低かった。ワンピースから伸びる手足は、針金のように細かった。肌も病的と言えるほど白い。
少女を見詰める耀平の脳内に不健康という言葉が閃いた。しかし、それ以上に気になる要素が、少女の顔に有った。
このとき、少女は前を向いていた。その視線の先には耀平の顔が有った。
しかし、少女は耀平を見ていなかった。
「…………」
少女の焦点は、全く定まっていなかった。その瞳は、視界に映った像に反応していなかった。
ただ前を向いているだけ。表情も何もない。その様子を見た耀平の首が盛大に傾いだ。
この子――人間? ロボッド? 人形?
二十二世紀には人間そっくりのロボットがいる。ロボットとはいえ、表情を作ることができた。愛想が良かった。少なくとも、耀平の目の前にいる少女より。
少女の様子は、耀平が想像した三択の中では「人形」という表現が最も近い。父親が人形を連れてきたとなれば、息子としては複雑な気分になっても仕方がない。
少女を見詰める耀平の首が一層傾いだ。眉根も思い切り歪んだ。その様子は、彼の父、耀児の視界にバッチリ映っていた。
「この子は、俺の友達の子どもで――」
耀児は、耀平に少女を紹介した。そのとき、耀平は初めて少女の名前を知った。
「劉雨淋ちゃん。耀平とは同い年だから、仲良くできる――よな?」
これが、耀平と雨淋の出会い。
当時の雨淋は、今の彼女とは似ても似つかないほど無感情な人間、いや、「人形」だった。
そもそも、雨淋には人間らしい心が無かった。その理由は、幾つか有る。その中に、象徴的と言える言葉が有った。
雨淋に付けられた異名――「ツクモスの申し子」。




