第十七話 対ツクモス武器
乾いた大地に爆炎が吹き上がった。次から次へと無限に。その灼熱地獄の中を、二丁のライフルを持った黒い鎧武者が駆け抜けている。
太腿を高く上げ、腰を覆う草擦を跳ね上げながら、敵に向かってまっしぐら。猪突猛進していた。
鎧武者の向かう先には、扇形に並ぶ五台の戦車がいる。「主砲」という名の牙を掲げて砲撃し続けている。
フェンリルの主砲から放たれた榴弾が、鎧武者に容赦なく襲い掛かる。
着弾と同時に爆発が起こった。辺り一帯に榴弾の破片が飛び散った。それらは、確実に鎧武者の体に当たっていた。
しかし、鎧武者――ムラマサは全くの無傷だった。
名取エンジンから発生する衝撃無効化領域(IN領域)が、ムラマサの体を全力で守護していた。
ムラマサは、相手の攻撃に一切構わず、殺意を漲らせながら敵陣に突っ込んだ。
ムラマサが突っ込んでから、凡そ五分。
ムラマサが握るライフルの発射音が止んだ。フェンリルからの砲撃も無い。
再び荒野に静寂が戻っていた。その真ん中に、二丁のライフルを構えた鎧武者が立っている。それ以外ものは、戦車だった残骸が五つ。
最初から勝負に等ならなかった。狩人と獲物の戦いだった。ムラマサが一方的に借り尽くした。それも、右手のアサルトライフルを使わず、左手の大口径ライフルだけで。
これくらいなら――まあ、うん。余裕だ。
耀平は苦笑いした。その瞬間、耀平を囲む全周囲モニターに同じ文字が複数個表示された。
〈First stage cleared〉
戦闘終了。しかし、未だ「第一」だ。続きが有った。
十秒ほど経ったところで、全周囲モニターから文字が消えた。それと同時に、耀平の視界に黒いA3サイズの画面が映り込んだ。
画面に表示された地図の上に、新たな赤い光点が灯っていた。
光点の数は、たった一つ。先程のフェンリル部隊と比べると、余りに少ない。しかし、それを見詰める耀平の口許から、余裕の笑みが消えていた。
耀平は、口許をキリリと引き締めながら、赤い光点を睨んだ。その光点の傍には機体名と思しき文字が表示されていた。
〈NTM03 KOTETSU〉
相手の名称を直感した瞬間、耀平の眉根が少しだけ歪んだ。それと同時に、耀平の左肩に乗った小妖精が声を上げた。
「一キロ先に――おるのう」
耀蔵の声に反応して、耀平の正面にA3サイズの画面が表示された。
そこには、大小二丁の銃火器を持った青い鎧武者が映っていた。その画面は、ムラマサ頭部に設置された望遠レンズで捉えた画像を映していた。
耀平は望遠モニターを見ながら声を上げた。
「『耀善』爺ちゃんの傑作機か」
耀善。フルネームは「名取耀善」。その名前が示す通り、耀平の親族。耀平の祖父「名取耀介」の弟で、耀平にとっては大叔父だ。
耀善は、耀蔵の跡を継いだツクモス開発局二代目局長。軍用ツクモス第二世代型の生みの親だ。
耀善が手掛けた軍用ツクモスはNTM02,03、04の三種類。それぞれ脳波操縦偏重を企図して造られている。
しかしながら、実のところ機体性能はムラマサと殆ど差が無い。
そもそも、初めての開発方針転換で、これまでの開発担当主任(耀蔵)が不在という状況なのだ。殆どが手探り状態であったが故に、新型機の開発に多くの期間を費やしている。
結局、形になったものは三種のみ。ムラマサと比肩するまでに至ったと言えるだけでも僥倖だ。
その耀善開発機(第二世代型)の中で、コテツだけはムラマサを凌駕すると定評を得ている。
コテツの反応速度は、ムラマサよりコンマ2秒ほど早い。勝敗を分けるには十分な時間だ。ガンマンの早打ちであれは決着が付いている。
因みに、後継機は操縦システムの簡素化を目論んだ為に、反応できているけど操作できないという不具合が生じている。それを後から改変した為、コテツより性能が下がってしまった。
第三世代型か登場するまで、コテツは地球軍ツクモス部隊の主力機であった。既に旧式となってしまったが、今でもコテツを愛機にする者は存外に多い。
嘗ての主力機を相手に、耀平は最旧式で挑む。相手の方が格上であることは、否みようもない。耀平の顔は真剣そのもの。
しかし、耀平の心中に負ける気など微塵もない。その瞳の奥には投資の炎がメラメラと燃え上がっていた。
「耀蔵爺ちゃん」
「ん?」
「相手の武器は?」
「右手に大口径ライフル。左手に『マシンガン』じゃな。後は――腰に打刀かの」
マシンガン。連射機能に特化した対ツクモス用の武器。
単発の威力はムラマサのアサルトライフルに劣る。しかし、その連射速度はアサルトライフル(毎秒十発)の二倍(毎秒ニ十発)である。近距離での打ち合いであれば、他の武器のDPS(秒間ダメージ効率)を凌駕する。その事実は、耀平もよく理解していた。
近距離では――撃ち合いたくないな、うん。でも、相手も大口径ライフルを持っているからなあ。
耀平の脳内には中距離での撃ち合いが最善手と閃いていた。しかし、それを躊躇う理由が、耀平の中には有った。
削り合いだと――時間が掛かる。
耀平としては、早めにケリを付けたい。その想いが、耀平に「別の選択肢」を選ばせた。
「耀蔵爺ちゃん――」
「ん?」
「突っ込む」
「猪武者じゃの」
「何とでも――言ってくれ」
耀平は、右足下に設置された全速前進のアクセルを踏み込んだ。
硝煙の匂いが立ち込める荒野の中を、黒い鎧武者が駆け抜けた。すると、サブモニター(地図画面)に映った赤い光点が移動を開始した。
コテツは、真っ直ぐムラマサに向かっていた。
耀平は走りながら両手のライフルを構えた。引き金も全力で引いた。すると、相手――コテツも射撃を開始した。
双方の弾丸が、双方の体に当たった。しかし、それぞれのツクモスの体はIN領域に守られている。機体に傷は付かなかった。そのはずだった。
ところが、距離が詰まるにつれて、ムラマサの外装に傷が入った。ムラマサだけでなく、コテツの外装にも傷が増えていく。その現象の意味が、耀平の脳内に閃いていた。
やっぱり、五百メートル圏内だと「IN領域は無効化される」か。
IN領域の無効化。その現象を可能にしている「特殊な加工」が、双方が使っている武器(弾丸)に施されていた。
対ツクモス用武器には、名取エンジン製作時に零れ出た特殊な粒子が使用されている。その粒子のことを、軍用ツクモス関係者間では「IN酵素」と呼称している。
IN酵素を武器(弾丸や刃先)に施せば、他機のIN領域の影響をすり抜けることができる。
しかし、単に加工すれば良いというものでもない。
IN酵素は、自機のIN領域の影響を受けることで、初めて効力を持つ。その為、自機から離れるほど効果が減衰する。
一般的には五百メートルが有効距離。そこから攻撃して、初めてツクモスの機体に傷が付く。
更にダメージを与えるならば、一層近付く必要が有る。
最大威力を発揮するとなれば、密着するほどの近距離から、より多くのIN酵素を施した武器での攻撃が最適解になる。
対ツクモス戦の最適解武器、それ、即ち近接格闘武器である。それで攻撃されたなら、例え第三世代型でも手足をもがれる。
しかしながら、何事にも例外が有った。
コックピットブロック。即ち「名取エンジン」である。
名取エンジンだけは、IN酵素を以てしても傷付けることができない。その事実を、耀平は良くよく心得ていた。
このまま接近して――腕を狙う。
耀平は更にアクセルを踏み込んだ。ムラマサは更に加速した。
ムラマサとコテツの距離が二百メートルに迫った。その瞬間、耀平は奇策に打って出た。
ムラマサの右手が真下に下がった。その直後、真正面を経由して真上に突き上げられた。その行為の最中、右手からアサルトライフルが離れていた。
アサルトライフルは、高速縦回転をしながらコテツに迫った。コテツは――躱さなかった。
アサルトライフルは、コテツの体に当たった後、地面に吸い寄せられるように落下した。
その際、コテツにダメージは入らなかった。当然だ。銃火器本体にIN酵素は施されていないのだ。それを投げ付けても意味はない。
しかし、右手が空いたことには意味が有った。
ムラマサの右手が、腰元後背に差した打刀の柄に伸びていた。それを掴んだ際、敢えて耀平は逆手持ちにしていた。
耀平はムラマサの体を思い切り鎮めた。屈み込んだ黒い巨躯に、コテツが放った銃弾の豪雨が襲い掛かる。その幾つかは、ムラマサの背中に当たった。
そこは、ツクモスの体で最高防御力を誇る部位、コックピットブロックだ。そこにはIN酵素も通用しない。
そもそも、IN酵素は名取エンジンの一部である。その効果にしても、IN領域由来のものなのだ。その発生源であるエンジン本体を傷付けることはできない。
耀平は、IN酵素の特性を利用した。
ムラマサは弾丸の豪雨を受けながら、コテツの足下に突っ込んだ。
身長五メートルの鎧武者による超高速タックル。その際、ムラマサは両腕を後ろに回していた。
あと一歩踏み込めば、ムラマサは顔面から突っ込む。そこまで迫った刹那、耀平の両手と両足が、人の限界に迫る超高速操作を繰り出した。
衝突の直前、ムラマサの巨躯がコテツの右手側にスライドした。ムラマサは、そのままコテツの右脇直近を抜けた。
二体のツクモスが擦れ違った。その刹那、ムラサマは抜刀した。
ムラマサは、逆手に握った打刀を振り上げて、コテツの右脇を――斬った。
逆手抜刀術。ムラマサの放った一撃は、コテツの右脇に食い込み、これを完全に断った。
コテツの右腕が、右手に握られていた大口径ライフル毎宙を舞った。それが地面に着くまでに、耀平は更なる攻撃を繰り出していた。
コテツの右腕を切った後、ムラマサはコテツの背中に回り込んだ。その行為に、コテツは反応した。超高速で旋回して、ムラマサの方を向いた。左手のマシンガンを構えて、その引き金を引いた。
コテツの反応速度は、ムラマサを凌駕していた。しかし、「遅かった」。
ムラマサは、コテツが振り向くと同時に攻撃を繰り出していた。
耀平は読んでいた。相手の動きを。コテツは耀平の想像通りに動いていた。その動きに、耀平はドンピシャで合わせていた。
ムラマサは、逆手に握った打ち刀を袈裟懸けに振り下ろしていた。その太刀筋の途中に、コテツの左腕が入っていた。
コテツの左腕が地面に落ちた。コテツは両腕を失った。その事実は、耀平の肉眼からもハッキリ確認できた。
その直後、耀平を囲む全周囲に複数個の文字が表示された。
〈Second stage was cleared〉
戦闘終了。耀平の勝利である。
対ツクモス戦に於いて、コックピットブロックにダメージは通らない。その意味では、真の決着は付けようがない。
しかしながら、ツクモスの攻撃手段は両手に握った武器に限定されている。それを失えば、攻撃することができない。
その為、ツクモス同士の戦闘に於ける決着は「両腕の欠損」となる。
それが、最強戦の勝利条件だった。




