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有魂機人ツクモス The Comrades  作者: 霜月立冬


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第十六話 衝撃無効化領域

 黄土色の大地が広がっていた。障害物と思しきものは、何も無い。精々、風に煽られて舞い上がる砂塵くらい。

 変化に乏しい荒涼とした風景が地平線の彼方まで広がっている。現況には殺風景という表現が、最も相応しい。

 殺風景のど真ん中に、黒い鎧武者が突っ立っている。実態ではない。ホログラムだ。しかしながら、武者の腹の中には実態を持つ中学三年生が搭乗していた。


 名取耀平(ナトリ・ヨウヘイ)は「操縦席」と言う名の黒いマッサージチェアに座ったまま、静かに目を閉じていた。その行為は、戦闘態勢に入る為の儀式。感情を切り替え得る為に身に着けたルーティン。


 集中、集中、集中――集中。


 耀平は静かに深呼吸しながら、感情を心底の奥深くまで沈めた。深く、深く。

 耀平としてはマリアナ海溝の底を突き抜けるまで沈めるつもりだった。しかし、その途中で邪魔が入った。


「耀平――来たぞ」


 耀平の左肩に座った少女、名取耀蔵(ナトリ・ヨウゾウ)(AI)が声を上げた。その声は、耀平の耳にシッカリ届いている。

 耀平は閉じていた眼を開けた。その直後、正面モニターに「長方形の黒い画面」が入り込んだ。

 大きさはA3サイズ。横長に表示された黒い画面だ。その中心には小さな青い光点が灯っていた。その光点の傍には文字が表示されていた。


〈NTM01 MURAMASA〉


 青い光は、耀平が乗る軍用ツクモス(ムラマサ)の位置を示していた。他には何も無い。その事実を耀平が直感した瞬間、黒い長方形の端に、複数個の赤い光点が表示された。

 赤い光点の数は、全部で五つ。それぞれの傍にも文字が掛かれていた。


〈Fenrir 01〉〈Fenrir 02〉〈Fenrir 03〉〈Fenrir 04〉〈Fenrir 05〉


 フェンリル。地球軍の主力戦車である。その灰褐色の外観は、従来の戦車と大差無い。しかし、内装は別物だ。最大の相違点は動力だろう。

 フェンリルは電動式であった。その為、走行時は殆ど無音になる。ステルス機能も備わっている為、レーダーにも反応し難い。

 しかし、ツクモス(ムラマサ)のセンサーにはバッチリ捉えられていた。

 これは仮想訓練だから――と、いう訳ではない。実機に於いても、ツクモスのセンサーは同様の効果を発揮する。


 ツクモスのセンサーは、言うなれば「人の触覚を、より鋭敏にしている状態」である。僅かな空気の振動で、対象の位置を完璧に捕捉する。そのトンデモ機能を可能にしているのが、ツクモスに搭載された永久機関「名取エンジン」だ。


 名取エンジンは、それ一個で無限の電力を供給する。その恩恵を存分に受けたムラマサのセンサーが、フェンリルの優位性を無効化した。

 尤も、それで数の優位性まで覆る訳ではない。


 敵は五台。個別に動く五門の主砲を持っている。

 対して、ムラマサは一人。武器は両手に構えた二丁のライフルだけ。


 フェンリルは、数の優位を存分に発揮すべく、散開してムラマサを包囲し始めていた。その様子は、A3サイズの黒いモニター(索敵画面)にバッチリ表示されていた。


 こいつら――意外に速い。


 耀平の視界の中で、赤い光点が糸を引きながら動き回っている。

 フェンリルは、電動式ではありながら、最高速度は驚異の時速百キロ。その超高速の脚を如何なく発揮して、ムラマサを扇状に包囲した。


 彼我の距離――凡そ二キロメートル。それぞれ等間隔に並んだところで、一斉に砲撃を始めた。その殺意漲る集中砲火の中、ムラマサに乗った耀平は――


「ど、れ、に、し、よ、う、か、な?」


 呑気に鼻歌を歌いながら、両手と両足を忙しなく動かしていた。その動きに合わせて、黒い鎧武者ムラマサは右へ左へと飛び跳ねた。直撃は避けている。

 しかし、着弾直後に大爆発が起こっていた。


 戦車の砲弾は、どれも爆弾付きの榴弾であった。


 榴弾の爆発は、ツクモスに使われている装甲板を容易に貫く威力が有った。

 そもそも、ツクモスの装甲は意外に薄い。殆どの部分は二ミリから三ミリ。最も分厚いとされるコックピットブロックでも五ミリ程度。戦車の装甲にも及ばない。破片だけでも致命傷になりかねないのだ。

 その事実は学園の授業でも伝えられている。耀平も良く心得ている。

 しかし、耀平は破片を避けようしない。それどころか態と受けていた。


 ムラマサは、雨霰と襲い掛かる榴弾の破片を存分に浴びた。

 耀平の視界は、榴弾が巻き起こした爆炎で防がた。


 何も見えないな。まあ、別に良いけど。


 耀平はムラマサを操作しながら、索敵画面だけを見詰めていた。そ粉に表示された赤い光点は、全て等間隔に並んでいる。


 手近なところから――潰すか。


 耀平は、一つの赤い光点に意識を集中した。それは、五台の内のど真ん中だ。

 決断した瞬間、耀平は動いた。


 耀平は、右足下に設置された前進用ペダルを踏み込んだ。すると、ムラマサが腿を振り上げて駆けた。

 ゴキブリと錯覚するような素早い足の動きである。シャカシャカと音を立てながら爆炎の中を突き抜けていく。

 ゴキブリを巨大化したかのような超高速。「あっ」と言う間に爆炎を突き抜けた。それと同時に、ムラマサの姿が日の許に晒された。


 榴弾を被った黒い鎧は、全くの無傷。その事実を、耀平は直感していた。その理由も理解していた。

 ムラマサを榴弾の放火から守ったもの。それを示す名称が、耀平の脳内に閃いていた。


 ツクモスの「IN領域(アイエヌ・レンジ)」は、核兵器の爆発さえも無効化するからな。


 IN領域。正式名称は「衝撃無効化領域(Impact Neutralization Range)」という。その正体を簡潔に言うならば、「名取エンジンが発生する特殊な電磁場」である。しかしながら、その名称は言い得て妙だ。


 電磁場の影響が強い範囲では、あらゆる衝撃が無効化する。当然ながら、名取エンジンから離れるほど効果は弱まる。


 衝撃を完全に無効化できる範囲は、ツクモスを中心に凡そ半径二メートル。その範囲の中では、ツクモスに直接触れることはできても、傷付けたり、破壊したりすることはできない。

 特に、コックピットブロックの守りは厚い。例え軍用ツクモスの武器を以てしても破壊できない。それも当然だ。そう断言できる理由が有った。


 コックピットブロック(巨大黒球)こそが、名取エンジンそのものであった。それを集めた仮想訓練階層はツクモス学園塔の総電力を賄う心臓部であった。

 この名取エンジンを利用した電力供給システムこそが、人類のエネルギー問題を解決し、世界に平和をもたらした救世主であった。

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