第十五話 戦闘準備
硝子張り(実際はセンサー越しの映像)と錯覚する球体に、黒いマッサージチェアに座った中学三年生男子が閉じ込められている。独りぼっちは寂しい。しかし、彼は孤独ではなかった。
男子の右肩には小さな少女が腰掛けている。その小さな少女(小妖精)が、男子に向かって声を上げた。
「そんじゃ、始めるかの?」
小妖精の声は、紛うこと無き少女のそれ。しかし、その口調は年寄りっぽい。それもそのはずで、中身はお爺ちゃんだった。
「うん。耀蔵爺ちゃん、お願いします」
耀平が頼むと、「名取耀蔵の人格を模したサポートコンピュータ」はコクリと頷いた。
「そんじゃ、ムラマサ――起動じゃ」
小妖精――いや、ここは「耀蔵」と呼ぶべきか。
耀蔵が声を上げた瞬間、耀平の正面だけ外の景色が消えた。その現象は、耀平に全周囲モニターの故障を想像させた。
しかし、耀平の顔には笑みが有った。「キラキラ」という擬音が見えるほど輝く瞳に、光り輝く文字が映り込んだ。
〈仮想ツクモス対戦――Push any key〉
黒い画面に表示された文字は、正しく家庭用ゲームのタイトル画面。しかし、その機能は紛れも無く軍事演習用だ。
その事実に関しては、耀平も少しだけ思うところが有った。
遊んでいるみたい――だよな。
ツクモスの画面表示に対して「ふざけている」という声は、昔から上がっていた。だからと言って、改変した事実は、今まで一度も無い。最新型に至るまで、全て「これ」なのだ。その理由(元凶)が、耀平の右肩に乗っていた。
「これ、爺ちゃんの趣味――なんだよね?」
ゲーム仕様にしたのは、名取耀蔵(生前)だった。耀平に指摘された耀蔵(AI)は「えへへ」と可愛らしく笑いながら、右手で頭を掻いた。
「全く」
耀平は苦笑しながら、右手を伸ばして至近に有った操縦桿を握った。
「ぽちっとな」
操縦桿のグリップにはボタンが付いていた。耀平は、それを押し込んだ。すると、画面に新たな文字が映った。それと同時に、腹の突き出た鎧武者の画像が表示された。その足下には機体名が表示されていた。
〈NTM01 MURAMASA〉
耀平の愛機にして、最初に開発された軍用ツクモス。それを見詰める耀平の瞳は潤んでいた。
大好き過ぎる。
耀平は、飼い猫を愛でるように、右手の操縦桿を動かした。すると、ムラマサの画面に映った矢印が移動した。
矢印をムラマサの各部位に当てると、様々なデータが表示された。それらは、当然ながら、全て正常の状態だった。
尤も、これが実機であるならば、全て確認する必要が有る。耀平も正常と分かっていながら確認したい衝動に駆られた。しかし――グッと堪えた。
こんなところで時間を使う訳にはいかない。
時間は有限だ。完全下校の時間になれば、退出を余儀なくされる。その事実を鑑みて、耀平は直ぐ様次項に進もうと考えた。そのタイミングで、耀蔵が声を上げた。
「耀平。武器は何が良いかの?」
武器。耀蔵が声を上げた後、正面モニターに「二つの武器種」が表示された。
〈Guns〉
〈Melee Weapons〉
銃火器と格闘武器。どちらも人間のように「手で使う」ということを想定して造られている。それ以外の兵器は、軍用ツクモスには装備できない。装備したところで操作することができない。何故なのか?
理由は大きく二つ。脳波操縦装置」と、「ツクモスそのものの特性」である。
脳波操縦装置は、その名前の通り人間の脳波に反応するシステムである。人間に備わっていない機能を操作することは不得手なのだ。事故を起こす可能性も有る。
ツクモスは、そもそもが人間を模して造られている。その機構はツクモスの根幹と言えるものだ。人間に備わっていない機能を操作することは不得手なのだ。
ツクモスは「手で扱う武器」しか使えない。その為、フルアーマー装備のような男の浪漫ができない。誠に遺憾である。
しかしながら、例えフルアーマーができずとも、地球軍最強兵器の座は些かも揺るがない。それを断言できる性能が、ツクモスには備わっていた。
その絶対的な優位性を体験すべく、耀平は喜々としながら武器選択に着手した。それに要した時間は――僅か五秒。
「今日のところは――いつものやつで」
いつものやつ。ここでも耀平の定番メニューが有った。
名取耀平のお気に入り武器。
銃火器は「アサルトライフル」と「大口径ライフル」。
格闘武器は「打刀」。
アサルトライフルは、最初期から存在している標準型。単発の威力も高く、近代戦車の正面装甲をも簡単に貫く。連射機能も備わっているので汎用性も高い。
大口径ライフルは、第二世代型開発時に造られた威力特化型。連射機能は無いものの、単発の威力はアサルトライフルの凡そ二倍。こちらが戦車に当たれば、木っ端微塵に粉砕する。
打刀は――まあ、うん。名称通りの格闘武器としか言いようがない。ツクモスの大きさに合わせて造られているだけの代物だ。耀平が選んだ三つの中では、一番攻撃力が低いと思える。しかし、耀平はそれを選んだ。選ばざるを得ない理由が有ったからだ。
対ツクモス戦に於いて、格闘武器は最強の武器種なのだ。「特攻」といっても良い。
事実として、耀平の幼馴染である劉雨淋は格闘武器だけで最強戦を連覇している、何故なのか?
格闘武器有用の理由。それは――戦闘が始まれば、目に見えて分かるだろう。
耀平は、右手にアサルトライフル、左手に大口径ライフルを装備した。打刀は腰の背面に付いている爪型ハンガーに、物差し竿の如く差し掛けた。
これで、ムラマサの戦闘準備は完了した。
「次は――」
「場所、じゃの」
耀蔵が「場所」と告げた途端、正面モニターからムラマサと武器の画像が消えた。それと入れ替わるように、耀蔵が言うところの場所と思しき映像が、モニターを四分割して表示された。
市街地、森林地帯、湿地帯、荒野。
それぞれの特徴は多種多様。しかし、大きく一つ共通している要素がった。
全て無人。他の生き物もいない。それらは必要無かった。それが有ったら、耀平は困るだろう。表示された場所は全て戦場(演習場)だからだ。
どこで戦おうかな?
耀平は、ジッと映像を見詰めながら、脳内で戦闘の様子を想像していた。そのどれもが面白そうと思えていた。
全部試したい。
強欲な発想だ。それが浮かんだ瞬間、耀平の顔に邪悪な笑みが浮かんだ。全力で実行する気満々だ。しかし、それを完遂することは時間が許さなかった。
完全下校までに、できるだけ多くの戦場で。早めに終わりそうな場所から――
耀平の視線は、黄土色の異世界に吸い寄せられた。
「耀蔵爺ちゃん、荒野で」
「よしきた」
耀蔵が返事をした途端、耀平を囲む周囲の光景が変化した。それを直感した瞬間、耀平は荒野のど真ん中にいた。それも、黒いマッサージチェアに座ったまま、二メートルほど浮き上がった状態で。




