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有魂機人ツクモス The Comrades  作者: 霜月立冬


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第十二話 希望の星

 M1クラスの教壇に、年若い女性講師が立った。その背後に展開された正面モニターに、様々な文字が羅列した。それらは、基本的には英語だ。しかし、所々様々な地域(地区)の言語が混じっている。

 他地区籍の生徒が多い故、配慮も万全だ。しかも、モニターの内容は、全生徒(八名)のタブレットにも表示されていた。

 耀平(ヨウヘイ)も、他の生徒達も、講師の話で有用と思える情報だけタブレットに書きこんでいる。


 今日の授業は全部で六コマ。午前中は義務教育課程。午後はツクモス操縦者専門課程となっている。

 八名の生徒達は休憩する間も惜しみ、殺意を覚えるほどの熱意を以て、授業に没頭していた。それなりに精神力を使う。体力も使う。全ての授業が終わった瞬間、殆どの生徒が机に突っ伏した。

 その中で唯一人、男子生徒が立ち上がった。


 その男子生徒は、黒髪を短く刈り込んでいた。その顔立ちはノッペリとしたモンゴロイド系。体は少し痩せぎす――耀平である。


 耀平もまた、他の生徒同様疲れ果てていた。それでも、耀平は疲れ果てた体に鞭打って、退出の準備をした。左肩に学生鞄を担いで、教室の出入り口を潜った。

 この時、耀平の体は全力で休息を欲していた。今にも倒れそうだ。それを、耀平の心、精神が全力で支えた。


 未だだ。俺には未だやるべきこと、やりたいこと、やらなきゃならないことが有る。


 耀平は鉛化したと錯覚するほど重い体を引き摺りながら、光る通路を南下して最外周の通路に入った。


 塔内最端に位置する円周通路。

 耀平は、通路内を東に向かって移動した。その途中で足を止めて、円心側の壁の前に立った。


 ああ、確か――ここだ。


 耀平は、淡く光る白壁をジッと見詰めていた。

 暫くすると、壁に「職員室(英語)」という文字が浮き上がった。それを視認すると同時に、耀平は声を上げた。


「J3M108、名取耀平です」


 耀平は学籍番号と名前を告げた。すると、目の前の「壁」から機械音声が響き渡った。


「『ご用件』は何ですか?」


 ご用件。当然のことながら、職員室は生徒の教室ではない。生徒が無暗に立ち入って良い場所ではない。耀平も、用が無ければこんなところには来なかった。

 しかし、「今」の耀平には用が有った。


「『仮想訓練室シミュレーション・ルーム』の使用許可を頂きに来ました」


 仮想訓練室。そこでは軍用ツクモスの操縦、及び戦闘の疑似体験ができる。その機能を試したいと思う生徒は存外に多い。ツクモス学園生用アンケートの「使用したい教室」の項目で、不動の一位を誇っている。

 しかしながら、生徒達の希望を叶える訳にはいかない。何故ならば、仮想訓練室は軍事機密そのものなのだ。


 訓練教室で扱っているデータは、その殆どが軍用ツクモスのものだ。その為、生徒が無断で使用できないよう制限されている。授業以外の使用は原則禁止である。通常であれば、耀平も門前払いになっていた。ところが、


「少々お待ちください」


 耀平は待たされた。「今」の耀平は待つことが許されていた。


 今の俺なら――絶対、訓練室の使用許可が下りる。


 耀平は、疲労で崩れ掛けた体を必死に支えながら、職員室(壁)からの反応を待った。数十秒経ったところで、壁から機械音声が響き渡った。


「中にお入りください」



 耀平の前の壁に長方形型の筋が奔った。それが真横にスライドして「穴」が現れた。


「失礼します」


 耀平は穴を潜って中に入った。すると、耀平の視界に真っ白な空間が映った。

 そこは、M1教室の倍以上も有る白亜の大広間だった。その白い床に白い事務机が、整然と並んでいる。


 それぞれの机には、二十代から五十代と思しき教職員の姿が有った。

 それぞれの机上には、ホログラムのディスプレイが浮かんでいた。

 それぞれの教職員達は、机上の画面を睨み付けている。しかし、「見ているだけ」という訳ではなかった。


 或る者は、机上にキーボードを置いて、それを超高速で叩いている。

 或る者は、ディスプレイに直接触れながら、その表示内容を変化させている。

 或る者は、ディスプレイを見ながら、悠々とコーヒーを啜っていた。


 教職員達は、それぞれのスタイルで、それぞれの作業に没頭している。耀平が入室した際も、一回だけ顔を上げて一瞥しただけ。直ぐ様自分の作業に戻ってしまった。その素っ気ない反応は、耀平の視界にもしっかり映っていた。


 先生達は、俺のことには関心が無いのかな?


 耀平の喉下まで溜息が込み上げた。それを堪えながら、職員室の奥へと突き進んだ。


 職員室の最奥には一際巨大な事務机が有った。そこには五十代と思しき中年男性の姿が有った。

 男性は、机上にキーボードを置いて、それを忙しなく叩いている。その様子は、耀平の視界にも映っていた。「邪魔しちゃ悪い」とも思った。

 それでも、耀平は男性に向かって声を上げた。


「『教頭』先生」


 教頭。より正確に言えば「中量級ツクモス操縦者育成担当教員団教頭」となる。当然ながら、LクラスとHクラスにも、それぞれ専属の職員団、及び教頭が付いている。

 それぞれに支給される給料も、殆ど同じだ。しかし、それぞれの仕事量には差があった。


 Mクラスの生徒は学園内最多。仕事量もそれなりに増える。それなのに、給料は同じ。しかも、立場的にも一番下位に設定されている。不遇という他ない。

 しかし、Mクラスには「不遇も当然」と言える理由が有った。

 

 一言でいえば「実績」だ。


 学園から「中量級」と命名されて以降、地球軍ツクモス部隊に配属された生徒は一人もいない。近年に於いては「最強戦に出場する生徒がいない」という惨状が続いていた。その為、地球軍の高官や地球国の為政者達から「中量級は無くしてしまっても良いのではないか?」という声が上がり始めている。


 中量、及び関係者は窮地に立っていた。その事実は教職員の共通認識だった。誰もが危機感を持っていた。だからこそ、今も必死に頑張っている。

 しかし、どれだけ教職員が努力しようとも、どれだけ生徒を鍛えようとも、機体性能の壁を越すことはできなかった。少なくとも、今年までは。

 しかし、今年は違う。ここに一人、唯一人だけ壁を突破した生徒がいた。


 その生徒の名は、名取耀平。


 中量級の教職員は、誰もが彼に期待している。しかし、件の生徒」が目の前にいるにもかかわらず、教頭を除く教職員は無反応のままだ。

 何故なのか? その理由は、全教職員の脳内に閃いていた。


 名取耀平君の邪魔をしてはいけない。


 皆、耀平に余計な気を遣わせないよう、態と素っ気ない態度を取っていたのだ。

 このとき、栓教職員の目は潤み切っていた。中には涙を零す者もいた。それを耀平に毛気取られないよう、必死に隠していた。

 誰も彼もが、耀平に興味津々だった。その気持ちを抑えて、必死に仕事に打ち込んでいる。いや、打ち込む振りを続けている。

 教職員の統率者である教頭もまた、皆と同じ想いを抱えながら、必死に自制していた。


「ああ、うん。君か――」


 教頭は、さも興味なさげに素っ気ない返事をした。しかし、内心では――


 ああ、耀平君。よくぞ参られた、我が英雄、我らの救世主よ。


 耀平を神格化して、全力で崇拝している。その想いを必死に堪えながら、努めて平静を装って、


「仮想訓練室の使用許可――だったかな?」


 教頭は、態と面倒臭げな態度を取って、耀平に用件の確認をした。すると、


「お願いします」


 耀平は思い切り頭を下げた。その瞬間、耀平の視界から教頭の顔が外れた。

 このとき、教頭の厳めしい顔に複雑な表情が浮かんでいた。


 頭を下げたいのは、こちらの方なのだが。


 教頭は、心中で耀平に詫びた。しかし、その想いを伝える訳にはいかなかった。


「どうぞ」


 教頭は、素っ気ない物言いでアッサリ許可した。その行為は、通常であれば「懲戒免職」を言い渡されている。

 しかし、「今」の耀平には許された。

 その理由は、教頭を含めた教職員が期待するものと同一だった。

 その内容は、地球国の学習指導要領にも、地球軍の軍規にも明記されていた。


「最強戦出場選手は当該大会終了までの間、仮想訓練室を使用できる」


 耀平は「今の自分に与えられた権利」を最大限活用するつもりだった。

 中量級の職員達は、耀平を全力で応援するつもりだった。

 教頭も、想いは皆と同じ。だからこそアッサリ許可した。すると、耀平は頭を上げて、


「有難うございます」


 再び頭を下げて、最敬礼した。その瞬間、耀平の視界から教頭、及びすべての教職員の姿が消えた。

 このとき、教頭を含め、全教職員達が耀平に向かって頭を下げていた。彼らとしては、このまま下げ続けていたいくらいだった。しかし、そういう訳にはいかなかった。

 教職員達が頭を下げたのは一瞬だった。直ぐ様元の作業に戻った。


 耀平が頭を上げたとき、耀平の視界には、いつもの職員室の様子が映っていた。

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