第十一話 Mクラス
耀平は朝食を終えるや否や、直ぐに大衆食堂を後にした。
ああ、最悪な目に遭った。
食堂街に軒を連ねる世界中の名店(支店)の窓に映る耀平の顔は、思い切り振きげんに歪んでいた。
耀平は仏頂面のまま、来た道を辿りって学園塔中央エレベーターに乗り込んだ。その際、機械音声に移動先を尋ねられた。その質問に、耀平は即答した。
「J3の――『Mクラス』階」
Mクラス。それは俗称だ。正確には「中量級ツクモス操縦者育成教室」である。尤も、「中量級」という分類は後付けのものだ。
中量級に該当する機体は、第一世代型と第二世代型だけ。要するに、第三世代型より前の機体である。嫌味な言い方をすれば「旧式」だ。
旧式であるが故に、中量級ツクモスの憑依率は一般の基準と殆ど同じだ。当然ながら適格者も多い。ツクモス学園党内では最大規模と言える。
各学年の平均的な教室数は十五個ほど。中等部三年生の場合も同様だ。
因みに第三世代型の教室数は、Lクラス(軽量級)、Hクラス(重量級)共に五個程度。
中等部三年生は最多で、Lクラスは六組。Hクラスは七組である。
Mと他クラスとでは、教室数が倍以上も違う。それでも、宛がわれた階層は、他のクラス同様一つずつ。その事実は、Mクラスに所属する生徒の心に暗い影を落としていた。
俺達は、期待されていないんだろうな。
第三世代型が主力となって以降、旧式の肩身は狭まるばかり。中でも最も窮屈な想いをしている生徒が耀平だった。
上昇するエレベーターの中で、耀平は虚空を見詰めながら「大衆食堂の出来事」を想起していた。
皆が拘る「憑依率」って――そんなに大事なものか?
憑依率。脳波操縦装置を起動、運用する為に必要な才能。Mクラスに所属する生徒は、逆立ちしても第三世代型は扱えない。機体の性能差は、そのまま成績に反映される。
しかし、そのハンデを克服した実例が一人いた。
俺の操縦技術は、脳波操縦を超えているって思うんだけど。
耀平は上位十六名に食い込むことができた。そこまで粘れる胆力が、耀平には有った。それを強力に支えている言葉が、耀平の口から零れ出た。
「ムラマサを大事にしていれば――俺にも聞こえるよね? 耀蔵爺ちゃんが教えてくれた『ツクモスの声』が」
ツクモスの声。それは、今は亡き曾祖父の遺言である。その言葉を告げた際、耀平は「肩から下げた学生鞄」を見た。まるで「そこに曾祖父がいる」といように、優しい眼差しで見詰めていた。すると、不思議なことが起こった。
耀平の視線の先で学生鞄が僅かに震えていた。その反応は、視覚だけでなく、触覚を伴って、耀平に伝わっていた。
耀平の顔に、満面の笑みが浮かんだ。
「耀蔵爺ちゃん――」
耀平は曾祖父の名前を告げた。そのタイミングで、正面の壁に筋が奔った。それと同時に、エレベーター内に機械音声が響き渡った。
「七十階、中量級ツクモス操縦者育成教室区画に到着しました」
到着と同時に、耀平の目の前の壁に出口が現れた。それを直感した瞬間、耀平は外へと飛び出していた。
ここから先は――戦場かな。
耀平は緩んだ顔を引き締めて、光る通路の中を突き進んだ。
Mクラスの通路は、中央エレベーターホールを起点に、東西南北「十字」に伸びている。その大道の途中には、幾つかの隘路が有った。それらは様々な教室に繋がっている。
しかし、耀平は隘路には入らなかった。
耀平は北側に伸びる大道を突き進んだ。その途中でピタリと止まり、続け様に踵を返して東側の壁の方を向いた。
すると、耀平と向かい合う壁に、大きく「M1」という文字が浮かび上がった。
M1。その名の通り、中量級のトップクラスである。耀平が「M1」の表示の前に立っていると、天井から機械音声が降ってきた。
「学籍番号と名前をお答えください」
「J3M108、名取燿平」
耀平が答えると、正面の壁に筋が奔った。それ目を起点に、「M1」と書かれた壁が静かにスライドした。その事実を直感するや否や、耀平は長方形型の穴を潜って中に入った。
すると、耀平の視界に、淡い光を放つ白い空間が飛び込んできた。
白亜の長方形。その箱(教室)の中は、最大五十人の生徒を収容できる。しかし、その広さに比して、生徒の数は余りに少なかった。
中にいる生徒は、耀平を除いて七名。彼らは全員、最前列の席に着いている。後ろはガラ空きだ。
始業開始まで、後三分を切った。しかし、教室の空きスペースは埋まらない。他の生徒がやってくる気配も無い。
耀平が最後だった。そう、M1の生徒は全部で八名しかいない。
因みに、出席番号はファーストネームの頭文字順である。耀平は「Y」なので、最後になっていた。
五十人が入る教室に、たった八人。当然のように席は余る。どこでも好きな席を選びたい放題だ。
しかしながら、ここはトップクラス。生徒は皆、学習意欲が高い。希望する席となれば「最前列」一択だ。
だからこそ、我先にと最前列を埋める。耀平は「大衆食堂の出来事」が有った為、出遅れてしまった。
後ろに座るしかないか。
耀平は二列目、真ん中の席に座った。すると、前の生徒が振り向いた。
黒い髪、コーカソイドと思しき目鼻立ちのハッキリした、中々の美少年だ。彼は耀平を見詰めながら、口を開いて声を上げた。
「ナマステ」
ヒンドゥー語の挨拶だ。それに対して、耀平も「ナマステ」と返した。
挨拶は大事。トップクラスの生徒は礼儀も弁えている。しかし、今は始業前。互いに交わす言葉は挨拶だけだ。
挨拶した生徒は、直ぐに前を向いた。耀平も教壇に視線を向けた。この場にいる生徒全員が、地球軍ツクモス部隊への配属を諦めていなかった。
例え中等部で叶わずとも、未だ先(高等部)が有る。
耀平を含めた全生徒の体から、可視化できるほどのヤル気の炎が吹き上がっていた。それが天井に届いたところで、始業を知らせるチャイムの音が鳴り響いた。
さあ、戦闘開始。
全生徒の目が血走った。それこそ、敵を前にした狂戦士と錯覚するほど、真剣に、必死に、殺意を漲らせながら授業に挑むのだった。




