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海ほたるでの休憩が終わった後も、天気は今一つ優れなかった。雨こそ降ってはいないが、空には青が見えない。うっすらと雲の向こうに太陽が見えている。

「もうちょっと晴れるといいね」

 休憩からバスに戻ってくるお客様が話している。全員の乗車を確認した後、バスは潮干狩り会場へと再出発した。

「皆様、海ほたるはいかがだったでしょうか?バスはこれから一時間ほどで潮干狩り会場に到着いたします。何かございましたらお申し付けください」

 海ほたるを出発して千葉県に上陸した。ふとこれから向かう潮干狩り会場の方角に目をやると、晴れ間があるではないか! 海から吹き込むやや強めの風が雲を押しのけているのだろうか。

「向こう、晴れてそうですね」

 近くにいた参加者に話しかけると、わぁ、という感嘆の声を合図に、車内に浮足立つ空気が漂い始めた。拍手をする者までいる。

 あと五分ほどで本日の拠点となる海の家に到着というところで、大渋滞が起きていた。さすがゴールデンウィーク。自家用車の駐車場が既に満車で、空くのを待つ車が列を成していたのだ。もちろん、我らが観光バス三台は、事前に駐車場を確保しているので駐車場の心配は無いのだが、その列から駐車場に入るまでは一本道で道幅も狭い。並んでいる車が片側に寄ってくれれば何とか追い抜いて駐車場に入ることはできそうだが、現時点では二〇台以上が並んでおり、それもできない。立ち往生してしまった。

 ここまで順調にタイムスケジュール通りに進み、挨拶も自分でもうまくできたと思う。さらに、天候まで味方してくれている。そんな時に起きた思いもよらないところでのアクシデントに川原はあたふたしていた。

 二号車の吉田がバスを降りて一号車までやってきた。

「参りましたね、この渋滞。木更津に入った時に、あと三〇分で伺います、って海の家に連絡しちゃいましたよ。このままだと1時間押し以上になっちゃいますよね。海の家も融通を利かせてくれますかね? 」

 知らないところで吉田がフォローしてくれていたことに感謝し、三号車のガイドさんが輪に入ったところで対応策の協議を始めた。

「このまま待っていても埒が明かないですよね。一号車が通れるスペースを作れれば一番良いんですけど、迂回するにも三号車もバックできない状態だし。」

 吉田の頭の中ではある程度答えが決まっているような話しぶりだった。

「三号車にはトイレを我慢している方もいらっしゃいました。先ほど降りて林の方へ走って行かれましたけど、女性のお客様の場合、なかなかそうはいきませんものね」

 初添乗の若造とはいえ、本社勤務の川原に決定権が渡されたようだ。

「ここから海の家までは徒歩何分くらいですか? 」

「大体一〇分~一五分くらいですね」

 吉田が即答すると三号車のガイドさんも頷いた。

「歩きましょうか。お客様に事情を話して、貴重品と潮干狩りをする最小限の荷物だけ持って海の家に行きましょう。海の家へは、連絡を入れて頂いた吉田さんが先導して手続きをしてください。私達二人は、先頭から順に二~三台分動いたら事情を話して左に寄せてもらうようにお願いしていきましょう。」

 川原が二人の顔を交互に見ながら伝えると、「それでいきましょう」と各号車へ戻っていった。

 お客様の大移動はそれから一〇分後に実行された。潮干狩りということもあって、小さい子どもも多いツアーだ。止まっている車とはいえ、すぐ傍を歩いていくのだから危険が伴う。

「車に気を付けて歩いてね」

 声を掛けると「はーい」と元気よく返事が返ってくる。

 二号車、三号車のお客様が吉田を先頭に一号車まで到着したのを確認して、一号車のお客様が降車し、吉田に先導されて歩いて行った。私と三号車のガイドさんも、列の中間地点や最後尾に付いて渋滞の先頭へ向かった。

 もうこの時には雲はどこかに吹き飛んでいて、突き抜けたような五月晴れだった。気温も上がってきている。川原は着ていたスーツの上着を脱いで手に持ち、渋滞先頭の車から順にお願いをして回った。

 意外にも快く受け入れてくれる車が多く、三〇分ほどでバスは駐車場に辿り着くことができた。お客様たちはちょうど準備を済ませ、たくさんのバケツに期待を詰め込んで砂浜へと向かうところだった。

「いやぁ、一段落ですね」

 吉田は缶コーヒーを開け、大きく一口飲むと煙草に火をつけ、美味そうに煙を吐いた。

「川原さんは吸われないんですか? 」

「吸いたくてうずうずしていました」

 照れくさそうに煙草を取り出した川原は、今日一本目の煙草に火をつけ、煙を吸い込む。ネクタイを少し緩めながら、緊張と疲れをこそぎ取ってくれた煙を天井に向かって吐いた。

 しばし雑談を交わすと立ち上がった吉田は、

「お弁当の手配の確認をしてきますね」

とバスへと歩いて行った。

「頼もしい後輩だなぁ。いや、先輩か」

 最期の一吸いをして煙草を消すと、川原は店先に座って潮干狩りの様子を眺めていた。海の家には客は川原しかおらず、必然的に荷物番を勤めなければならない。煙草を吸ったり、寝転んだり、ぼんやりと海を眺めているうちに吉田が両手にお弁当の袋を持って帰ってきた。

「お弁当が届きました。思ったより早い配達でした」

 一緒に運んできていたガイドさんに荷物番をお願いし、川原も弁当の搬入のために往復を繰り返した。煙で癒された身体に汗と疲れが戻ってきた。が、川原には心地よい疲れになりそうな予感がしていた。



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