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ゴールデンウィーク初日の早朝の東京駅。待ち合わせのバスターミナルに到着すると、既に何人かのバスガイドさんと運転士さんが缶コーヒーを飲みながら談笑していた。
「おはようございます! 川原信弘と申します。今日はよろしくお願いします。いろいろ教えてください! 」
新入社員らしく元気に挨拶した川原は、研修で習ったばかりの名刺の渡し方を思い出しながら、談笑する一人一人に名刺を渡していった。
「川原さん、おはようございます! 今日一日お供する吉田と申します。楽しんでいきましょう! 」
そう言って名刺を交換した吉田は、川原と同じくらいの背格好で、歳は二つ下だという。観光の専門学校を出て、添乗員として働いていた。
川原は、観光事業やバス事業、商事など手広く事業展開している会社に大卒で入社し、今日は研修で配属された観光事業のバス添乗員として、日帰りで木更津での潮干狩りの案内をすることになっている。バスの総台数は三台。各車に三〇人以上が乗っているのだから、およそ一〇〇人の楽しい旅行を演出しなればならないのだ。
「天気がもてばいいですね」
川原はスケジュールチェックをしている吉田に声を掛けた。
「天気予報では雨は降らないはずなんですがね。曇りなのは仕方ないですよ」
朝からどんよりとした雲が空を覆い、行く先々で何かが起こりそうな低い空に、川原は既に逃げ出したい気分で一杯になっていた。
「大丈夫ですよ。天気には勝てませんし、私達は予定通りの段取りを進めるだけですから。川原さんは一号車に乗ってください。私は二号車に乗ります。何かあったらお互い連絡を取り合いましょう」
年下とは言え、二年間の添乗経験のある吉田と携帯電話番号を交換し、川原もスケジュールチェックを進めながら、集合時間まで不明点などを確認した。
「おはようございます。よろしくお願いします」
参加者が続々と受付を済まし、バスに乗り込んでくると、川原の緊張もピークに達しようとしていた。先ほどからトイレが近い。添乗中にトイレに行きたくなったらどうしよう。休憩場所じゃないのに自分のせいでバスを止めることになったら。不安な想像ばかりが浮かんでくる。
「アクシデントの時に大事なのは冷静になること。緊張が激しい時も同じだよ。そんな時は、これまで一番大変だったことを思い出して、それに比べれば大したことない、と気持ちを落ち着かせてみよう」
そんなことを入社したての頃に言われたことを思い出し、一番辛かったことを考えていた。が、それらは既に良い思い出となっていて、全く役に立たないことに川原は今になって気付き、腹を括るしかなかった。
何人かのドタキャンはあったが、参加者が全員揃っていることを各号車で確認し、報告しあう。予定より五分ほど遅れたが、三台のバスは東京駅のバスターミナルを出発した。
「潮干狩りツアーご参加の皆様、おはようございます」
川原は出発早々、マイクを持った。
「私は今回皆様の添乗を致します川原と運転士の高橋と申します。今日一日、皆様のご案内をさせて頂きます。私、本日が初めての添乗でございます。本当に緊張しています。不行きな点もあるかと思いますが、精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します」
月並みな挨拶ではあるが、昨日の晩に考え抜いて暗記してきた成果を発揮した。
「この後バスは首都高速に乗り湾岸道路へ向かいます。湾岸道路川崎浮島ジャンクションよりアクアラインを通り、海ほたるパーキングエリアにて休憩を取ります。休憩後は木更津ジャンクションを経て木更津南インターチェンジで高速道路を降ります。潮干狩り会場まではインターチェンジからおよそ一五分となります。途中、トイレや気分が悪い際には、どうぞお声がけください。何かご質問はありますでしょうか? 」
車内を見渡す。
「お兄さん、何歳ですか? 」
「はい。今年で二四歳になります。今はまだ二三歳です」
「若いねぇ。頑張って」
不意な質問で車内の空気が少し和らいだように感じた。
「それでは到着まで車窓からの眺めとバスの旅をお楽しみください」
一通り最初の難関を乗り越え、一番前の添乗員席に座ると、手にジットリと汗をかいていたことに気づいた。ハンカチで手汗を拭きながら大きく息を吐くと、
「緊張しているねぇ。大丈夫。事故が無きゃ何とかなるよ」
高橋運転士が声を掛けてくれた。良かった、皆良い人ばかりだ。
そう思うのと同時に、事故があったら大変だよ、と一人突っ込む余裕も出てきていた。




