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父と母は秋田県の出身で、市内の病院で出会ったらしい。田舎に里帰りした時に何度かその病院を見かけた。昔も一応大きな病院ではあったらしいが、今では真っ白で瀟洒な建物が、首を左右に振らなければ全体が見渡せないほど連なって田舎町の中心に鎮座している。
その、一応大きかった時の病院で、私は長男として生まれた。三つ上には姉の未沙がいるが、姉もこの病院で生まれている。と言っても、秋田県で暮らしていたわけではなく、当時は埼玉県狭山市で暮らしていたが、出産のために里帰りしていたのだ。そういうわけで、私も姉も出生届は秋田県に提出されていて、本籍は秋田県なのだが、生活は埼玉県なので訛りなど全く無い。父と母、祖父、祖母(祖父と祖母も秋田県出身)が話しているのを聞いていると、友達や先生とは違った言葉だな、と子どもながらに感じていたものだが、おかげで故郷に帰っても方言が聞き取れないということは無かった。むしろ、訛りがうつってしまって、イントネーションがおかしい、と友人に笑われることもあったくらいだ。
母はそうした訛りとかを気にしない、本当に陽気で笑顔の絶えない人だったと思う。幼稚園の運動会でのリレーでは、年中さん、年長さんのクラスごとに全員が走るのだが、当時から足の速かった私は、前を走るお友達を抜き去った。自他ともに認める声の大きい母の「けっぱれ(がんばれ)! けっぱれ! 」という応援が耳に残っている。
小学生に上がる頃だろうか。夏休みに家族四人で故郷の秋田県へ里帰りを兼ねて旅行に行ったことがある。たしか、トヨタのコロナという車で、陸路で休憩を含めて八~九時間の長旅だ。ご先祖様への挨拶や親戚回りなど一通り済ませ、秋田の観光名所を色々廻ったような気がするが、はっきりと脳内映像に残っている場面がある。
周囲は畑や田んぼでカーブなどのほとんどない一本道。中古のコロナが向かう先には雨柱がはっきりと見える。それも猛烈な雨柱だ。初めて見る光景に私は恐怖していた。これからその雨柱に突っ込んで行こうとしているのだから。そんな感情を読み取ったのか、母がふいに、
「すんごい雨だこと。でもオライの頭の上さは雨は降らね」
どこから来る自信なのか分からないが、さっきまで感じていた恐怖の半分は、母の言うことが本当かどうか試してみたい気持ちに替わっていた。コロナ号はそのまま雨柱の方向へ突き進んでいる。外には強い横風が吹いているようで、コロナ号は度々横に揺さ振られるのを、父がギュッとハンドルを握って抵抗している。恐らくこの辺りが雨柱だろう、というところに突入した。が、雨が降っていない。左を見ると十数メートル先に雨柱が見える。
「ほら。降らんべ」
母の自慢気な大きな声が聞こえた。
元々あと少しで道路を抜けようとしていた雨柱を、強く吹いていた横風が後押ししたのだろう。しかし、母がそんなことを予測していたとは到底思えない。もちろん、冗談のつもりで言ってのだと思う。
そんなことを小さい私が考えるわけもなく、正直、凄い、と思った。しばらく姉とはしゃいでいた。
あれから四〇年以上も経った今でも、その記憶が鮮明に残っているということを考えても、康樹少年にとってかなり衝撃だったのだろう。中古コロナ号の走行音、風の音、母の笑い声。その後も何度も秋田へ車で行ったが、この時の記憶ほど鮮明に覚えていることは無い。




