侍ムサマネの自動生成ダンジョン奮闘記
「ここがちょっと不思議なダンジョンか……? 噂では入るたびに地形が変わったり、落ちているアイテムが変わったりする1兆回遊べるダンジョン! まさに俺が求めていた場所だ!」
洞窟の前で意気込むのは侍のムサマネ。レベル72だ。かつて4人でパーティーを組んでいたが、方向性の違いから追い出され、ソロでも攻略可能な自動生成ダンジョンを探していた。
「いくぞ!」
ついにこのダンジョンを見つけ意気揚々と入口に入る39歳のオヤジ。将来の夢はプロゲーマー。
入口に入ると女性の声らしきものが響く。
『自動生成開始 レベルは1に戻されます』
「ん? 空耳か? え、行き止まりじゃねえか……お、おい! あ、レベルが下がってる!」
入るとすぐ目の前に大きな壁がある。中央に縦に割れ目が。すると、
ゴウン……ゴウン……
激しい音と共に左右に開く。目の前に現れたのはテレビで見慣れた光景。ただ、それはダンジョン内で見る事は稀。ムサマネは動揺が隠せない。
「……うわ、畳敷き?」
刀を握りながら成行きを見守る。
「え? ここ、自動生成ダンジョンだよな? 寄席小屋みたいじゃねえか!」
寄席小屋の幕が閉まっている状態の光景が広がる。そしてまた声が響く。
『上をご覧ください』
「上? 何が? てか誰?」
『天の声です』
「そうか、よろしくな。で、上? うわ!」
天井を見ると、ぼんやり文字が浮かび上がる。
【第一演目:ゴブリン七兄弟の晩ごはん】
※ルール:落語で笑わせる。戦闘行為は禁止。2回失敗すると天井から???落としの罰あり。成功報酬:レベル5上昇
「戦闘禁止? 名刀マサムネの使用が禁止か……」
すると自動で幕が上に開く。現れたのは、どこからどう見ても疲れ果てたゴブリンの大家族だった。
どの顔にも笑顔はなく、七匹の子ゴブはひたすら
『腹が減った』
の一点張り。空っぽの鍋を囲んで、全員がどよ〜んとした空気をまき散らしていた。
「こりゃあ難易度高いねぇ……餌をやるのはいいのか?」
『笑わせることがルールです』
「勝手な事は出来ねえってか。じゃあまずはこれで行ってみるか……」
ムサマネは袋から、猫のぬいぐるみを取り出し落語を開始する。
「あたくし、犬の落語家、犬犬亭犬犬でございやす。好きな物はまたたびとチュールでございます。
得意技は犬かきにお手、そして生類憐みの令の発令でございます」
いや、がっつり猫だが、まあこれは猫なのに犬だ! と言い張るネタなのだろう。
すると?
「ぐw」
母ゴブが笑いをこらえている。
「お、ウケた? 合格だ!」
するとその声に子ゴブが睨む。
てんてんてんてんてーん。
そして失敗を表現する情けない音楽が響いたあと、天の声が響く。
『1回目失敗です。残り1回で罰が下ります』
「やばい、空気を崩してしまったか? 余計な事は言うもんじゃないな。あと1回……うーん、そういえばこいつら腹減ってるんだ。それに対しまたたびやチュール言うのは御法度か? (家族だしその部分を生かしたネタを考えるぞ)これでどうだ?」
襟を正して一礼すると、改まって畳の真ん中に座り咳ばらいを一つ、そして語りはじめた。
「では、家族にまつわる噺を一つ……」
パチパチ
子ゴブが拍手をしている。
「ある日のことでございやす。道を歩いてたら、オークの七人家族とすれ違いまして……。
どの顔もそっくりで、誰が誰やら分からない。そこでね、一番大きく逞しいオークに声かけたんですよ。
『あんた、強そうだな! 長男オークか?』
って。そしたらこう言いやした。
『いえ、わたし、オークさん (奥さん)』
ですってね」
動物の世界ではメスの方が大きい場合がある。カマキリや鷹、フクロウもオスよりメスの方が大きい。オークの世界でもそんな感じなのだろうか?
「…………」
「…………」
「やば、失敗か?」
静寂。ムサマネの表情が引きつる。その瞬間、天井がガタガタと音を立てた。
「わああっ?」
球体らしきものを全てを避ける。落ちてきたのは……
「……スイカ? なぜ?」
熟したスイカだった。ヒビの入った天井から、さらに数個。
ムサマネが目を輝かせた。
「……これは! スイカが沢山降ってくる……つまり連続でスイカだ。そうだよ! 連続でスイカを言うと、いつのまにかイカスになる! まさか! これ、イカスネタだということだったのか?」
天の声が響く
『違いますよ。これが罰です』
「やっぱりね」
『本日の挑戦は失敗です。そこに落ちているスイカを完食し、また明日再挑戦して下さい』
「スイカは好物だがちと食いきれん。持ち帰ってもいいか?」(スイカがこんなに……罰ゲームでこれ? いい洞窟だ。また来るぜ)
『はい』
10個ほどのスイカをスイカケースにしまい、宿へと戻るムサマネ……ちょっと待て、スイカケースとは何だ? か? それはスイカを入れる専用の箱だ。それ以外を入れると破裂するので注意が必要だ。
「よし! あの迷宮の対策案を練るか。スイカでも食いながら」
しゃりしゃり
「うまい、イカス味だ!」
ーーーーー翌日ーーーーー
「さあ次はどんなシチュエーションだ?」
『生成開始、レベル1に下がります』
「さあこい」
ゴウン……ゴウン……カチリ。
お次の舞台は……平原だ。洞窟の中でそよ風まで吹いている。そして、そこにはスライムが一匹。
「ぷるん」
【第一演目:分裂するスライム】
※ルール:落語で笑わせる。とどめを刺さなければ分裂する。戦闘可。2回失敗すると基礎ステータスランダム変化の罰あり。
成功報酬:ランダムで3種類のステータスが上昇。
「なんと! 戦闘可能なのか? そして分裂か……では……小遊三流抜刀術……静!」
刀に手を近づけると瞬く間に抜き放ち、技は放たれる。一般人が見たら、ただ鞘から刀を5センチほど抜いてすぐに納刀した動作にしか見えず、音もない。
だが実際には斬撃はスライムに向かって放たれており、音速を超えている。斬撃に少し遅れ、巻き起こるは風の刃。
一の斬撃で真っ二つに割れたスライム、更に追随する風は裂けた欠片を狙って這うように、執拗にまとわりつく。
まるでそれは意志を持ち捕食するために獲物に巻き付く蛇の如く、四方八方から喰らいつき、やがて残滓すら切り刻む。
斬! 4匹、斬! 8匹、斬! 16匹、斬! 32匹、斬! 64匹……風の刃は一つの個体を切り刻み続け、大量のスライム片を作り出す。
「静は……静かなること林のごとく、誰も見えぬ神速の刃。音を置き去りにし、風だけが、後に通る。既に、貴様は、切れて、いる!」
分裂させるにつれ風は弱まり、いずれ消滅。
「これだけ増やせば笑う個体もいるはずだ」
観客を増やし笑う可能性を増やしたのか。だが、元の個体と笑いのツボも同じ気もするが、ムサマネはそこには気づいていないようだな。そして破片は小さいスライムの形に変化していく。64匹のミニスライムが生まれた。
「えー、では落語を一つ」
「ぷるぷる」
64匹のスライムがムサマネに注目する。
「あたしゃスライムの母、スラムダンクだよ。64匹の子供がいて楽しいけれど色々大変なんだよ」
「ぷるぷる! ぷるるん」
ミニスライム、特に赤色の女の子のスライムが共感の声を上げている。今回は掴みは上々なのかもしれない。しかし、一個体から別の性別が生まれた理由は分からぬ。だが、スライムはそういうものだと解釈して欲しい。
「どんな苦労かって? 一番は食べ物さ。私たちスライムは酢とライムが好物なんだよ。でもね、最近の物価高騰でなかなか全員分が揃えられなくてねえ」
「ぷるぷるw」
お、笑っている……ように見える。
「でね? 岩場死ゲル総理にね、お願いしたんだよ。同じゲル状生物のよしみで、酢とライムをもっと安くしてくれよ! ってね」
「ぷる!」
「そしたらなんて言ったと思う?」
「やすくぷるー (するー)」
「おやおやお客さんが値下げしてくれるって? こりゃ希望に満ちた答えだよぉ? でも残念、現実は厳しい! 総理はこういったんだ。
『やだ、死ゲル、上ゲル』
だってさ、まだ上げ足りないってことなんだよ。そう、
『よし、死ゲル、下ゲル』
とも言おうと思えば言えんだよ? でも、上ゲルしか言えないんだよ? あの総理は常に上を見ているってえことかもなあ、こりゃ向上心の塊だよなあ。一生ついていきたくなるねえ」
「いやぷるー」
「死ゲル死ぷるー」
「でさ、あたしゃこう言い返したんだ! そんなこと言ってたらスライスするよ! ってさあ」
「……?」
「ぷるん……?」
「あ、これはね、スライムがムスっとしたから→スライムス→スライスってね。面白いでしょ?」
「ぷるるるww」
「ざまあぷるwwww」
64匹全員のツボに入ったようだ。しかし気になる点が。ムサマネは今、ネタを一から解説していなかったか? ……そう、今こいつはスライスを言ったあとに、スライム達に笑いが通じていないことを察知したのか? あわてて通じるまで必死かつ丁寧に説明していた。そして最後に面白いでしょ? か……痛々しいな……ムサマネよ、面白いかどうかを客に問う落語家が存在すると思ったか? 最悪だ……生きていて恥ずかしくないのか?
「よし! これは問題なしでクリアだろ!」
恥ずかしくないようだな。
『次のフロアを生成します。全員爆笑ボーナスで全ステータスが1~6のランダム上昇いたします』
「すげえ! よしオール6こい!」
力+5
体力+3
素早さ+4
賢さ+3
運+1
「6上昇が一つもないか……まあ強くなったからいいか」
【第二演目:たっかい位置の宝箱】
※ルール:落語でわらわせる。戦闘行為、つっこみ禁止。ネタを2回失敗すると装備含むアイテムをランダムで没収。
成功報酬:アイテムを強化
「なんだと? 没収かよ……マサムネが取られたら厳しいな。まあチャンスは2回ある。いける!」
今度のフロアは打って変わって洞窟の中。床がきれいに整えられており、模様もある。そして祭壇が中央にあり、そこには宝箱が一つ。
「ちょっと不思議なダンジョンっぽくなって来たな。笑わせると言っていたが……何もないぞ? あれは……」
宝箱に嫌でも目が行く。
「そう言うことか……でも分かっていて開けるびっくり箱に価値があるのか? 果たして……でいっ!」
【宝箱はトラップボックスだった】
箱が開くと、中から牙と長いベロを出した魔物が、箱の奥の空間には鋭い目が光る。
「トラップー」
「んなこと知っとるわ!」
ビシイ!
てんてんてんてんてーん。
『1回目失敗です。残り一回で罰が下ります』
「え? なんでだ?」
『ルールをもう一度ご確認ください』
天井に浮かんだ文字をもう一度よく見てみると……
「戦闘とつっこみが禁止か……見落としていた……くそ……我ながらナイスツッコミと思ってたのによ。あと一回でマサムネを取られちまうかもしれんのか。気を引き締めんと……」
『見落としていてもそれはあなたの責任です。残りは一回です』
「笑わせるって言っても、こいつ噛みついてこようと息巻いてるぞ?」
『逃げながら落語で対応して下さい』
「成程……さっきステータス上昇したよな? で、素早さは4も上がってる。これを生かして逃げまくるぜええ! と、宝箱に関しての噺をひとつう……はあはあ、やべえ、考えがまとまらんぞ……」
カシャン カシャン
「はあっ、はあっ……えー、皆さま! お足元……いや、俺を噛みこうと頑張っている中、お越しいただきありがとうございます! 本日は宝箱の噺を一席! ふうふう」
カシャン! カシャン!
迫るのは噛みついてこようと追いかけるトラップボックス。ムサマネピンチ。
「先日ね、親戚の集まりで甥っ子に
『宝箱って開けたら何が出るの?』
って聞かれまして……
『夢が詰まってるんだよ』
って答えたんです! 色々な良い物が入ってるっていう意味を込めてね。そしたら甥っ子が……うわあ」
ガブッ!
牙が頭をかすめる。
「あぶねえ……俺は今落語中だぜ? 静かに聞けないもんかねえ? 鋼鉄巨人はおとなしく聞いてたもんだぜ? で、
『いらないよ! 返却できる? 別のが欲しい!』
てさ。夢を返すなよ! それ返品不可だよ!」
「ガルルルル!」
トラップボックスが一層スピードを上げてくる。
「でね、なんで返したいの? 返しても宝箱が別の……って新しいアイテムをくれることはないんだぜ? って教えたら
『その宝箱じゃなきゃ嫌! 絶対に! 嫌! 嫌なの!』
「ってっさ……おいおい、甥っ子! 発想が完全にメンヘラ女子じゃねえか! 将来有望だなあ!」
『プッ……』
「え? あ! おい! 今天の声が笑ったぞ! これ合格だろ! わらわせることってルールにあったよな? 天の声だってルールの適応内だろ?」
『いいえ、おならをしただけです』
「おまえさ、一応女の声だろ? 女の子って設定なんだろ? そういうことはやっても言っちゃ駄目じゃん。しただけですって言ってるけどそれって笑ったことをごまかしても、屁をした女って言う事実は残るんだぜ? どうすんだよ? 笑ったことは隠せたにしても大幅に好感度を落とす事になってんぞ!」
『すいません笑いました。で、同時におならもしました。でも笑わせる対象はトラップボックスのみです』
「お前生身の人間なのか……そしてその状況を見ながらアナウンスしているってことか」
『はい、時給400円です』
「やっすwそれにしても笑いと同時に放屁か……器用な奴だ。でも笑った事だけでいいんだ。お前はおならをしていない。そう、笑っただけ。いいな?」
『ポッ』
「あ、この音は? もしかして、俺に惚れちまったか? 俺も罪作りな男だねえ」
『あ、これは、卒業書証の筒のふたを高速で開けた時に響いた音です』
「ズコー」
カシャン カシャン
「やべえ、ずっこけてる場合じゃねえ。逃げなきゃ。いや、逃げながら同時にこいつを笑わせる落語を言わなきゃ……って、どんだけ忙しいんだよ!」
『それ、ツッコミになりますよ』
「やべ、今のはノーカンで頼む」
『はい、あなたはうちのおならをフォローしてくれました。なので今回だけ許します。でも一度だけですよ?』
「ありがてえ。じゃあ続き行くぜえ……って関西の子? うちって言ったぞ?」
『ついうっかり』
「色々可愛いなこの天の声wで、その甥っ子、洞窟から宝箱持ち帰って箱に貼り紙をしたんですよ。
『宝在中』
ってね。で、今もその中で暮らしています。そして彼はこう言われるようになります。
『箱入り息子』
ってね。おあとが、よろしいようで」
トラップボックスの追走が、止まり……
「ププッwww」
トラップボックスが笑い、ベロがだらーんと垂れ下がった。
『ププッwwく、クリアです。ボーナスとしてアイテム強化権を1回進呈します』
「よっしゃああ! ……って、アイテム強化? じゃあこの名刀マサムネを……」
『対象はスイカケースのみです。強化前は10個しか入りませんでしたが、今回の強化により2025個入るようになり、スイカ以外も入れられます。おめでとうございます!』
「やった! これで夏はスイカに困らない! うれしいいいいい(怒)」