季節の移ろいと病の進行
第4話
千駄ヶ谷の庭にも、夏が訪れた。
蝉の声が木々の間から降り注ぎ、日差しは肌を焦がすほどに力強くなった。
総司の療養生活は穏やかに続いたが、季節の移ろいとともに、彼の体は静かに、だが確実に病に蝕まれていった。
咳が出る回数が増え、夜になると熱が上がる日も多くなった。
体は鉛のようにだるく、朝、布団から起き上がることさえ億劫に感じられる時もあった。
それでも、クロは決して総司のそばを離れなかった。
総司が縁側でぼんやりと庭を眺めていると、クロは必ず彼の膝の上で丸くなるか、足元にぴったりと寄り添っていた。
その小さな、けれど確かな温もりが、総司の不安な心を包み込んでくれた。
総司が咳き込むと、クロは心配そうに彼の顔を見上げ、その瞳には深い憂いが宿っているように見えた。
そして、そっと総司の胸元に頭を擦り寄せる。
そのたびに、総司は「大丈夫だよ、クロ」と、自分自身に言い聞かせるように、その柔らかな毛並みを撫でた。
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病が進行し、体は日に日に弱っていく。
それでも、クロが傍らにいると、不思議と心が穏やかだった。
孤独を感じることは一切なかった。
むしろ、クロと過ごす何気ない時間が、総司に「まだ生きていたい」というかすかな希望を抱かせた。
庭の草花が、夏の陽光を浴びて青々と繁る姿を見るたび、総司の心にも、微かながら生命の力が湧いてくるのを感じた。
クロの存在は、総司を「生きる」という方向へ、静かに、しかし力強く導いていく光となっていた。
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植木屋の老夫婦も、総司の体調の変化を敏感に察していた。
彼らは何も言わず、総司が食べやすいように工夫した食事を用意したり、体を拭く手伝いをしたりと、細やかな気遣いを欠かさなかった。
庭に咲いた季節の花を、総司の枕元に飾ってくれることもあった。
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ある夕暮れ時、総司が熱にうなされ、うつらうつらとまどろんでいると、クロが静かに彼の顔を見つめていた。
クロの瞳の奥には、どこか遠い記憶を宿しているような、深い輝きがあった。
それは、総司の脳裏に、かつて共に笑い、共に戦った仲間たちの顔を鮮やかに蘇らせる。
土方、近藤先生、そして――。
「お前は、俺の何をそんなに見ているんだい?」
総司が掠れた声で問うと、クロは小さく「にゃあ」と鳴き、総司の額にそっと顔を擦りつけた。
ひんやりとしたクロの体温が、熱い総司の肌に心地よく、一瞬、現実に戻されたような感覚に包まれる。
クロの不可思議な存在感が、次第に総司の心の中で、確かなものになっていく。
彼は、クロがただの猫ではないことを、もう疑っていなかった。
クロが自分のもとに来たことには、きっと何か大きな意味がある。
それは、自分を生かすことなのか、あるいは何かを伝えることなのか……。
漠然とした疑問が、総司の胸に去来した。
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季節はゆっくりと移り、夏の終わりが近づいていた。
総司の体は、着実に衰えていく。
だが、彼の心には、クロという温かい存在がいた。
クロが傍らにいる限り、総司はどんな困難も乗り越えられるような、不思議な力を感じていた。