手紙のやり取りと募る不安
第3話
千駄ヶ谷の植木屋の庭では、移ろいゆく季節が、穏やかな時を刻んでいた。
クロはすっかり総司の日常に溶け込み、その存在は、乾いた砂に水が染み込むように、総司の心を潤していった。
クロと過ごす何気ない時間が、総司の病による苦痛を忘れさせ、日々に小さな喜びを運んでくる。
総司は、クロの小さな頭を撫でながら、よく昔の話をして聞かせた。
京都での出来事、隊士たちの顔ぶれ、そして、あの人のこと……。
「先生、無事かなぁ?」
総司が庭の片隅で咲き誇る、シャラノキを見つめながら、ぽつりと呟いた。
総司は静かに立ち上がり、足元で身をすくめていたクロに一歩、また一歩と導かれるように歩き出した。
向かう先は、屋敷の隅にひっそりと佇む祠――石仏が祀られ、植木屋の老夫婦が毎朝、水と花を手向ける小さな聖域だった。
祠の前で立ち止まると、クロはそっと総司の足元に身を寄せた。
その毛並みは朝の光をすくい取るように柔らかく、体温がじんわりと肌へ伝わってくる。
そしてクロは、静かに石仏を見上げた。
まるで、何かを――いや、誰かを、祈っているかのように。
その眼差しは静謐で、深く、透明で。
その瞳に映るものを見つめながら、総司の胸の奥で、ずっと張り詰めていたものがほどけていくのを感じた。
「……ここへ連れてきたかったのか」
言葉にはしなかったが、そう理解した。
不安で押し潰されそうだった彼の心に、クロはただ黙って寄り添い、祈りの場所へ導いてくれたのだ。
彼は静かに、石仏の前で手を合わせた。
祈る言葉はただ一つだった。
――先生も、みんなも、どうかご無事でいてください。
風が微かに揺れる音と、クロの喉から鳴る小さなゴロゴロという音だけが、静寂の中に溶けていく。
それは安らぎであり、同時に、どこか懐かしさを呼び覚ます響きだった。
クロという存在は、不思議だった。
言葉も持たず、ただそこにいるだけなのに、彼は総司の心の奥にそっと触れてくる。
まるで、ずっと以前から彼のすべてを知っていたかのように。
まるで、彼が忘れてしまった“何か”を、その瞳の奥に宿しているかのように。
時折、クロの眼差しに宿る微かな影――それは、総司の記憶の奥に霞のように残る、誰かの面影と重なる。
だがまだ、それが誰なのか、彼にはわからない。
けれど、ただの猫ではない。
彼は何かを伝えようとしている。
総司はそう、確信していた。
クロはただそこにいる。
それだけで、心の深いところまで届いてくる。
彼が纏う静けさは、まるで時を超えた何かを抱えているようで――
総司はそのことに、薄々気づいていた。
言葉ではなく、声でもなく。
クロはその存在で、彼の魂に語りかけている。