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……とまぁそんなことがあったのだ。
当然手合わせなんて続けられるわけもなく。けれど帰る家は同じで。
お互いに無言のまま帰路に就いた。
出迎えてくれたディランとマーサは、すぐに私たちの雰囲気が違うことに気づいたらしい。
それからはさっきのような反応をされるようになってしまった、というわけだ。
どうやら二人は以前からジークの気持ちを知っていたらしい。というかこの家で知らなかったのは私だけ。
忙しくしているアンナでさえも知っていると聞いて驚いた。
それにさらに驚くことに、みんながジークの応援をしているという事実。
年頃の娘である私が、恋愛事に全く興味を示さないことを心配していたそうだ。
これを機に何か変わるかもしれない。そう期待して、ジークの応援をしているんだと嬉しそうに言っていた。
そして告白から数日が経った現在。
宣言通り告白された日から、毎日ジークに口説かれてます。
これまで口説かれた経験なんてないから、心臓のドキドキがすごい。
心臓ってこんなにドキドキするものだって初めて知ったよ……
それにジークは二人っきりだろうが、近くにディランやマーサがいようがお構い無し。
恋愛に免疫のない私は、ジークの囁く甘い言葉にノックアウト寸前。
たしかに覚悟してとは言われたけど……こんなのは聞いてない!
◇
それからさらに数日後。
そんな悶々とした気持ちを抱えたまま、アナベルの家に泊まりに行く日がやって来た。
アナベルの家に行くのは夏季休暇以来。
久しぶりで少し緊張してたけど、快く迎えてくれて楽しく過ごすことができた。
そしてあっという間に寝る時間になり、ベッドに寝転がりながらおしゃべりをしている時だった。
「あの、ダリア様」
「なぁに?」
「その……何か悩みごとでもあるのですか?」
……鋭い、鋭いよアナベル。
ついさっきまでまったく違う話で盛り上がっていたというのに。
普通にしてるつもりだったけど、私ってそんなに分かりやすい?
「ど、どうしてそう思ったの?」
「えっと今日のダリア様は時々何かを考えているようでしたので、もしかしたら何かあったのかなと……」
うっ……たしかに思い当たる節はある。
というかここ最近は、気づけばジークのことばかり考えてしまっている。
「私でお力になれることがあったらいつでも言ってくださいね!」
「ベル……」
アナベルはなんて優しい子なんだろう。
……うん、ここは思い切って相談してみようかな。
「……あのね、もしもよ?もしもすごく大切な人から一人の女性としてその……す、好きって言われたらベルはどうする?」
なにこれ。
言葉にするとすごく恥ずかしいんですけど。
恋愛初心者の私には相談すらハードルが高いとは……
で、でもアナベルもきっと私と同じ恋愛初心者だし?きっと同じ目線で何かアドバイスを……
「ジークさんに告白されたんですね」
「えっ!?ど、どうしてそれを!?」
ジークの名前は伏せてたのにどうして分かったの!?
「え?だってジークさんはダリア様のことが好きみたいでしたし……もしかして違いましたか?」
いえ、合ってます。大正解です。
でもアナベルは一度しかジークに会ったことがないのに、その一度で気づいたの?
本当には気づいてなかったのは私だけ……
同じ恋愛初心者だって決めつけてごめんなさい。
「……違わないわ」
「ダリア様はジークさんにどう返事をすればいいのか悩んでるんですね」
「……うん。……その、実はね――」
私はあの日の出来事をアナベルに話した。
まだ恥ずかしさはあったけど、アナベルは茶化すこともなく真剣な表情で最後まで聞いてくれた
「ジークさんすごく素敵ですね」
そうなの。ジークはすごい素敵な人なの。
「でもどうすればいいのかが全然分からなくて……」
頭では分かっているんだけど、これまでずっと家族として過ごしてきたから、どうするのが正解なのか……
「えっと、何もしなくていいんじゃないでしょうか」
「え?」
何もしないってどういうこと?
「あっ!す、すみません。言い方がよくなかったですね」
「えっとベル。それはどういう意味かしら?」
「その、ジークさんはダリア様に時間がほしいと仰ったんですよね?」
そうだ。たしかにそう言っていた。
「ええ」
「それならジークさんに全部おまかせして、ダリア様はその姿を見ているだけでいいと思います」
「それだけでいいの?」
「もちろん最後には答えを出さないといけないと思います。ですがそれはジークさんから答えを求められたら、その時にダリア様の素直な気持ちを伝えればいいのではないでしょうか」
「答えを求められた時……あ」
アナベルの言葉にハッとした。
そういえばジークは時間がほしい
って言っていた。
それなのに私は、今すぐに答えを出さなきゃっていけないって思い込んでて……
焦って悩む必要なんて最初からなかったんだ。
私がするべきことは、ジークとちゃんと向き合うこと。
そしてその時が来たら、誠実に気持ちを伝えればいい。
「……ベルはすごいわね」
アナベルは恋愛初心者なんかじゃない。恋愛上級者だったんだ!
「そ、そんな!私はただ思ったことを図々しく言ってしまっただけで……」
「じゃあ私はその図々しさに感謝しなくちゃね」
「も、もうダリア様ったら!」
「ふふっ、冗談よ。でも感謝しているのは本当よ。だからベル、どうもありがとう」
こんな素敵な友達を得ることができた私は、本当に幸せ者だ。
「……えへへ。ダリア様のお力になれたのでしたらよかったです」
今はまだ答えを求められた時に、どんな答えを返せるかは分からない。
それでも私は私なりに真摯に、誠実にジークと向き合おう。
そう心に誓ったのだった。