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「あの男はずいぶんと愚かな人間に成り下がったな」
現在、私はお祖父様とティータイム中である。
学園や商会の話など他愛のない会話をしていると、いつの間にか話題は私の元家族のものになっていた。
「そうですか?うーん、私には最初からそういう人に見えてましたけど……」
あの男というのは元父のことである。
「そうなのか?」
「だってたとえ本当は間違いであることも、優秀な自分が正しいと思えば、それは正しいことだと思い込んでしまうような人ですよ?」
だからこそ実の娘をいないものとして放置するなんていう、愚行を冒せるのだ。
当主としてはまぁまぁなのかもしれないけど、父親としては最低だ。
「まぁたしかにそうか。あの男のせいでダミアンまで愚かになってしまったしな」
「子どもは親の背中を見て育つと言いますからね」
「だがダミアンは気づくのが遅すぎた。わしはまだ許すつもりはないぞ」
お祖父様にとっては、ダミアンも間違いなく血の繋がった孫。
それでも私への所業は、さすがに簡単には許せるものではないらしい。
たしかにダミアンは私の二つ歳上の十七歳。
あの状況はおかしいと、自分で気づこうと思えば気づけたはずだ。
「ふふっ。そこはお祖父様にお任せしますよ」
許す許さないはお祖父様の自由だ。まぁ私は許さないけど。
「……ダリアはあの二人を許せるか?」
おっと、タイムリーな質問ね。
なんて答えよう。うーん……今さら取り繕う必要もないし、正直に答えるか。
「許す気はこれっぽっちもないです」
「まったくか?」
「ええ。でももう彼らに怒ってはいません」
「ん?それはどういうことだ?」
そりゃそういう反応になるよね。
まだ怒ってるから許さないって言うのなら分かるけど、怒ってないのに許さないって意味が分からないよね。
「お祖父様知ってます?怒るのってすごく疲れるんです。だからやめました。あの二人に無駄な時間と労力なんて使いたくないので」
私は無駄なことが嫌いだ。
それに怒りという、目に見えない感情にいつまでも縛られ続けたくない。
「なるほど……くくくっ、無駄か」
「はい、無駄ですね。それならもっと有意義なことに使わないともったいないでしょう?」
なんてったって私は学生、冒険者、魔道具師、商会長と、四つの顔を使い分けている身。
あ、もちろん全部自分でやると決めてやっていることだから、この生活に不満はないよ?
むしろ楽しいくらいだしね。
でもだからこそあの人たちごときに、大切な感情を割きたくない。
今の私にとって怒りの感情は、ただただ無駄なモノでしかないのだ。




