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「はぁ……帰ろう」
あれから荷物を取りに教室に戻ってきた私だったが、すごく疲れた。
教室には誰もいない。
……うん、もう転移魔法で帰っちゃおう。それでゆっくりお風呂に入るんだ。
そう決めて魔法を発動しようとした。それなのに……
「……会えた」
「え?」
突然聞こえた声に振り向くと、そこには王太子がいた。
「……もしかしたらと思ったが、会えた」
何か独り言を言っているようだけど、ここに何か用事でもあるだろうか。
「えっと……どうかされましたか?」
さすがに無視するのはどうかと思って声をかけたけど、どうか何もないと言ってくれ。
私はもう一刻も早く帰りたいのだ。
「あ……いや、学園に残っている生徒がいないか確認をしていてな」
ああ、生徒会の仕事か。
王太子は生徒会に所属していたはず。
たしか『ハナキミ』でそんな設定を見たことがある。
「そうでしたか。それはお疲れ様です」
「あ、ああ。あなたはもう帰るのか?」
「ええ、ちょうど帰ろうと思っていたところです」
タイミング悪くあなたが来ちゃいましたが……ってあれ?そういえばこの放課後だけで攻略対象全員に会ったんじゃ……まぁそんなこと今ははどうでもいいや。
本当に疲れたから早く休みたい。
「その、ずいぶん顔色が良くないようだが……」
やっぱり?
「何でもありませんのでお気になさらず」
原因は分かっている。感情が昂ったせいで魔力が乱れているのだ。
魔力の多い人間が、激しく感情を揺さぶられると身体に負担がかかるらしい。
ただこれまで経験したことがなかったため、人に指摘されるほどに顔色が悪いとは思わなかったが。
「こんな青い顔して、何でもないわけないだろう!」
なぜこの人が心配そうな顔をしているのだろう。私とは何の関係もないのに。
それにもう帰るだけだし、これくらい大したことじゃない。
「心配してくださってありがとうございます。でも本当に何もないので……」
「……さっき君とあの男が一緒にいるのを見かけた」
……ああ、そういうこと。
いつもの私なら見られていれば気づけたはずなのに。相当感情が昂っていたのね。道理で疲れるわけだ。
「……少し話をしていただけです」
「……そうか、それならいいんだ」
「ええ」
「だがもし何かあれば言ってくれ。私が力になろう」
しかし可笑しな話だ。
悪役令嬢である私が、メインヒーローである王太子に心配されているなんてね。
「まさか王太子殿下が、顔だけしか取り柄のない私を心配してくださるなんて……」
あの日からこの人の中で何かが変わったのかな。
それとも変わったのは私?
「なっ……!い、今はそんなこと思っていないから、忘れてくれると助かるんだが……」
顔を真っ赤にして慌てている。
なぜかその姿を見ていたら笑いが込み上げてきた。
「ふふっ、ふふふ……」
「お、おい」
「ふふ……も、申し訳ございません。なんだかおかしくてつい」
王太子の前で笑える日が来るなんてね。
やっぱり私も変わったみたいだ。
「うっ……か、かわいい」
「?」
何か言ってるみたいだけど……まぁいいか。
だいぶ気分もよくなったことだし帰るとしよう。
「そろそろ帰りますね」
「っ!……もう大丈夫なのか?」
「はい」
「……そうか」
これからも関わりたくないことに変わりはないけど、本気で心配してくれたのは分かる。
それならお礼くらいは言わないとだめだよね。
「王太子殿下」
「……」
「ありがとうございました」
「っ」
「失礼します」
◇
結局魔法は使わず歩いて寮に帰った私は、部屋に入ってすぐベッドに倒れ込んだ。
きっとこの姿をマーサに見られたら怒られるだろう。
でも今ここには私しかいない。それに本気で疲れたのだ。
マーサ、今だけだから許してね?
「はぁ……」
ただ休暇前の雰囲気を楽しもうとしただけなのに、まさか攻略対象全員に会ってしまうとは。
これは偶然?
あの時間帯に全員に会えるなんてまるでイベントみたいだけど……
「……ん?イベント……あっ!」
思い出した!
「そうだよ!好感度アップの重要なイベントだよ!」
たしかこのイベントは、夏季休暇前の放課後に学園内のどこに行くかによって、会える攻略対象が決まっていた。
マティアスなら図書室、フィンメルならサロン、ランドルフなら廊下、ダミアンなら中庭、王太子なら教室……
全部さっき私が行った場所と同じである。
本来ならアナベルと攻略対象の仲が深まる重要イベントだったのに……途中で気づけよ私。
でも肝心のアナベルは準備があるからと、すぐに帰ってしまった。
だから私が代わりにイベントをこなすようなことになっちゃったけど……まぁ大丈夫か。
ダミアン以外とはちょーっと親しくなっちゃったような気はするけど、私は誰のことも恋愛対象として見ていない。
だから問題ない!
そう結論付けて考えるのをやめた。
今は休もう。とりあえず今日は疲れたのだ。
「……お風呂に入ろ」
そう決めた私は、ゆっくりと行動を開始するのだった。




