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しかしどうしてこうも立て続けに攻略対象に会ってしまうのか。不思議だ。
でも今のところマティアスもフィンメルも、私にマイナスの感情を抱いているようには見えなかった。
むしろプラスのような気が……まぁ理由は分からないけど、それならそれでいいか。
断罪される予定はないけれど、それでもここは『ハナキミ』の世界。
何時なんどきなにが起こるか分からない。
だから断罪されないことを裏付ける出来事があると、正直ホッとしている自分がいたりもする。
その辺りの不安はいくら力をつけても、そう簡単になくならないもの。こればかりは仕方がない。
それでも私は自由に生きていくつもりだ。
……さてと。
学園の雰囲気に充てられたのか、はたまた先ほどの演奏の余韻なのか、らしくもなく感傷に浸ってしまったが、次はどこへ向かおう。
気持ちを切り替え、誰もいない廊下を一人歩く。すると
「師匠!」
(ん?)
後ろから謎の呼び声が聞こえてきた。
しかし聞き覚えのある声だなと思い後ろを振り向くと、そこにはランドルフがいた。
「師匠!こんなところでどうしたんだ?」
ここには私しかいないけど……何?師匠って私のことなの?
「えっと、師匠って……?」
「あっ!わ、悪い。ついいつもの癖で……」
え、何?そんなに私のことを師匠って呼んでるの?一体どこでよ。
「癖って……。あの、私はレッド様にそう呼ばれる理由なんて」
「あー、レッド様なんて堅苦しいからさ、俺のことはランドルフって呼んでくれ!」
そう簡単に言うが、この世界で名前を呼ぶのは親しい間柄だけ。
ただ堅苦しいからというだけで気軽に呼んでいいものではない。それに魔法は教えてあげたけど、別に特別親しいわけでもない。
「それはちょっと……」
さっきのマティアスは例外よ?あれは商会に優秀な人材を確保する一環だからであって……
「……ダメか?」
眉を八の字にさせて、シュンとするランドルフ。うっ……か、かわいい……
ランドルフが犬に見えてきた。
知らない間にだいぶ懐かれていたみたいで、さっきまではブンブンと尻尾を振っていたのに、断ろうとしたら目に見えて落ち込んでいる。
かわいそうに……
「よしよし」
「~~っ!な、何を!?」
「……あれ?犬がしゃべって……あ」
やってしまった。
犬みたいと思ったのがいけなかった。
まさか無意識にランドルフの頭を撫でちゃうなんて……
ランドルフは目を見開き、顔を真っ赤にして固まっている。
そりゃそうだ。私だってそんなことされたら驚くに決まっている。
早く謝らないと。
「ご、ごめんなさい!考え事をしていたらつい!」
「い、いや……」
顔が真っ赤だし、これは相当怒ってるかもしれない。
もう何をやっているのか、自分。
前世から人様の犬に勝手に触っちゃダメだって分かっていたのに、なんたる凡ミス。
……ここは逃げるしかない。うん、そうしよう。
「そ、それじゃあ私はこれで」
あまりの居たたまれなさにこの場を去ろうとした。それなのに……
「待ってくれ!」
「え」
ま、また?
一体今日は何回呼び止められるの?
私も止まらなければいいのに、身体が反射的に止まってしまう。
止まったら最後。もう逃げることはできない。
「そ、その……」
「は、はい」
ねぇ、何を言うの?
お願いだからさっきのことには触れないで……
「俺がもっと強くなれたら……そしたらまたさっきみたいに頭を撫でてくれないか?」
ぐはっ!
……ちょ、ちょっと!まさかど真ん中でその話題に触れるなんて。
というかこれ怒ってるんじゃなくて、照れてたの!?
今だってすごい照れてるし。
な、なにこれ、やばい。
本当にランドルフが大きなワンちゃんに見えてきたよ……
「嫌じゃないの?その、あ、頭を撫でられるのは」
「嫌じゃない!……むしろもっと」
「え?」
「い、いやなんでもない!それよりもさっきも言ったが、俺のことは名前で呼んでくれ。それと俺も師匠のことを名前で呼んでもいいか?」
懐かれていると分かった途端、さらに耳や尻尾も見えてきたわ……
前世は根っからの犬派の私。こんな健気なお願い、スルーなんてできないよ。
「……いいわよ」
「本当か!」
「ええ」
結局ランドルフとも名前で呼ぶようになってしまいました。トホホ……
「ありがとな、ダリアローズ!」
「!」
「じゃあ俺は訓練に行くよ!また手合わせしてくれよな!」
そう言ってランドルフは嵐のように去っていった。
……案外名前で呼ばれるのも悪くはないかも。
まぁ照れ臭くはあるけどね。




