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図書室をあとにし、再び学園内を歩き始める。
まさかあそこでマティアスに会うとは。
家に帰らないでどうしたんだろう?
まぁそのせいというかおかげというか、距離を縮めることができた。
ぜひとも今日の出来事が役立つ日が来るといい。
「あれ?この音……」
また気の赴くまま学園内を歩いていたが、どこからかピアノの音が聞こえる。
音を頼りにその方向へ歩いていく。
するとたどり着いたのはサロンの前。
「ここね」
どうやらこの中からピアノの音が聞こえてくる。それにしても上手いな。
さすがに音楽の才能まではないものの、そんな私にでもこの演奏が素晴らしいことくらいは分かる。
一体どんな人が演奏しているのか。
気になった私はそっと扉を開け、中を確認した。
しかしピアノはサロンの奥にあるようで、ここからでは何も見えない。
……よし、行ってみよう。
好奇心が勝った私は、さらに奥へと進んでいく。
そしてそこにいたのは、
「こんにちは、ダリアローズ嬢」
穏やかに微笑んでいるフィンメルだった。
こっそり入ってきたつもりだったが、どうやらバレていたらしい。
でもここで動揺したらダメだ。私も微笑んで挨拶を返さなければ。
「こ、こんにちは」
「お久しぶりですね」
「え、ええ」
そりゃそうでしょう。もう関わらないって約束したから。
「ここに何か用事でも?」
あ、早く出ていけと?
まぁそうだよね。約束は守らないとダメだもんね。
「えっと、素敵な演奏が聞こえてきたのでつい……ごめんなさい。すぐに出ていくので」
「待って!よかったら一曲聴いていかない?」
あれ?早く出ていって欲しいんじゃないの?
「そのありがたいのですが、貴方たち兄妹には関わらないと約束したので……」
「すまなかった!」
「え?」
「あの約束はなかったことにしてほしいんだ。……ダメだろうか?」
フィンメルの表情は、先ほどの穏やかな微笑みから一変、懇願するかのような表情だ。
(……ねぇ、それずるくない?)
この顔を見て、ダメだなんて言える人いる?
いくら興味がないとは言っても、攻略対象は誰もがキラキラのイケメンで。
そんなイケメンが切なそうにお願いしてきたら断われないよね?
もしかして分かっててやってる?
「……はぁ、分かりました。約束はなかったことにしましょう」
「っ、ありがとう!」
「でもあとからやっぱりナシなんて言わないでくださいね?」
「もちろんだ」
くっ……なんだか運営の策に嵌まったような気がしてならない。
「……」
「どうかしましたか?」
「……いえ、なんでもないわ」
悔しいが嵌まってしまったものは仕方ない。
それなら私はこれを利用して、美少女と仲良くなってやるわ!
「それじゃあ一曲お付き合いください」
フィンメルの演奏はやはり素晴らしい。心に残る、そんな演奏だった。
それと嬉しいことに妹に会ってほしいとフィンメルから頼まれたので、私は喜んで承諾したのだった。