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それから最後の授業が終わると、アナベルは家に帰っていった。
他の寮住まいの生徒もほとんどが家に帰るため、すでに学園は静かだ。
終業式の雰囲気が好きだったな~と、ふと前世を思い出す。
そんな私は明日帰る予定なのでまだ時間がある。
だから久しぶりに懐かしい雰囲気を味わおうと教室を出た。
どこに行くかは考えず、気の赴くままに歩き続ける。
この静けさは、まるでこの世界に自分一人だけのよう。
そんなことを思いながら歩いていると、いつしか図書室の前にたどり着いていた。
「どうしようかな……」
迷ったものの、せっかく来たんだからと図書室の扉を開けた。
さすがに夏休み前日とあって司書の姿すらない。
「すぅ」
大きく息を吸い込んでみる。この静謐な空間に広がる独特な本の香り……うん、いいね。
何か面白そうな本でも読んでいこうかな。
そう思い本棚を眺めながら奥へと進んでいく。
(……あ)
すると図書室の一番奥。
そこに本を広げたまま、椅子の背にもたれ目を閉じているマティアスがいた。どうやら本を読みながら寝てしまったらしい。
それにしてもマティアスとは図書室でよく会う。まぁガリ勉キャラだからか。
きっとここは起こしてあげるべきなのだろう。でも私はそうはしない。
わざわざ攻略対象に関わる必要はなんてないからね。
ここは起きる前に退散するのが正解だ。
だからそっとこの場から去ろうとしたのに……
――バサッ
「あ」
運悪く、広げていた本が落ちたのだ。
「ん……え?な、なぜ君がここに……」
そりゃあ起きちゃうよね。
「えっと、家に戻る前に少し本を読んでいこうかと。そしたらグリーン様が眠っていたので……」
「そ、そうか」
マティアスは眼鏡の位置を頻りに直している。どうやら恥ずかしかったようだ。
分かる。無防備に寝てる姿を見られるのは恥ずかしいよね……ごめんね?
そっとしておいてほしいだろうから、さっさと
出ていくよ。
「……では私はこれで」
「待ってくれ!」
……ねぇ、君のためを思って出ていこうとしたのに、どうして呼び止めるの。
「……私になにか?もちろんグリーン様がこちらで寝ていたことは誰にも言いませんので心配は」
「い、いや、そうじゃなくて……」
呼び止めたくせに、なかなか口を開こうとしないマティアス。
「言いたいことがあるのなら、はっきり言ってもらえます?」
「……その、君にお礼を言いたかったんだ」
「お礼?」
なんか感謝されるようなことしたっけ?
「あの日、君が見せてくれた魔法で、自分の世界の狭さを知ったんだ」
あの日……ああ、緑の薔薇をあげた時か。
やらかしたって一人反省したやつ……うん、しっかりやらかしていたね。あの陰湿メガネが私に感謝するだなんて。
……いや?これはいいことなのかも?
でもあれはあくまでも些細なきっかけ。大切なのはそれからどうするかだ。
「そう思ったのなら、それはグリーン様の才能と努力によるものかと。私は少しきっかけを作っただけですよ」
「いや、私は君の魔法に対する考えや言葉に衝撃を受けたんだ。思い知らされたよ。君のような人を天才と呼ぶのだと」
「……グリーン様ったら」
ちょ、ちょっと。君、一体どうしちゃったの?
そんなキャラじゃなかったでしょう。
もっとこう、対抗心を燃やして突っかかってくる感じじゃなかったっけ?
「マティアス」
「え?」
ん?なんだか耳が……
「私のことはぜひマティアスと呼んでほしい」
……気のせいじゃなかった。
急にどうしたの?
名前で呼んでくれなんて言われても、私たちそんな仲じゃないよね?
うーん、でも優秀な人材であることには変わりないからなぁ。なんてったって攻略対象だし。
それなら仲良くしておくのも悪くないのかな?
「……分かりました。では私のこともダリアローズと。同じクラスの仲間としてこれからもよろしくお願いしますね、マティアス様」
「こちらこそよろしく頼む」




