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会場がざわついた。
それもそうだ。この結果は誰も予想してなかったに違いないから。
王太子の側近が、まさか女に負けるなんて。
それに観客にはフィンメルが優勢に見えていただろう。
真実に気づいているのは、本人だけ。
「待ってくれ!」
試合会場をあとにし、控え室に戻ろうとしたところで呼び止められた。
「なんでしょう?」
「……なぜ本気を出さなかったんですか?私を馬鹿にしていたんですか?」
「馬鹿になんてしてませんよ」
「じゃあどうして!」
「そうですね……可愛い妖精さんに惑わされてしまったから、ですかね?」
誰のことを言っているのか理解したのだろう。フィンメルの表情が面白いほど歪んだ。
「……妹に何かしたら許さないからな」
「質問されたから答えただけなのに、失礼な人ね」
「ぐっ……」
「まぁ安心してください。妹さんにもあなたにも今後一切関わることはありませんから。それでは」
どうやらフィンメルはシスコンらしい。
でもゲームではそんな設定なかった気がするけど、なんでだっけ?
……いや、もう関わることもないし気にしたって仕方ないよね。
「お兄様!」
兄に会いに来たのだろうか、メルリルが従者を連れてやってきた。
すれ違いざまに会釈をすると、向こうも私に気づき会釈を返してくれた。
遠くから見ても美少女だったけど、近くで見ると美少女っぷりが半端ない。
うん、将来は間違いなく美女に成長するな。
かわいい系のアナベルに、美人系のメルリル。
さすが『ハナキミ』、レベルが高いです。
(でも顔色はよくないわね)
さっきもずいぶんと咳き込んでいたけど、風邪でも引いてるのかな?
もしそうなら体調が悪いのに応援に来るなんて、よほど兄が大好きなんだろう。
どこかの兄妹とは大違いだね。
「メルリル!体調は大丈夫かい?さっきも咳き込んでいたが……」
「大丈夫よ!お薬だってちゃんと飲んできたもの」
「だが顔色もあまりよくないし」
「大丈夫だってば!それよりもお兄様!一回戦で負けちゃうなんて。私もっと応援したかったのに……」
うっ……ごめんね。
「すまなかった。でも応援嬉しかったぞ」
「ちょ、ちょっとお兄様!いつまでも子ども扱いしないでください!」
「悪い悪い」
もう関わることはないけれど、彼らにはずっと仲良くいてほしいなと、他人ながら思う。
……そろそろ控え室に戻らないとね。
美少女を拝めなくなるのは名残惜しいが、次の試合がある。
だからその場をあとにしようとした、そのとき
「……仕方ないから許してあげます!だから来年はもっとがんばって……うっ……く、くるし……」
突如メルリルが、胸を押さえて苦しみだしたのだ。
(え?ど、どうしたの?)
「メルリル!」
急ぎ崩れそうになる妹を支えるフィンメル。
「大丈夫だ。薬を飲めばすぐに落ち着くからな……早く薬を」
フィンメルの落ち着きぶりを見るに、どうやらこういうことはこれまでにもあったようだ。
妹の従者に薬を出すように指示しているということは、薬を飲めば落ち着くのだろう。
それなら大丈夫かと、ホッとしたのも束の間、従者の口から驚くべき発言が聞こえてきた。
「も、申し訳ございません!実は今日すでに一度発作がありまして、薬はその時に……」
「なんだと!?薬は効果が強すぎるから一日に一回しか服用できないのに……なぜ外出させたんだ!」
その通りだ。そんなリスクの高い状態で外出するなんて、一体なにを考えて……
「お、お嬢様がどうしてもフィンメル様を応援したいと……」
たしかにそれは言いづら……いや、でもやっぱり止めるべきだった。そうすればこのような状況にはならなかったはずだ。
「私が大会のことを話さなければ……くそ!ここでは魔法が使えない!急いで治癒士のところに」
「お、おにい、さま」
「メルリル!」
「ご、めんな、さ……」
「謝る必要なんてない」
「で、も……」
「大丈夫だから心配するな」
薬も使えない、魔法も使えない。
フィンメルは安心させるために大丈夫と言っているが、これはかなりまずい状況だ。
唯一の頼みは、大会のために待機している治癒士に治療をしてもらうことだけ。
しかしその場所はここから少し距離がある上に、今にも意識を失いそうなメルリルが耐えられるかどうか。
(……仕方ない)
ついさっき今後一切関わらないと言ったけど、人の命には代えられない。
「イエロー様。ここから治癒士が待機している場所までは遠すぎます。ひとまずあなたの控え室に運んで」
「あなたは何を言ってるんです?この状況が分からないんですか!」
「分かっています。ですから場所を」
「あなたには関係ありません」
「でも」
「関係のないあなたは黙っていてください!」
イラッ
ええ、たしかに私は関係ありませんよ?
でも目の前に苦しんでる人がいたら助けたいと思うのは当然じゃない?
それなのに何?
苦しんでる妹より自分のプライドが大切なの?
そういうあんたこそ黙ってなさいよ。




