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そして翌日。
言われたとおり準備をして離れで待っているけれど、一向に誰か来る気配はない。昨日父から時間については何も言われなかったので、念のため早目に準備したが、既に準備が終わってから一時間は経っている。一体いつまで待っていればいいのか。私は忙しいのだ。時間を無駄にしないでほしい。
「はぁ。それにしてもドレスを着たり髪を整えたりするのに誰も寄越さないなんてね」
昨日執事から受け取ったドレスは、たしかに王太子との顔合わせには相応しい質のドレスであったが、とても一人で着ることができないもの。それなのに人も寄越さず、これを着ろとは……。あの父親は、どこまでダリアローズを蔑ろにすれば気が済むのか。
まぁ私は余裕で着てやったが。
そこから更に一時間。ようやくブルー家の家紋が入った馬車が一台やってきた。
(えー、これに乗って王宮に行くの?転移した方が早いし快適なんだけどなぁ)
そうは思ったが、今はむやみに魔法を使うべきではない。だから仕方なく馬車に乗り込んだけれど、馬車の中には誰も乗っていなかった。どうやら父は一緒ではないようだ。
(よっぽど私と一緒が嫌なのね。ほんと大人げない……というか、私だけ馬車に乗せて自分は転移の魔道具を使うんじゃないわよね!?)
もしそうだとしたら許すまじ。
そして嫌な気分で、乗り心地の悪い馬車に揺られること二時間。おかげさまでお尻が痛い。
王宮に着いたのでさっさと馬車から降りよう。もちろん誰も降りるのを手伝ってくれるわけない。だけど私はそんなことは気にせず、馬車から軽く飛び降りた。
「よっと」
飛び降りたと言っても魔法を使ったので、ふわりと舞い降りたように見えただろう。扉の前に居た兵士は驚いた表情で私を見ていたが、そんなことは気にせず声をかけた。
「ダリアローズ・ブルーです。陛下からのお呼び出しに従い参上いたしました。お取り次ぎをお願いします」
「……はっ!しょ、少々お待ちください!」
そのあとすぐに扉が開かれ、王宮の使用人に応接室へ案内される。しかしその応接室には誰もいない。
(……また待たせるの?ほんっとーに時間の無駄!)
腹立たしく思うものの、それでも座って待つわけにはいかない。仕方なく扉の横に控えて待った。
そしてそのまま待ち続けること三十分。
――ガチャ
ノックも無しに突然扉が開く。やって来たのは国王と王太子、それと父だった。
国王と王太子は私にはまったく目もくれず、さっさとソファに座る。父は二人が座ったのを確認してから座り、そして言った。
「突っ立ってないでさっさと挨拶しなさい」
これにはもう呆れるしかない。
(こちとらあんたたちが来るのをずっと待っていたんですが?)
そう言ってやりたい気持ちを抑え、仕方なく口を開いた。
「大変失礼いたしました。国王陛下、ならびに王太子殿下。お初にお目にかかります。ブルー家が娘、ダリアローズと申します」
美しいカーテシーで挨拶をする。
「うむ、頭を上げよ。今日そなたを呼んだのは我が息子と婚約するため。もちろん分かっているだろうが、そなたが選ばれたのは仕方なくだ。そなたには破格の待遇だろうが、そこをよく理解するように」
国王だからって偉そうに。というか私は座ることすら許されないのか。こっちだって浮気男となんて婚約したくないんだが。
そう脳内で文句を垂れていると……
「私にだって好みというものがあるが、陛下がお決めになったことだからな。まぁ、見た目が悪くないことだけは救いか」
頭からつま先まで私の姿を眺めたあと、王太子がそう言った。
二人の発言から、私自身が望まれているわけではないことがよく分かる。私と王太子の婚約は、ただ王家がブルー家の後ろ楯を欲しただけ。
ゲームのダリアローズは、こんな心無いことを言われても王太子を慕っていたなんて、どれだけ寂しかったのだろうか。そう思うと胸が痛む。
しかし娘のそんな心情に気づくわけもなく、父が口を開いた。
「お前なんかが王家に嫁げるなんてまたとない幸運だ。陛下と王太子殿下に感謝するんだな。あぁ、もちろんこの私にもだ」
なんだかふざけたことを言ってきたが、感謝する必要性は全く感じない。都合がいいからと、ダリアローズを道具として扱っているくせに。
三者三様なかなかひどい言い草ではある。しかし今のダリアローズは私なのだ。あなたたちの戯れ言に付き合うつもりはない。
この日の為にずっと準備してきたのだ。家族にもこの国にも特に愛情はない。
だから私の好きなようにやってやろうではないか。