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「それでは、始め!」
「はぁぁぁっ!」
試合開始の合図と同時に、ランドルフが斬りかかってくる。やはりこの脳筋には騎士道精神はこれっぽっちもないようだ。
ひらりと攻撃を避ける。
「なっ!?これでどうだ!」
避けられて驚いていたが、すぐさま体勢を立て直し次の攻撃を仕掛けてくる。
――ガキン!
私はその攻撃をなんなく受け止めた。
(うーん……弱いわね)
自身の愛用の剣を使ってこの程度か。まだ入学したばかりだとはいえ、ゲームだと一番強いキャラだっただけに残念だ。
もう十分実力も分かったことだし、さっさと終わらせてしまおう。
「あれだけ言っていたのにこの程度かよ!弱すぎてつまらねぇ、なっ!」
先程から打ち合いを続けているが、ただ攻撃を受け止めているだけの私は、端から見れば圧倒的に不利な状況に見えるだろう。ランドルフもそう思っている。
だけどそれは勘違いに過ぎない。
「あら、奇遇ね。私もつまらないと思っていたの」
「はっ?なにを言って」
「それじゃあ終わりにしましょうか」
訓練用に貸し出された剣に魔力を纏わせ、振る。すると私の攻撃を受けたランドルフの剣が、ポキリと折れてしまった。
「なっ!?俺の剣が……」
剣に意識を取られている間に、ランドルフの首に剣を突きつける。
「はい、終わり」
「そこまで!魔法科の勝ち!」
私の勝利が宣言された。
「ふふっ、騎士の命でもある剣が折れてしまうなんて、あなたって案外弱いのね」
私が強すぎるというのもあるが、それを差し引いても弱い。とんだ期待外れだ。
「なんだと!」
「あとそれ。女性に対して声を荒らげるなんて、騎士を目指す者として恥ずかしくないのかしら……はぁ」
頬に手を添え、小首を傾げる。ついでにため息もついておこうか。
「なっ……」
脳筋キャラだからなのか、そういう気質の持ち主だからなのかは知らないが、すぐにカッとするのはよくない……まぁ挑発したのは私なんですけど。
「何かずるでもしたんだろう!そうじゃなきゃ俺が負けるなんてあり得ない!」
「あら、私の実力が信じられないの?それじゃあ周りをよく見てみなさい」
「はっ!周りがなんだって……お、お前!?」
どうやらちゃんと気づいたようだ。
「気づいて貰えて良かったわ。私は試合が始まってからここを一歩も動いていないの」
こことは、試合開始の時に立っていた場所のこと。
「う、嘘だ!」
「嘘じゃないわよ。まぁ信じるも信じないもあなたのご自由に」
「くっ……だ、だが最後!急に力が強くなった!あれは何かしたんだろう!?」
ええ、そうです。もちろんしましたとも。
剣に魔力を纏わせて、あとは腕に強化魔法をかけましたね。
「私は魔法科ですもの。当然魔法を使っただけです」
「剣しか使わないって言っていただろう!?」
「勘違いしないでください。私は剣だけで攻撃するとは言ったけど、魔法を使わないとは一言も言ってないわ」
「そ、それは……」
魔法は想像する力。使い方なんていくらでもあるのだ。
「剣が最強だと思うのは自由よ?だけどどっちが強いかを決めつけるのではなく、互いを尊重しあうことも大切だと私は思うわ」
「……」
「まぁそれを理解できない限り、あなたが私に勝てることはないでしょうね。……さぁ先生、試合も終わりましたし授業にしましょう」
このあとようやく授業が始まることになったが、授業中ランドルフが言葉を発することはなかった。
そういえばマティアスは終始悔しそうな顔をしていたな。ざまぁみろ。
「本当に素敵でした!私もダリア様みたいにかっこよくなりたいです!」
「ありがとう」
「あとでどんな魔法を使ったのか教えて貰えますか?」
「ふふっ、ベルは勉強熱心ね」
授業が終わり、アナベルと会話をしながら訓練場をあとにしようとしたその時……
「ブルー嬢、ちょっと待ってくれ!」
私を呼ぶ声が後ろから聞こえてきた。誰の声かなんて確認するまでもない。
「あらレッド様。どうかしましたか?」
わざわざ私に声をかけてくるなんて、どうかしたのか。そんな疑問を抱いていると、ランドルフは私に向かって頭を下げてきた。
「先ほどはすまなかった!あなたに対する態度は、騎士を目指す者としてあってはならないものだった。許してほしいとは言わない。だが謝罪させてくれないだろうか」
授業中、一切口を開かず何か考えているようだったが、まさか謝られるとは。
脳筋は考えが足りないところがある一方で、素直な気質の者も多い。どうやらランドルフもそうらしい。
なんだかそう思うと、ランドルフが大型犬に見えてきた。
「ふふっ、素直でよろしい」
思わず笑ってしまう。
「っ……」
「でも騎士を目指すのであれば女性を蔑ろにしてはダメよ?それに剣だ魔法だとこだわっていないで、もう少し視野を広げることができれば、あなたはもっと強くなれるわ」
「ほ、本当か!?」
「ええ」
どちらも極めた私が言うのだから間違いない。あとは本人の努力次第だ。
謝罪は受け取った。これ以上アナベルを待たせるわけにはいかない。
「それでは私たちはこれで……」
「こ、今度!」
「?」
「今度俺に魔法を教えてくれないか!」
「魔法を?」
「お、俺もあなたのような剣を使えるようになりたい!だから……」
ほう。負けた相手に教えを乞うことができるとは。ランドルフの剣に対する情熱は本物のようだ。ランドルフへの評価を上方修正しておこう。
「分かりました」
努力ができる人間は嫌いではない。
それにアナベルが誰を選ぶか分からない以上、攻略対象を育てておくのも悪くないのでは?そう思った。
「本当か!?」
「ええ。ですが教えるからにはきちんとやってくださいね?」
「ああ!……それじゃあ改めてだな。俺はランドルフ・レッドだ。よろしく頼む」
目の前に大きな手が差し出される。
「ダリアローズ・ブルーよ。こちらこそよろしくね」
初めての合同授業は、こうして終わったのだった。




