13
『リア、俺だ。入ってもいいか?』
しばらくすると扉がノックされたと同時に、男性の声が聞こえてきた。もちろんこの声が誰のものかは分かってる。
「ええ、どうぞ」
「一週間ぶりだな。元気だったか?」
部屋に入ってきたのは銀髪に紫色の瞳の男。
彼の名前はジークフリード。私の剣の師であり、冒険者リアの相棒でもある。
「あら、ジークいたのね。いないのかと思ってたわ」
「ずいぶんとさっぱりしてるな。俺はリアがいなくて寂しかったっていうのに……」
あらら、目に見えてしゅんとしている……かわいいわね。
普通は大の男がしゅんとしてもかわいくないのに、ジークだとかわいく見えるから不思議である。
そんなジークは帝国の貴族だ。
貴族でありながら冒険者になった変わり者……え?私は違うわよ?失礼しちゃうわね。
なんでも幼い頃から冒険者に憧れていた彼は、家族の反対を押しきって家から飛び出してきたとか。今は無事に家族と和解している。
ジークと出会ったのは八歳の時。
リアの姿で冒険者として活動していた私は、たまたま彼と一緒に依頼をこなす機会があり、そして彼の剣に魅了された。
大胆でありながらも繊細、それでいて美しい。
依頼そっちのけで頼み込んだのは今でも覚えている。
初めのうちは難色を示していたジークも、依頼をこなしていく中で私の使う魔法が気になったらしい。ジークにも魔法を教えるという条件で教えてもらえることになったのだ。
一言で言えばジークは天才だった。教えた魔法をあっという間に自分のものにしてしまったのだ。
初めは彼の剣にしか興味がなかった私だったが、彼自身にも興味を持つようになった。
転生チートにハイスペック悪役令嬢。大好きな家族がいても、孤独を感じる瞬間はたしかにあって。
彼ならそんな私を理解してくれるのではと思ったのだ。ジークもそう思ったのかは分からない。だけど私たちは自然と仲良くなっていき、いつしか互いの秘密を打ち明けるまでになっていた。
ジークは帝国貴族の息子であること。
私は王国貴族の娘で、本当は子どもであること。
所作や立ち振舞いから、ジークはなんとなく貴族かなと思っていたので、驚きはしなかった。
だけど私の秘密を知ったジークは相当驚いていたっけ……まぁ成人していると思っていた相手が、実は十にも満たない子どもだったなんて誰も思わないだろうから仕方ない。
初めは秘密を教えるのはまずいかなぁとか思ったけど、直感が彼なら大丈夫だと告げていた。だから私はその直感に従うことにしたのだ。
互いの秘密を共有した私たちは、行動を共にすることが増えていき、それならばと一緒に住むようになったのだ。
◇
「ほんとにジークってイケメンよね……」
ジークは天才なだけでなく、容姿も非常に整っている。はたしてこれまでどれ程の女性を泣かせてきたのか……
「え?イケ……?」
そんな彼は戸惑う顔ですら美しい。ずっと見ていたいくらいだ。
「……ねぇ、ジークって恋人はいるの?」
「こ、恋人!?きゅ、急にどうして」
「え?だってジークはもう結婚しててもいい年齢でしょう?それなのに私に会えないくらいで寂しいって言ってるから心配になっちゃって」
この世界は男女共に結婚適齢期が早い。
ジークはもう二十二歳。すでに適齢期に突入している。
しかし出会って七年、いまだに浮いた話一つ聞いたことがない。
「し、心配……」
「だってジークには幸せになってもらいたいもの。だから恋人ができたら教えてね?その時は私が盛大にお祝いしてあげるから!」
「……あぁ」
まさかジークが寂しがり屋さんだったとはね。長い付き合いだけど初めて知ったわ。ジークのことは大体なんでも知っているつもりだったのに、ちょっと悔しい。
それにもしもジークに恋人ができたらその恋人は大変かもしれな……いや、多少重くてもこんなイケメンが一途に想い続けてくれるのなら、浮気されて断罪されるよりいい。多少の束縛くらいかわいいもの。ジークの恋人になる女性は、きっと幸せになれるだろうな。
「あ、そうだ。アンナは今日いないの?」
「アンナは商会の方に行っていますよ。帰りは遅くなると」
「そうなの。最近ゆっくり話せていないから会えたらなって思ってたんだけど……」
アンナとはこの屋敷に住むもう一人の住人だ。私、ディラン、マーサ、ジーク、そしてアンナの五人で暮らしている。
「商会の仕事が忙しいのかしら?」
「ええ、そのようですよ」
「そう」
ローズ商会は王国御用達だ。忙しいのなら仕方がないか。
「でもアンナは少し働きすぎだと思うぞ?この前なんて『働いてないと死ぬ!』とかなんとか言って騒いでたからな」
「たしかにアンナは仕事中毒のところがあったわね……」
もちろん仕事を頑張ってくれてるのは、商会長として嬉しい。けれど体調管理も立派な仕事。これでは従業員に示しがつかない。
「ディラン。アンナに私の次の休みには必ず家に居るようにって伝えておいてくれる?」
「かしこまりました」
「ではまたケーキを用意しておかないとですね」
「次はチョコケーキがいいわ」
「もう仕方ありませんね」
よし。チョコケーキ確保。
「ふふっ、ありがとうマーサ」
「俺もその日は依頼を受けないでおくかな」
「どうして?」
「そりゃあ……リアに会いたいから」
「え、何?よく聞こえなかったけど、休んでばかりはダメよ?ちゃんと身体は動かさないと」
いくら天才でも、動かなければ身体は鈍ってしまう。それはよくない。
「じゃ、じゃあまた手合わせしないか?」
(手合わせ!)
なんて魅力的な提案なのか。私が本気でやり合えるのはこの世界にジークしかいない。
「それいいわね!私もそろそろ身体を動かしたいって思ってたの」
「じゃあアンナと会った後にでもどうだ?」
「ええ、いいわよ。本気でかかってきてよね?」
「もちろんだ」
「ふふっ、次の休みが楽しみだわ!」
すでに次の休みが待ち遠しくなる私なのであった。




