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「ふぁ~……もう起きないと」
今日は学園に入学してから初めての休日。
できることならまだ寝ていたいが、今日は予定がある。そろそろ動き始めなければ間に合わない。
魔法を駆使して準備を進めていく。
「本当に魔法って便利よねー」
おかげでいつもギリギリまで寝ていられる。非常にありがたい。
今日は自分の家に帰ろうと思っている。
寮住まいの生徒は外泊をする場合、学園に事前申請しなくてはならない。これは家に帰る場合も同じだ。
アナベルもこの休みは家に帰るということで、事前に申請していた。たしか朝早くに出発すると言っていたので、そろそろ家に着いた頃だろう。
アナベルの家は学園から比較的近い場所にある。だから二日しかない休日でも、わりとゆっくり家族と過ごすことができるだろう。
私の家もまぁ帰れる距離ではある。だけど馬車だとお尻が痛くなるし、それにわざわざ申請するのも面倒。
じゃあどうするのか……そう、そんな時に便利なのが魔法である。
この世界で私一人しか使えないであろう転移魔法。この魔法を使えば、長い道のりも面倒な申請も関係ない。
それに寮は一人部屋。念のため分身を作っておけば、バレる心配は皆無。もしも分身が誰かと接触したとしても、誰も魔法だなんて気づきはしないはず。
なぜなら寮で魔法を使うことはできないようになっているから。寮にも、私が作った魔道具が設置されているのだ。
よし、準備はできた。
「それじゃあ帰ろう」
転移魔法を発動させる。すると一瞬だけ視界が歪み、次の瞬間には見慣れた屋敷が視界に入ってきた。
ここはブルー領の領都にある屋敷。以前住んでいたあの離れではない。
「着いたわね」
ちなみに転移魔法を使う時は、隠蔽魔法も一緒に使っている。突然目の前に人が現れたらビックリさせちゃうもの。
でもそれなら屋敷の中に転移すればいいのにと思うかもしれないが、そこは私のこだわりだ。せっかく帰ってきたんだから、やっぱり玄関から入らないとね。
辺りに人がいないことを確認してから、隠蔽魔法を解いた。
「ただいまー!」
玄関ホールに響く私の声。そしてそこには私の帰りを待っていてくれた人たちがいた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「お待ちしていましたわ」
優しい眼差しに、穏やかな声……ああ、家に帰ってきたんだな。
「ディラン!マーサ!」
二人のもとに駆け寄る。
「一週間ぶりね!元気にしてた?」
「うふふ、お嬢様もお元気そうで」
「私どもは皆変わりなく過ごしておりましたよ」
「それならよかったわ」
ディランもマーサもだいぶいい年齢だ。だから少し心配だったけど、変わらず元気そうでホッとした。
「さぁお嬢様。中でお茶にしませんか?」
「ディランの淹れてくれるお茶が恋しかったの。早く飲みたいわ!」
「お嬢様、私が作ったケーキもありますよ」
「マーサの手作りケーキ!うーん、楽しみ!早く行きましょう!」
「お嬢様、そんなに急がなくても……」
「うふふふ」
◇
さてお茶とケーキを楽しんでる間に、色々説明しておこう。
ここは私が所有する屋敷だ。あの離れだと何かと不便だったので、思い切って買ってみた。たしか八歳の時だ。
当時はさすがに大きな買い物ではあったが、後悔はしていない。むしろいい買い物だったと思っている。
この屋敷を買ってからは、基本的にこちらで生活していて、今この屋敷には私を除いてディランとマーサ、それとあと他に二人暮らしている。
ディランとマーサは、元々母の執事と侍女だった。
ゲームでは描かれていなかったので知らなかったが、私の母はパレット帝国の皇女で、昔父が帝国に留学していた時に出会い恋に落ちたのだとか。そして父と母は結婚し、兄と私を産んだそうだ。
その話を知った時、だから陛下は私を王太子の婚約者にしたかったのかと納得した。
パレット帝国はこの世界で一番の大国。カラフリア王国も豊かな国ではあるが、パレット帝国に敵わない。それだけ両国には大きな差が存在するのだ。
たとえ家族から蔑ろにされていても、帝国皇族の血が流れている私には、さぞかし色んな使い道があったことだろう。まぁその思惑はきれいさっぱり消し去ってあげたが。
その後母が亡くなり、父からいないものとして扱われていた幼い私の面倒を見てくれていたのがディランとマーサだった。
ただそんな二人も、私が前世の記憶を思い出すより前に、父によって追い出されてしまう。
二人は帝国に戻ってしまったと思っていた。だって主人のいない場所に留まり続ける必要なんてない。だけど二人は、私を見守るために王国に残ってくれていたのだ。
前世の記憶を思い出してわりとすぐの頃、隠蔽魔法を使い本邸の探索をしていると、私に会わせてほしいと懇願する二人を父が追い返しているところをたまたま見かけた。
ディランとマーサは私が二歳になる前には追い出されてしまっていたので、正直ほとんど記憶はない。だけどどうしてだかすごく気になったのだ。
だから私は二人を追いかけた。
そして二人は私を抱き締めてくれた。前世でも今世でも、家族に恵まれなかった私は嬉しくて、つい年甲斐もなく大泣きしまったのを今でも覚えている。
それからは離れを抜け出し、二人の家に頻繁に通った。二人は私のことを孫の様に可愛がってくれたし、マナーや教養などを教えてくれた。さすが帝国の皇女に仕えていた執事と侍女なだけあってなかなか厳しかったが、今の私があるのは二人のおかげなのである。




