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ここはカラフリア王国。乙女ゲーム《この花束を君に》、通称『ハナキミ』の世界……
どうやら私はこの世界に、いわゆる異世界転生をしてしまったようだ。
◇
前世を思い出したのは一週間前のこと。なんの前触れもなく、突然頭の中に膨大な量の情報が流れ込んできたのだ。
そのせいで高熱にうなされ大変だったが、ここが『ハナキミ』の世界であることに気づいた。
前世でプレイしていた乙女ゲーム。だからすぐに自分が誰に転生したのかも理解できた。
ダリアローズ・ブルー。
私が転生したのは、婚約破棄され断罪される悪役令嬢だった。
『ハナキミ』は、十六歳から十八歳までの貴族子女が通う学園が舞台だ。
剣と魔法がある世界。
主要キャラクターは家名に色の名前を冠している。例を挙げれば、メインヒーローの王太子は何色にも染まらないブラック、ヒロインは何色にでも染まれるホワイト、といった家名だ。
このゲームの悪役令嬢は、どの攻略対象を選んでも必ず登場して断罪されることになる。悪役令嬢はみんなから愛されるヒロインに嫉妬し虐めるが、それが婚約者である王太子にバレて、婚約破棄からの断罪。そして断罪された悪役令嬢は闇堕ちしてラスボスとなり、攻略したヒーローとヒロインで力を合わせ、ラスボス化した悪役令嬢を倒してハッピーエンド……というのが『ハナキミ』の大体の流れだ。
前世の私は婚約していた彼氏に浮気され、婚約破棄された。そしてそんな時にたまたま始めたのが『ハナキミ』である。
現実の男に裏切られた私は、二次元に癒しを求めたのだ。しかしプレイしてみたものの、ヒロインも攻略対象たちも好きになれず。
ただそんな中で唯一好感を持ったのが、悪役令嬢のダリアローズだった。
ダリアローズに好感を持った理由は二つ。
一つは単純に見た目が好みだったから。
ダリアローズは上級貴族ブルー家の娘。家名のとおりの青い髪に青い瞳、顔はこれでもかってくらいに美人さん。それでいてスタイルもスラッとしていて、出るところは出ているというけしからん体型。クールビューティーという言葉がよく似合う容姿をしていた。
そしてもう一つの理由。それは住む世界と原因違えど、浮気からの婚約破棄という同じ境遇だったから。気づけば自然と感情移入してしまっていた。
もちろん虐めがダメなことなのは分かっている。けれどダリアローズが嫉妬に狂った原因には同情を禁じ得なかったのだ。
そういった理由から、私はダリアローズが好きになった。……まぁ今はどうしてだか私が、その推し本人になってしまったけれど。
ダリアローズは現在六歳、父と兄の三人家族だ。
母はダリアローズを産んだ後、体調を崩しそのまま儚くなってしまっているが、そんな母を父は深く愛していた。
だから父は、母が亡くなる原因となったダリアローズを受け入れることが出来ず、空気のように扱った。そしてそんな父を見て育った兄も、ダリアローズをいないものとして扱うようになったのだ。
そのせいでダリアローズは本邸で暮らすことは許されず、幼い頃から離れにたった一人で暮らさなければならなかった。本邸から使用人が世話をしに来てはいたが、当主や次期当主から空気扱いされている娘だ。虐められることはなかったが、必要最低限の世話しかしてもらえなかった。
ダリアローズはいつも一人だった。
寂しかった。なぜ私は愛されないのか。どうして兄のように、甘えることが許されないのか。
だからダリアローズは、婚約者に愛を求め執着してしまった。その結果、ヒロインに嫉妬し虐め断罪されることになる。
それが『ハナキミ』の悪役令嬢、ダリアローズ・ブルーだ。
◇
でも私はそうなりたくない。
こうして悪役令嬢に転生してしまったが、それを理由にして悲惨な運命を受け入れるつもりなんてさらさらない。
私は家族にも男にも頼らず、自分の力で生きていく。そして自分の幸せを、自由を必ず手に入れる。
運のいいことに、ダリアローズとしてこれまで生きてきた記憶はちゃんとあるし、前世の記憶だってある。前世の名前と、死んだ原因だけはどうしても思い出せなかったけど、そんな記憶はなくたって問題ない。
まずは力をつけて、この家からおさらばしなくては。
ダリアローズはラスボス化してしまう程のハイスペックな才能を持っている。その才能をうまく引き出すことができれば……
せっかくの『ハナキミ』の世界。できれば剣と魔法はどちらも使えるようになりたいところだ。
それにこの家から出て生きていくためには、お金が必要になってくる。前世の知識を活かして商売をするのもありかもしれない。
ゲームの中でダリアローズと王太子が婚約するのは、学園入学直前だった。
婚約者に選ばれた理由。それは王太子と年回りのちょうどいい上級貴族の令嬢が、ダリアローズしかいなかったから。
だからどの攻略ルートを選んだとしても、悪役として登場するのはダリアローズだけ。攻略対象ごとに悪役を作るのがめんどくさかったのか?制作側の悪意を感じずにはいられない。
とりあえず婚約するまでには、あと九年ある。それまでにできることから始めていこう。
幸いこの離れにいるのは私一人だけ。誰もダリアローズに興味がないので、好き勝手やってもバレる心配は少ないはずだ。
まずは今の私に魔法が使えるのか調べてみよう。
ゲームのバトルパートでは、詠唱することで魔法が発動していたが、恥ずかしいので絶対にやりたくない。
それにこの世界で魔法は【想像する力】と定義されている。それならば無詠唱でいけるのでは?そう思いながら手のひらに水球を浮かべるイメージをすると、予想通り水球が現れた。
「よし、成功ね。じゃあ次は……」
さらにその水球が凍るイメージする。
「できた……わっ、冷たい!」
上手く行ったことで気が緩んだのだろう。浮かんでいた氷が手のひらの上に落ち、あまりの冷たさに驚いてしまった。どうやら魔法を使うには、かなりの集中力が必要なようだ。
私は手のひらに落ちてきた氷を眺めた。球状の水を凍らせたので、真ん丸の氷が出来上がっている。
驚きはしたけれど、結果魔法はちゃんと使えることが分かった。
それならば物は試しだ。転移魔法に挑戦してみようではないか。もしも転移魔法が使えたら、すごく便利だ。
目を閉じてから、今いる部屋の端から端へ移動するイメージをする。
「……」
特段変わった感覚はない。これは失敗かと、残念に思いながら目を開けると……
「……できてるじゃん」
移動することができていた。どうやらきちんと想像できていれば、不可能はなさそうだ。
その後もあったら便利な収納や鑑定、変身や分身……思い付く限りの魔法も試してみたが、すべて使うことができた。
さらに気づいたことがある。それは沢山の魔法を試してみたにも関わらず、全く疲れていないということ。これは所謂、転生特典というものなのだろうか。
元からハイスペックなダリアローズに、転生特典……
もしかしたら私、チートなのでは?……うん、それならすごくありがたい。
一番の目標は婚約を回避することだけど、せっかくゲームの世界に転生したのだ。前世で経験できなかったことをやってみたい。
「まずは資金集め!それと魔法の技術をもっと磨きたいな。あ、剣も使えるようになりたいから、教えてくれる人を探さないと」
冒険者になるのもいいだろう。それに発明をしたり、経営者になってみたり……
「あれもこれもやってみたいし……うん!せっかく手に入れた二度目の人生だもん。楽しまないとね!」
こうして悪役令嬢ダリアローズ・ブルーに転生してしまった私の、楽しい第二の人生が始まったのだった。